40 シオマネキvsケルベロス
「おい、『海神の試練』の中継見たか!? やっぱり『シオマネキ』はウソなんじゃねぇーか!?」
「お前もそう思ったか? 部族の女たちを、触っただけで治してたよな!」
「なにが、触られるだけで地獄が見える、だよ……!」
「むしろ女の子たち、気持ち良さそうにしてたよね!」
「ああ、なんか、地獄っていうより、天国を見せられてるみたいだった……!」
「でもさ、触っただけでケガや病気を治すだなんて、なんなんだろうな? 魔法にしか見えないけど、詠唱はしてないようだし、魔法反応もないし……」
「もう、なんでもいいじゃない! あぁん、私もシオマネキ様に触られたーい!」
「あっ、お前……なに首から下げてんだよ!?」
「へへーっ、これ? シオマネキ様のファンクラブの会員証だよ!」
「し……シオマネキのヤツに、ファンクラブまであんのかよ……!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
海の向こうでファンクラブが結成されているとも知らず、俺は檻の中にいた。
いつもの狭い鳥カゴじゃなくて、サーカスとかにありそうなデカい鳥カゴ。
村のはずれにあるこの巨大鳥カゴに入れられ、俺は『男気』を示すことになった。
木の幹を歪めて作った柵の向こうには、村じゅうの女たちが詰めかけている。
誰もが「無茶しないで!」とか「今なら間に合うから、やめて!」なんて俺を止めようとしている。
遥か遠くには、イスに縛りつけられているマーメイズ。
「旦那様、やめてぇ! ボクたちのことはもういいからっ! その気持だけでじゅうぶんだから、もう逃げてぇ!」
声をかぎりに叫ぶミューティ。
「バカバカバカっ! 旦那様の大バカ野郎っ! トラと戦うだなんて、バカなことするんじゃねぇーよっ! イキがるのもいい加減にしろっ!」
辛辣な言葉を並べ立てて怒鳴るフォティア。
「旦那様、あのトラ超ヤバい! 戦うなんてムリムリ! ネズミみたいにひと飲みにされちゃうって! 一緒にゴメンしてあげるから、マジやめときなって!」
ひたすら説き伏せようとするアネモス。
「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ! 旦那様っ! 旦那さまぁっ!」
ひたすらイヤイヤと涙を撒き散らし、泣き叫び続けるセリリム。
マーメイズの隣には、不敵な笑みを浮かべるマリリン。
そしてその手元には、誘拐される子供みたいに口を塞がれているスリリス。
スリリスが拘束されているのは、トラの『ナミル』の戦意を削がせないためだろう。
ナミルは彼女の言うことをよく聞くようだから、その気になれば手加減させることも可能なんだ。
まぁ、手心なんて最初から期待してなかったが……今まさに目の前で、仕切りが開くのを待っている巨大トラを見ていると、ちょっとは加減してくれねぇかなぁ……なんて思っちまった。
俺の対戦相手であるナミルは、普通のトラの何倍もある。象みてぇなデカさだ。
軍用兵器だったという過去も納得できる。
いくつもの戦場をかけぬけ、敵兵士の攻撃をくぐりぬけてきたのか体中が傷だらけ。
片目には大きな傷が走っており、隻眼の老兵といった風格。
何百人もの兵士を食い殺してきたんだろう。こびりついて落ちなくなった血で、口のまわりが赤黒く染まっている。
爪はひとつひとつが鎌みたいな大きさで、かすっただけでも命を刈り取られちまいそうだ。
猫科の動物が獲物を捕らえるとき特有の、瞳孔の開ききった目で俺を見据えている。
ひさしぶりのごちそうだ、さっさ食わせろとばかりに、俺に向かってゴウゴウと吠えたてている。
……うーん、こんな動物に、素手で戦って勝てるヤツはいるんだろうか。
大砲でもなきゃムリなんじゃねぇか?
それによく考えたら、俺って人間とはさんざん戦ってきたんだが、動物と戦うのは久しぶりなんだよな……。
いわばぶっつけ本番みたいなもんだ。
しかも、殺すわけにはいかねぇんだよな。
スリリスの友達であるナミルの命を、同じスリリスの友達である俺が奪うわけにはいかない。
まぁ……スリリスどころか、この場にいる誰もがナミルの心配はしてねぇようだけど……。
なんにしても殺すわけにはいかねぇし、殺されるわけにはもっといかねぇ。
でも、どっちかが死なねぇと終わりそうもねぇし……。
さぁて、どうすっかな……と考えていると、
「……皆の者、静まれいっ!!!」
マリリンの一喝が、集落じゅうに轟いた。
こだまのような残響を残し、あたり一帯が静まりかえる。
さすがコワモテのリーダー、たった一言で女どもを黙らせやがった。
しかも女どころか、ナミルまでお座りしてやがる。
「『穢れし生き物』よ……!! これより貴様のいう『男気』とやらを見せてもらうことになるが……最後に選択を与えようっ!!」
この期に及んで、選ぶことなんて何かあるのか……?
