38 癒やしの手
「おい、聞いたか? いま『海神の試練』をやってるタクミの噂!」
「聞いたわよ! 触っただけで、どんな人間も倒せるんですって!?」
「ダリス・バンディの闘技場で、高原族の軍隊を、素手で全滅させたって……!」
「しかもその時、両手を縛られてたらしいぞ!」
「ええっ!? いくらなんでもウソでしょ!? タクミって平地族だよね!? 中継で観ても、私たちと同じくらいの背格好しかないし……!」
「デカブツで筋肉バカの高原族相手じゃ、武器があっても無理だろ……! 俺たちみたいに魔法がなきゃ……!」
「でもよ、今やタクミの名前を聞いただけで、ダリス・バンディの男たちは震え上がるらしいぞ!」
「本当かよ……ダリス・バンディの男といえば、蛮族みたいなヤツらばっかりだろ? 怯える姿なんて想像もできねぇよ……!?」
「マジなんだって! タクミに触られるだけで、地獄が見えるんだと! それでついた二つ名が、死を招くナントカだとか、えーっと、死を招きし……とかなんとか言われてるらしい!」
「シオマネキ? なんかカニみたいな名前だな」
「たぶん、シオマネキのあのでっかいハサミから来てるんじゃない?」
「あっ、そうかもしれねぇなぁ! きっとそうに違いねぇ!」
「……でもよぉ、おかしくねぇか?」
「なにがだよ? タクミってシオマネキみたいにヤバいヤツなんだろ?」
「そんなヤバいヤツなのになんで、大人しく捕まってるんだ?」
「ああ……いま中継だと、島に住んでる部族みたいなのに捕らわれてるのよね」
「あの部族って、女だけっぽいよな? なんであんな所に住んでるんだろ?」
「海棲族のいい女ばっかりだったよなぁ! しかもシオマネキに拷問してくれて、俺ぁ胸がスカッとしたぜ!」
「でも、そうだよなぁ……高原族が震え上がるような男が、なんで海棲族の女に捕まって、毎日ボコボコにされてんだ?」
「やっぱり、噂はウソなんだって!」
「でも、実を言うと私……シオマネキのこと、ちょっとイイなって思っちゃった」
「ええっ? 魔法も使えないうえに、やられっぱなしのヤツの、どこがイイんだよ?」
「どの拷問も、マーメイズを犠牲にすれば助かるのに……それをしないでしょ? なんだかカッコイイな、って思って……」
「あ、なんかわかる気がする! シオマネキは魔法が使えないみたいだけど、使えないなりに一生懸命がんばってる姿が、なんだかキュンってきちゃうのよね!」
「実をいうと、私も……! だって私たちのまわりにいる男って、同じことになったらすぐ見捨てそうだから、余計そう思っちゃうよね!」
「……お、おいおい……」
「「「いいよねー!! シオマネキ!!」」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……なんだか『シオマネキ』って呼ばれた気がして、俺は顔をあげた。
「タクミさん、ケガは大丈夫?」
目に染みるような夕焼けをバックに、小さな人影がひょこひょこと近づいてくる。
ぎこちない歩き方をしているのは、脚を痛めているからだろう。
今日は眼の上に石をぶつけられちまったから、腫れあがってよく見えねぇが……間違いない、スリリスだ。
彼女は壁によりかかりながら、脚をかばうように体育座りをすると……手にしていたトレイを、檻の前まですすすっと差し出してきた。
「ありがとよ、スリリス」
俺は軋む身体を起こして、メシのそばまで這っていく。
木の格子ごしに手を伸ばして、パンや魚をガツガツと食らう。
口の中が血まみれなので、ほとんど味はわからねぇが……魚はマグロだというのはわかった。
「今日はマグロが獲れたから、オマケはマグロを焼いたやつだよ。……おいしい?」
「ああ、うまい。カマ焼きってやつだな」
「よかった」と控えめに微笑むスリリス。
このあたりでもうひとつのお楽しみである、『今日の出来事』の話が始まるんだが……今日はだいぶ調子が違っていた。
「あの……タクミさん、どうしてそんなになってまで、マーメイズを守ろうとするの?」
「そんなになってまで、って……そんなになってるか?」
「なってるよ! 昔、捕まった男の人たちが、タクミさんと同じことをさせられたって聞いたんだけど……すぐにギブアップしたって言ってたよ!? こんなにボロボロになってまで耐える男の人は、はじめてだって……!」
「そりゃ、四人とも俺の嫁だからなぁ……俺が守ってやらなきゃ、誰が守ってやるんだよ」
「でも、だからって……! 今日の拷問のときにもマリリン様、言ってたよね!? 一度でもあきらめれば……マーメイズを犠牲にすれば、拷問は終わりにしてくれるって……! 一度くらいだったら見捨てても、マーメイズは許してくれるよ……!」
「……そこだ」
「えっ、そこ、って?」
「マリリンは、俺に敵意を持っている……それはわかるんだが、なぜマーメイズまで巻き込む必要がある? 俺に苦痛を与えるだけなら、マーメイズは必要ねぇだろ。マリリンはまるで、俺がマーメイズを見捨てるように仕向けているようにしか、見えねぇんだ……」
「ええっ……どうしてマリリン様は、そんなことを……?」
「さぁな。でもそれがわかるまでは、俺はギブアップするわけにはいかねぇんだ」
「で、でも……このままじゃタクミさん……死んじゃうよ?」
「大丈夫だって、俺ぁ簡単には死なねぇよ。それに嫁を見捨てるくらいなら、死んだほうがましだ」
「タクミさん……マーメイズのことが、本当に好きなんだね」
「それもあるけど、俺はもう、絶対に見捨てないって決めたんだよ」
そこで俺は、スリリスに前世でのことを話してやった。
……得意先の接待で、消防隊ごっこをすることになった。
俺は当時の部下といっしょに、炎に包まれた民家の中にとりのこされ……助けを待つ役をやっていたんだ。
いつまでたって助けがこないので、このままじゃ本当に焼け死ぬと思った俺は、部下を連れて逃げ出すことにした。
でも、部下は途中で倒れてきた柱に脚をはさまれて……動けなくなっちまったんだ。
そして俺は、見捨てちまった。
血まみれになりながら、俺の名前を呼び続ける部下を……!
