13 解き放たれる秘奥義
俺とスジリエが降り立ったステージは、テニスコートふたつをくっつけたような正方形の形をしていた。
タイマンの決闘を行う場としては、かなりデカい。
ロープのないリングみたいに一段高くなっていて、周囲には子供たちがぎっしりと、スシ詰め状態になっている。
女の子しかいないマンモス小学校のイベントみたいだ。
でも俺が見分けられないだけで、男の娘も混ざってるんだろう。
そして……リングの対角線上の隅には、今宵の対戦相手であるスジリエが立っていた。
その隣にはセコンドとして、ツルリエさんが座っている。
ウエディングドレス姿のスジリエに負けないほど、着飾っているツルリエさん。
なにやら秘策でもあるのか、孔雀の羽根みたいな扇子で口を覆って話しかけている。
あ、そういえばピッツボーさんはどこにいるんだろう……?
と思ったら、よく見たらツルリエさんの椅子になって、文字通り尻に敷かれていた。
しかも、さっきまでスジリエが着ていたリンドール学園の制服を身に着けている。
まさかこれだけ大勢の前で、実の娘の制服を着させられてるだなんて……。
しかし……娘の服なのになんでサイズピッタリなんだよ……その上なんであんなに似合ってんだよ……。
『さあっ、いよいよ開始となります! タクミ様がスジリエ様を一糸まとわぬ姿にできれば、戴冠式は成功! その前にタクミ様がスジリエ様にノックアウトされてしまうと、戴冠式は失敗となります! 時間無制限の一本勝負! さぁ、両者、準備はいいですかっ!?』
スピーカーを揺らす実況の声。
それに応えるように、スジリエは俺に向かってペコリと一礼する。
開始前の礼か……と思い、俺もならって傾首する。
『それでは……戴冠式……はじめっ!!』
……ゴォォォォーーーーーーーーーンッ!!!
実況のかけ声のあと、頭上から重々しい金属音が鳴り響いた。
きっとゴング代わりの鐘の音だろう。
砂かぶり席から、幼い観客たちの声が聞こえてくる。
「い……いよいよ始まったよ!?」
「どっちが勝つのかな!?」
「そりゃスジリエ様だよ! ペット同士を戦わせる大会でも、負けなしのお方だよ!」
「そうか……! スジリエ様には専属の、最強ペット軍団がいるじゃないか……!」
「あの猛禽軍団が空から、猛獣軍団が陸から襲ってきたら、ただの人間じゃひとたまりもないよ!」
「そうだそうだ! スジリエ様がこの国に所有しているペットは、一個師団に相当する……! どんな人でも、絶対に勝てないよ!」
えっ……? スジリエのペットって、馬のパルドゥと鳥のセルドゥの2匹だけじゃなかったのかよ!?
そうか……国民がペット軍団のことを知っているから、スジリエはあそこまで心配していたのか……!
スジリエは言っていた。全力を出して抵抗しないと、国民は納得しない、と……!
それは国民の誰もが知る、最強ペット軍団が総動員されることを意味する……!
それはかなり、ヤバいんじゃねぇか……!?
でも……いくら本気の抵抗をされても、俺はペットを殺す気はねぇ。
そんなことをしたら、スジリエが悲しむのは目に見えてるからな。
だとしたら……『アレ』をやるしかねぇか……。
『アレ』はあんまりやりたくねぇんだが……しょうがねぇか……。
よし……スジリエ……覚悟っ!!
俺は覚悟を決めると、リングの隅で構えているスジリエに向かって駆け出そうとした。
しかし一歩踏み出した時点で、目の前に黒い影が降ってきて、
……ズダァァァァァァァァーーーーンッ!!
とリングに穴をあけそうな衝撃とともに着地した。
三点着地でポーズを決めていたのは……色白のスジリエとは対象的な、褐色の肌をもつふたりの人物。
白いウエディングドレスに対抗するかのように、黒いドレスに身を包んだふたりの幼女だった……!