ナミルが猫になってくれるとか……?
「いさぎよく『男気』などないことを認め、この集落を去るのであれば……命だけは助けてやろう!!」
なんだよ、またその話かよ……。
「女たちの手前、引き返せなくなったのであろう? だが、今回は拷問ではなく、命のやりとり……!! そこに待つのは、紛うことなき死……!! 貴様にそこまでの覚悟はないことは、この私にはお見通しだっ!!」
いや、死ぬ覚悟なんてこれっぽっちもしてねぇけど……。
「だが……ここまで意地を張ったことだけは認めてやる!! 『穢れし生き物』にも、少しは骨のあるやつがいるものだと……!! そして特別に、マーメイズの三人……ミューティ以外のメンバーを解放してやろう!!」
「えええっ!?」とマリリンを見上げるマーメイズ。
そしてすぐさま叫びだす。
「あ、ありがとう! そうするそうする! 旦那様とみんなは、今すぐここから……!」
顔を輝かせ、勝手に承諾するミューティ。
しかし他のメンバーは賛同するどころか、烈火の勢いで反対していた。
「それだけは絶対ねえっ! ミューティを置いて逃げるなんて、できるかよっ!」
「マジありえなくない!? マーメイズが離れ離れになるなんて、いままでなかったんだよ!? これからもありえないって!」
「セリリムたちを助けてくれたミューティちゃんを、見捨てるなんて……絶対イヤですっ!」
わぁわぁぎゃあぎゃあと、1対3で言い合いを始めるマーメイズ。
「……姫君たち、少し静かにしていただこう!! 決めるのは『穢れし生き物』だ……!!」
マリリンは部下に指示を出し、マーメイズに猿ぐつわを噛ませる。
口を塞がれても彼女らはあきらめず、ムグームグー! と俺に向かってなにかを叫んでいた。
祈るように俺を見つめる、四人の嫁。
ミューティはきっと、俺に降伏してほしいと訴えている瞳だ。
フォティアとアネモスは、俺に降伏してほしくないと訴えている瞳。
セリリムはというと……俺に降伏してほしくないようだが、それだと俺の命があぶない……と迷っているような瞳だった。
マーメイズだけではない、この村じゅうの女たちが、固唾を飲んで俺の決断を待っている。
まわりの緊張をよそに、俺は後ろ頭をボリボリ掻いていた。
「うーん……。『究極の選択』みたいな雰囲気にしてもらってるとこ悪ぃが……俺の気持ちはずっと変わってねぇ。俺はマーメイズの四人と一緒じゃなきゃ、この島を出るつもりはねぇよ……さらさらな……!」
はふぅ……! と桃色の吐息が俺を包む。
マーメイズと、村じゅうの女たちが、なぜかうっとりした溜息をついていたからだ。
そして、それまで余裕たっぷりだったマリリンは、額に青筋が立つくらいに怒りに顔を歪めていた。
「……貴様あっ……!! なぜ、そこまで……!! なぜそこまでして、マーメイズを守ろうとする……!?」
「また、その質問かよ……俺の嫁を守るのに、理由なんていらねぇだろ」
俺の答えを受け、信じられない様子でワナワナと震えだすマリリン。
逆に俺は、なぜそこまでして俺にマーメイズを裏切らせようとしているのか、そっちが気になってしょうがなかった。
「……ありえぬ……!! ありえぬのだっ……!! 『穢れし生き物』が、ここまで強い意志で女を守ることなど……あってはならんのだっ!! これは……何かの間違い……!! 間違いであるならば、訂正せねばならぬ……!!」
マリリンは力いっぱい握りしめていた拳を、兵士に命令を下す指揮官のようにバッとかざす。
「ゆけいっ、ナミル!! この世の理を歪める、『穢れし生き物』を、抹消するのだっ……!! 女を見捨てぬ『男』など、いてはならぬのだぁっ……!!」
ここに来て初めて、アマゾネスの長は俺のことを性別で呼んだ。
『女』と対になる、『男』として……!
そして地獄の入り口が破られる。
シオマネキのように片手をかざし、飛んでくる木片を防ぐ俺。
ケルベロスのような巨大な四ツ足の影が、ぬうと覆った。
次回、タクミの男気が炸裂!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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