36 素肌の人魚たち
俺はなおも、海を漂っていた。
ただ酸素ボンベ役はミューティじゃなくて、アネモスと交代している。
俺は駅弁売りみたいな体制で、彼女を抱いていた。
『へっへっへー、こうやって旦那様とダイビングするのが夢だったんだよねー!』
『なんだ、これも夢だったのかよ……他にはあるのか?』
『あったり前っしょ! 旦那様とありえないくらいイチャラブして、ありえないくらいパコって、ありえないくらい赤ちゃんを作るんだ!』
『……なぁ、なんでお前はそこまで……俺に入れ込んでるんだ?』
『へっ? なんでそんなこと聞くの?』
『いや……俺って、昔は女の子に好かれたことなんてなかったから……。俺のどこに、そこまで入れ込む要素があるのかな、と思って……』
『……うぅーん、普段の旦那様しか知らなかったら、たしかに好みのタイプじゃなかったかも。でもね、私たちを助けてくれたときの旦那様って、超カッコよかったんだ!』
『ああ、あの時か……』
『そうそう! あの時の旦那様って、自分も激ヤバのはずなのに、ぜんぜんそんな素振りをしなくて……マジ頼もしくって、キュンってなっちった!』
『……そんな感じだったかな? あん時は必死だったから、覚えてねぇや』
『いくらアイドルの私たちを助けるためだって、あんな炎に飛び込んでくるなんて、マジありえなくない? って思って。普段からファンだって言ってくれてるクラスメイトはみんな、足がすくんで動けなかったのに……!』
『別に、お前らがアイドルだから助けたわけじゃねぇよ……あん時はお前らがアイドルだって知らなかったしな』
『ええーっ!? マジー!? じゃあなんで助けたりしたの!?』
『そりゃ、あんな目に遭ってるヤツらを、ほっとけるわけないだろ……』
不意に俺の脳裏に、前世の記憶がかすめた。
かつての俺の部下が、燃え盛る家の中で血まみれになって助けを求めている姿だ。
『ハァ? 自分も死ぬかもしれないのに、そんなんで助けるなんて、バッカみたい! ……でもでも、ますますお熱になっちった! あぁんもう、今すぐパコりてー!』
『ちょっ、押し付けてくるんじゃねぇよ』
『……元気になっちった? いま海棲族の間では、海の中でパコるのが熱いんだよねー……やってみよっか?』
『……ええっ!?』
『冗談だよーん! アハハハハハ! 海でパコるのは、ちゃんと契りをかわしてからね!』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
情熱的に俺をハグするフォティア。
彼女に手を導かれ、俺はやわらかい臀部に手を当てていた。
『へへ、あたしの尻、どうだ?』
『えっ、あ、ああ……い、いいんじゃねぇか?』
『ファンのみんなも誉めてくれるんだよな、マーメイズいちの尻だって』
『あっ、俺の尻に手を……ちょ、揉むなよ』
『いーじゃねーか、減るもんじゃねえし、揉みっこしようぜ!』
『お、お前……オッサンみてぇだな……』
『こうしてると、落ち着くんだって! ……あっ、そうだ、旦那様……あたしちょっと思い出したんだけど』
『なんだ?』
『あたしたちが婚礼の船で、契りを交わそうとしたとき、海が荒れただろ?』
『ああ、いきなりだったな』
『アレってもしかして、学園を襲ったテロリストたちの仕業じゃねえのか?』
『イヤ、それはねぇな』
『なんでそんなにハッキリ言えんのさ?』
『テロリストのボスは、そんなヤツじゃねぇからさ』
『テロリストのボスって、アケミとかいう天空族の女だよな? 知ってるヤツなのか?』
『……知ってるどころじゃねぇよ、アイツが赤ちゃんの頃、オムツを変えてやったこともあるんだからな』
『ええっ!? そうのか!? まさか親子!?』
『そうじゃねぇよ、取引先の社長の娘だったんだ。生まれたばかりの頃から面倒を見させられただけだ。……まぁ、まさかオムツを変えてやった女から、命を狙われ続けるとは思わなかったけどな』
『なんで旦那様の命を狙ってるんだ?』
『それは知らねぇよ……アイツは昔から偏執狂みたいなところがあったからな』
『……タクミマニアってことか。しっかし、悔しいぜ……』
『なにを悔しがることがあるんだよ?』
『旦那様が最初にオムツを変えるのは、マーメイズの赤ちゃんだって決めてたのに……! それが夢だったのに……!』
『……うーん、お前らって、変な夢を抱いてるよな』
『変な夢って言うんじゃねーよっ! ああ、チクショー! もうムカついた! 謝るまで、もう空気やらねー!』
『……わあっ!? 死ぬ死ぬ死ぬっ!? ごめん、ごめんって!』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺はかれこれ、二時間近く海中にいる。