「そ……それで、その部下の人はどうなったの?」
「奇跡的に生きてたよ。でも全身大やけどを負って、何ヶ月も入院するハメになっちまった。……俺と同じ病室だったんだが、ヤツは一言も口を聞いてくれなったよ」
スリリスは幼い顔を、いたたまれなさで歪めていた。
「……だから俺は、生まれ変わった時に決めたんだ。理不尽な力には、絶対に屈しねぇってことと……俺を信じてくれるヤツのことは、絶対に裏切らねぇってことを……」
「そうなんだ……だからそうまでして、マーメイズのことを……」
「そうだ。だから俺にとっては、許してくれるとか、くれないとか……そういう問題じゃねぇんだ」
もう俺に何を言ってもムダだとわかったのか、スリリスはうつむいてしまった。
コイツを悲しませるのは本意じゃなかったから、俺は慌てて言い繕う。
「あっ、でも、ありがとうよ。俺のことを気にしてくれて……ここじゃマーメイズのほかに、お前だけだよ……。そうだ、ちょっとお礼がしたいんだが、受け取ってくれるか?」
「……お礼って?」
スリリスはふっと顔をあげる。
「ちょっと、檻のそばまで来てくれるか? 大丈夫、取って食ったりしねぇから」
俺は木の格子の間から手を出して、こいこいと手招きする。
スリリスはだいぶ逡巡しているようだったが、やがて覚悟を決め、俺の手の届くところまで来てくれた。
俺はスリリスに脚を伸ばして座るように言い、座り直した彼女の太ももに触れる。
……ビクッ! と怯えるように身体を縮こませるスリリス。
「大丈夫、怖くねぇから……じっとしてろ」
俺は落ち着かせるように耳元でささやき、あまった片手を彼女の腰のほうにやる。
太ももの側面と、尾てい骨の上のあたりを、両手を使って同時に刺激した。
「う……うん……? んっっ!?」
俺の手によって与えられる、慣れない感覚に戸惑いながらも……言われたとおりに我慢しているスリリス。
「……スリリス、お前の脚が悪いのは……幼い頃、高いところから落ちたせいだな?」
すると、スリリスは目を丸くして俺を見た。
「えっ!? ど、どうしてわかるの!?」
「俺は身体に触るだけで、どこが悪いか、どうやって悪くしたか……だいたいわかるんだ。でも、これで大丈夫。もう脚は治ってるはずだから、立ってみな」
俺の言葉を受け、スリリスは信じられなさ80%、もしかしたらという期待20%……という何ともいえない表情になっていた。
「ええっ!? だって、いろんなことをやったのに、治らなかったんだよ!? もう治らないって、この村のお医者様にも言われたのに……」
「いーからいーから」
俺に促され、スリリスは格子につかまりながら、生まれたての子鹿みたいにヨロヨロと立ち上がる。
そしてすぐに、違和感に気づいた。
「あ……あれっ!? 痛くもなんともない……!? いつもだと、立っただけでズキン、歩くたびにズキンズキンってするのに……!? えええっ!?」
キツネにつままれたような様子で、悪い方の足をトントンと踏み鳴らすスリリス。
そして歩き出す。はじめは薄い氷の上を歩いているかのようにおそるおそるだったが……だんだんと足取りはしっかりしてきて、ついには走り出した。
「わっわっわっわっ!? わあああーーーーーーーーーーっ!? スリリス、走ってる!? 走ってるよぉーーーっ!?」
ひとりの少女の歓声が、村中にこだました。
何事かと家から飛び出した女たちは、まるで奇跡を目にしたかのように唖然としてる。
そのうち、とあるお姉さんがスリリスを止め、しゃがんで肩を抱いていた。
「す……スリリス、あなた、脚はどうしたの!?」
「タクミさんに、治してもらっちゃった!」
「ええっ!? タクミさんって……あの穢れし生き物のこと!?」
「うんっ! タクミさん、すごいんだよ! もう治せないって言われたスリリスの脚を、あっというまに治しちゃったんだ!! ホラ見て、ほらっ!!」
ぴょんぴょんと跳びはねてみせるスリリス。
そのままオテンバ娘のようにお姉さんの横をすり抜けると、まるでバレリーナみたいにクルクル回りながら叫んだ。
「みんなぁーーーっ!! 見てみてぇーーーっ!! スリリス、踊れる!! 踊れるようになったんだよっ!! タクミさんが、タクミさんが治してくれたのぉーーーっ!!!」
火事を聞きつけたかのように、すでに全戸から女たちが出てきていた。
花畑ではしゃぐ妖精のような少女を目の当たりにして、様々な反応を浮かべている。
驚く者、言葉を失う者、頬をつねる者、歓喜する者、祈りはじめる者、涙を拭う者……。
そして、しかめっ面で俺を睨む者……。
他ならぬ、マリリンであった。
次回、さらにタクミの指圧が炸裂…!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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