15 取ってこいキス
あたりは静寂に包まれていた。
俺のいるステージのまわりには、何十万という人が囲んでいるというのに……誰もが押し黙っている。
それどころか、衣擦れの音すらもさせずにいた。
だが、ステージの一番近くで腰を抜かしていた少女が、ボソリつぶやいたことで……世界は少しずつ音を取り戻していく。
「……な……なに……あの人……?」
「神獣の攻撃を、片手で止めたよ……?」
「あの人の身体の何倍もある、隕石みたいにでっかいゲンコツを、受け止めるなんて……?」
「絶対にぺちゃんこになっちゃうはずなのに、どうやったの……?」
「それだけじゃないよ! お城を粉々にしちゃうような雷……その何倍もすごいヤツを、受け止めたんだよ!?」
「それも、軽々と……まるでペットをあやすみたいに……!」
「あの人にとっては、神獣もペットでしかないの!?」
「ま……魔法みたい……でも、魔法じゃないよね?」
「そんな魔法あってたまるかよ! 攻城兵器を片手で止める魔法なんて……この世のどこにもないよ!」
「それに、見た!? 一瞬で、みんな裸にしちゃったよ!?」
「スジリエ様だけじゃなく、両親のツルリエ様やピッツボー様まで……!」
「しかも、隣国のペタリエ様やロロリエ様もだよ……!?」
「王族の人たちがみんな揃って、神獣憑依までして、全力で抵抗したのに……!」
「あの人の前では……赤ちゃんみたいに、あしらわれちゃった……!」
「平地族の人って、あんなに強いの!?」
「ううん、平地族だからじゃない……あの人が特別なんだよ!」
「わ……わたし……認める! あの人のこと!」
「ええっ、アンタ、異種族の王なんて、絶対反対って言ってたじゃない!」
「だって、見たでしょ!? あんなにすごい攻撃を受けたのに、なんともないんだよ!? それに誰も傷つけずに、戴冠式を成功させたんだよ!?」
「そうだ……よく考えたら、誰も傷ついていない……!」
「ケガはつきものの戴冠式なのに、ケガひとつなく終わらせるだなんて……!」
「圧倒的な強さなのに、それを使わずに、相手を無力化した……!」
「しかも、武器も魔法も使わず、身ひとつで……!」
「す……すごい! 本当にすごいお方だ! あのお方こそ、異種族最初の王にふさわしいっ!!」
「わたしも! タクミ様になら飼われたい!」
「タクミ様っ! 我らが偉大なる国王、タクミさまぁーーーっ!!」
「タクミ様っ! タクミ様っ! タクミ様っ!!!」
『タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!! タクミ様っ!!!』
喝采とともに巻き起こる、タクミコール。
空が震え、大地が揺れるほどの歓声が、俺を包む。
この魂をゆさぶられるような鬨の声は、観客席からだけじゃない。
きっと遠くにいる国民たちも、同じように快哉をあげてるんだろう。
まるで国民がひとつとなって、世界中から名前を呼ばれているようだった。
『あっ……! あまりの出来事の連続に、つい、実況を忘れておりましたが……戴冠式は、成功となりましたぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!』
思い出したかのように、実況が割り込んでくる。
『しかもハイラウト王国の王女、スジリエ様だけでなく、女王のツルリエ様と、ピッツボー様まで剥いてしまいました!! しかもしかも、ハイヴァスト王国の女王ペタリエ様と、王女のロロリエ様まで……!! つまりタクミ様は、王族すべてをペットにしてしまったのです……!! これはどういうことかというと……両国の国王に、同時に即位されたことを意味します……!!』
俺は「えっ」となった。
『これはかつてない、歴史的快挙!! 長きにわたって姉妹であった国家を、ひとつに束ねる国王の誕生です……!! 天上をごらんください!! 隣国のハイヴァスト王国の民たちも、湧きに湧いておりますっ!!』
俺は顔をあげて、空を見やる。
夜空一面に映し出された天空真写には、手を取り合って喜ぶハイヴァスト王国の国民たちの姿があった。
「……タクミ様……」
ふと、足元から声がする。
視線を落とすと、一糸まとわぬ姿のままで四つん這いになる、五人の幼女(うちひとりは幼児)の姿があった。
皆、瞳のなかにハートが見えるほどのうっとりした顔で、俺を見上げている。
身体だけでなく、まるで心までペットになってしまったかのように……俺の靴や太ももに頬ずりしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ハイラウト王国の女王ツルリエと、ハイヴァスト王国の女王ペタリエ。
最高権力者だけあって、ふたりとも飼い主はいなかったらしい。
俺はそんなふたりをペットにしちまったので、図らずとも、ふたつの国の王になってしまった。
でも、今すぐに国王になるのだけは辞退させてもらった。
俺はまだまだ未熟で、人の上に立てるような人間じゃねぇからな。
王国の体制はいままでと変わらないようにして、俺が一人前の男になるまで待ってもらうことにしたんだ。
ただ、異種族の飼い主を容認するようにと、ペタリエには言っておいた。
あれほど反対していたペタリエだったが、ペットになったあとは二つ返事で承諾してくれた。
そしてスジリエは……正式に俺の嫁となった。
それとロロリエも……正式に俺の嫁となった。
最初の予定より、嫁がひとり増えちまったけど……まぁいいか。