いい加減ふやけてきたんだが、セリリムだけやらせずにあがるわけにもいかなかったので、最後までつきあうことにした。
セリリムは遠慮がちに手を引っ込めていたんだが、俺が手をつなぐと、指をきつく絡めてくる。
『だ……旦那様と、ふたりきりだなんて……とっても緊張します……』
とくん、とくんという鼓動が、脳を通じて俺にも伝わってきた。
『まぁまぁ、そう緊張しないでくれよ……こっちまであがっちまう』
『す、すみませんっ……セリリムは緊張しぃで、そのせいでいつもドジをしちゃって……マーメイズでもみんなに迷惑かけてばかりなんです……』
セリリムは、自分のことを『セリリム』と呼ぶ。
『でも、ミューティちゃんも、フォティアちゃんも、アネモスちゃんも……こんなダメなセリリムを助けてくれて、励ましてくれるんです』
『ああ、いい友達じゃねぇか……それだったら、そんなに自分を卑下しなくても……』
『いいえ、セリリムはダメな子なんです……ミューティちゃんに拾われるまでは、ずっといじめられてて、泣いてばかりでしたし……』
『拾われた、だと?』
『はい。セリリムは幼いときに両親に捨てられたみたいで、みなし子だったんです。孤児院にいたところを、ミューティちゃんに選ばれて、そのままご学友に……』
『……ご学友って……。なぁ、もしかしてミューティはタラッティア王国の……お姫様だったりするのか?』
『はい。ご存知なかったですか?』
『ああ、初めて知った』
『……あの、初めて知ったのに、あまり驚かないんですね』
『まあな……もう誰がお姫様だって言われても、何も思わねぇくらいには慣れちまった』
『そうなんですか……いろいろあったんですね……』
『ミューティがお姫様ってことは、フォティアやアネモスは何なんだ? 貴族かなにかか?』
『いいえ。セリリムと同じ、みなし子だそうです。違う孤児院でミューティちゃんがご学友として選んだって聞きました』
『そうだったのか……』
『最初はミューティ様ってお呼びしてたんですけど、ミューティちゃんはそれを嫌がって……。それにご学友なのに、家族みたいにセリリムたちを扱ってくれたんです』
『……もしかしてお前は、マーメイズの活動があまり好きじゃないのか? 拾われた負い目で、付き合ってるとか……』
『いいえ。マーメイズでファンのみなさんのために歌ったり、踊ったりするのはとっても楽しいです。今でもすごく緊張して、ドジばっかりですけど……』
『そうか……』
『それに旦那様を好きになったのも、みんなに付き合ってのことじゃありません。不思議なんですけど、セリリムたちは、まるでひとつの心をもってるみたいに、同じことを感じてるみたいなんです……』
『そうなのか?』
『はい……ですから、セリリムはいま……旦那様の赤ちゃんが、とっても欲しいです……!』
『せ、セリリム?』
握りしめていた俺の手を、自らのヘソの下あたりに導くセリリム。
『旦那様……この無人島で、マーメイズといっしょに、ずっと暮らしてください……! そしてみんなに、たくさん赤ちゃんをお授けになってください……! セリリムにできることでしたら、どんなことでもいたしますから……お願いしますっ……!』
『ええっ!? そ、それは……』
戸惑う俺の脳内に、聞き覚えのある声が割り込んできた。
『……さんせーい! それ超名案っ!』
『そっかぁ! もう婚礼の船にこだわらずに、この島で暮せばいいんだ!』
『チクショー! なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだ! さすがセリリム、マーメイズの良心と言われるだけあるぜ!』
いつの間にか、ミューティ、フォティア、アネモスが俺の身体にくっついていた。
触れる感触に、一切の硬さがない。どこもかしこも柔らかい。
ふと俺は、持ち主の身体から離れて漂う、いくつもの貝殻ビキニを発見する。
『もしかしてお前ら、ぜんらっ……!?』
『あっ、まだ見ちゃダメー! セリリムのもヌギヌギさせてるんだから!』
『あっ……は……恥ずかしい……! でも、ガマンします……!』
『俺たちマーメイズは何でも一緒なんだ。初恋も、ファーストキスも……初めて男にハダカを見せるのも、一緒じゃなきゃダメなんだぜ!』
『あっ、セリリムちゃん、脱げた? よぉし、じゃあいくよ……せぇーのっ!』
リーダーの合図とともに、柔肌が一斉に離れていく。
次の瞬間、俺は目の当たりにする。
青白い光に照らされ、人魚のように海に漂う……アイドルたちの生まれたままの姿を。
次回、急展開…!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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