それで俺はいま、何をしてるかっていうと……王城の寝室にある、薄明かりのベッドのうえで、スジリエとロロリエと話をしていた。
ふたりともステージ上では全裸だったが、いまはネグリジェを着ている。
「……ほら、見て見てタクミさま、これがアタイのアザだよ!」
俺の左側で女の子座りをしているロロリエは、俺の腕に新たにできたアザを指さしていた。
スジリエとツルリエのアザは右腕にあるんだが、ロロリエとペタリエのアザは対称的に左腕にできている。
……いつの間にか、俺の腕には九人分ものアザができちまった。
まったく……前世では女の子と手も繋いだことのなかった俺が、キスなんてのはとっくに通り越して、嫁どころか、いまやペットだの何だのって……いったいどうしちまったんだろうな……。
なんて、しみじみしたものを感じていると……ロロリエはどこからか持ってきた、鳥のぬいぐるみを咥えていた。
猫みたいに瞳を丸々とさせながら、俺のヒザの上にポトリと落とす。
「タクミさま、『取ってこい遊び』したーい!」
無邪気な笑顔でせがんでくるロロリエ。
「……『取ってこい遊び』って、あの犬とかがよくやるやつか?」
「うんっ! したーい! したいしたーい!」
それまで、俺の右隣で大人しく正座していたスジリエが口を挟んでくる。
「まあっ、ロロリエ、いい加減になさい。タクミ様はお式でお疲れなんですよ」
「ああ、スジリエ、別に構わねぇよ、これを投げればいいんだな?」
俺はスジリエをなだめてから、鳥のぬいぐるみをポイと放りなげた。
「わぁーいっ!!」
ロロリエは大喜びしながら、四つ足で脱兎のごとく駆け出す。
部屋の隅に転がっていたぬいぐるみを、はぐっと咥えてから戻ってきて、再び俺の手の上に置いた。
「えらいでしょー!? 撫でて撫でてー!」と頭をこすりつけてきたので、乱れた髪を直してやるついでに、よしよしと撫でつけてやる。
「んふふふふふー!」と満足そうなロロリエ。
何がそんなにイイのかわからねぇが……まぁ、楽しそうだからいいか。
それから何度か、ぬいぐるみを投げ、取ってきたら撫でる、というのを繰り返していると、
「ず……ずるいです、ロロリエ……」
羨むような、悔やむような囁きが耳に入った。
声の主は、他ならぬスジリエだ。
見ると……楽しみにとっておいた好物を、「残すならちょうだい」と誰かに取られてしまったかのような、悲しい顔をしていた。
……もしかして、スジリエも遊びたいんだろうか?
「スジリエ、お前もするか?」
誘ってみると、スジリエは好物が二倍になって戻ってきたかのように、パッと顔を明るくしたが、
「はっ、はい……! あっ……い、いいえ……わたくしは結構です……」
小さな胸に当てた手を、ギュッと握りしめ……自分の思いを押し込めるように、ふるふると首を左右に振った。
俺はベッドの上に垂れていた、スジリエの首輪の鎖を掴むと、ぐい、と引き寄せる。
「きゃっ!?」
俺の胸に飛び込んできたところを、抱きとめてやる。
「なあ……お前は俺のペットかもしれねぇが、俺の嫁でもあるだろ……旦那に遠慮するなんて、変じゃねぇか? 俺にできることだったら、何でも付き合ってやるから、少しはワガママ言えよ」
優等生らしいセミロングの髪を、やさしく撫でてやった。
しかし、まだ慎みが残っているようで……俺の機嫌を伺うような、ひそやかな上目遣いをする幼妻。
ちょっとウルッときている瞳に、俺の顔を映している。
「ほ……本当に……よろしいのですか? わ……わたくし……実を申しますと、タクミ様と『取ってこい遊び』をするのが、夢だったのです……」
「それをロロリエに先にやられて、悔しかったんだな」
「は……はい……、でも、ペット失格ですよね……飼い主様に気を使わせてしまうだなんて……」
「失格なもんか、お前は俺にとって、最高のペットだ。なんたって、俺を王様にしてくれたんだからな。……スジリエ……お前はえらい、えらいぞ! よしよし!」
切り揃えられた髪をメチャクチャにするみたいに、わしゃわしゃっと撫でてやる。
「ああっ……! た……タクミ様……タクミ様っ!」
すると、もっとしてほしそうに、俺の手に頭を押し付けてくるスジリエ。
「わたくしは……タクミ様のペットになれて……本当に……本当に幸せです……!」
吐息がかかるほどの距離で、銀河のような瞳を向けてくる。
あまりの健気さと、あまりの美しさに……俺はたまらなくなってしまう。
手にした鎖をさらにぐいと引き、あどけない顔を引き寄せる。
「タクミ様っ……!? ん……!」
唇を奪われて、驚いたように目を見開くスジリエ。
でも抵抗することはせず、俺に身体をあずけてきた。
「ああーっ、ずるーい! アタイにもしてーっ!」
ロロリエが割り込んできたので、ぷはっ、と口を離して、
「ずるいずるい! スジリエばっかりんんんっ……!?」
続けざまに、唇でロロリエを黙らせる。
俺はふたりの嫁からキスを求められ続けて、呼吸困難になりそうだった。
そこで俺は……ぬいぐるみを投げて、ひとりが取りに行ってる間に、もうひとりとキスをする方法を思いついた。
スジリエとキスをしている間は、ロロリエがぬいぐるみを取りに行き、取ってこれたらロロリエにご褒美のキス……をしながら、ぬいぐるみを投げ、スジリエがそれを取りに行く。
なんだかすごく変な遊びだが、ふたりともドッグランに来た犬みたいに楽しそうにしていたので……まぁいいか、と思った。
スジリエ編はこれにて終了です。
次はどうするかまだ考えてないので、ネタを思いついたら書きます。