突然の出来事に、水を打ったように静まり返る会場。
スックと立ち上がった二人組は、金剛力士像のようなポーズをとりつつ、
「この戴冠式……まったあああああああああーっ!!!」
沈黙を喝破するような、甲高い雄叫びを放った。
だ……誰だ、コイツら!? と思っていると、
『おおーっとぉ!? この方々は……ハイヴァスト王国の女王ペタリエ様と、王女のロロリエ様だぁーっ!?!?』
実況の絶叫が、波紋のように観客席に広がり……高波のようなどよめきが巻き起こる。
「ぺ……ペタリエ姉さん……それに、ロロリエ! いったい何のつもりですのっ!?」
立ち上がったツルリエさんがリングインして、猛然と抗議に向かう。
反応からするに、この黒ドレスのふたりはツルリエさんの姉妹のようだ。
どっちも子供だから、正直どっちがどっちだかわからんが……ツルリエさんと同じような黒いドレスを着ているのがペタリエで、黒いウエディングドレスを着ているほうがロロリエなんだろう。
歩み寄ってくるツルリエさんを、ペタリエが迎え撃つようにずいと前に出て、立ちふさがった。
「知れたこと……! このウソっぱちだらけの戴冠式を、正しにきてやったのさ……!」
悪女のように言ってのけるペタリエ。隣で腰巾着のようにニヤニヤしているロロリエ。
ふたりともツリ目で強気そうで、口から常にドラキュラみたいな八重歯が覗かせている……ほんとに似たもの親子という感じだ。
イジワルな親戚から、ウソっぱち呼ばわりされて……いつも冷静なツルリエさんもさすがに頭にきたのか、ダンと片足を踏み鳴らした。
「我が国の戴冠式を愚弄することは、いくら姉さんでも許しませんよ!?」
「ほう……じゃあスジリエは、本当に本気で、持てる力の全てを用いて抵抗するというんだな……?」
チラとスジリエのほうを見るペタリエ。スジリエも負けじと前に出て、
「も……もちろんですっ! わたくしは全力をもってタクミ様に抵抗いたしますっ!」
王女らしい、堂々たる宣言をした。
「ほおお……じゃあ、ペット軍団などという茶番で誤魔化すわけではない、ということだな?」
「……そ……それは……!」
まるで図星を突かれたように、言葉に詰まるスジリエ。
「ハイヴァストとハイラウト……生まれ出でし時より姉妹国家であり、長きにわたりこの地をおさめてきた我々が、受け継いできた秘奥義……『神獣憑依』をせずして、なにが全力か……!」
「じゅっ……『神獣憑依』は……一撃で大地をふたつに割り、城ひとつを粉々にするほどの奥義……! あれは完全なる攻城兵器であって、人間相手に使っていいものではありませんっ!」
「そうか……では、民に問おう!!」
ペタリエはバッ、と手を広げ、観客席のほうを向いた。
「このハイラウト王国には、王族だけが使える最強の秘奥義がある……! にもかかわらず、それを封印したまま戴冠式を進めようとしているのだ……!! どう思う!? それが全力の戴冠式と呼べるのか!?」
俺を置き去りにして、話はどんどん進んでいく。
観客たちはずっとざわめいたままだ。
「最強の奥義があったなんて……」
「スジリエ様の技としては、ペット軍団が最強だと思ってたのに……さらにその上があったのね……」
「そんなのがあるなら、出すべきだ! だって戴冠式はお互い全力を出さなきゃいけないんだから!」
「そうだそうだ!」
「だしてーっ! スジリエ様っ! 秘奥義を……!!」
「秘奥義! 秘奥義!! 秘奥義っ!!!」
『秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!! 秘奥義!!!』
そして沸き起こる、秘奥義コール。
国民全員が唱えているような、地を揺らす大合唱となり、リングを包囲する。
「……女王ペタリエよ……あなた様は、異種族の人間が飼い主になることを、ずっと反対していた……だからこうして戴冠式に乱入してまで、失敗させようとしているのですね……!!」
静かな怒りに震えるスジリエ。しかしペタリエはどこ吹く風だ。
「それは人聞きが悪いなぁ、たしかに異種族の人間が飼い主になるのは反対の立場だが……この戴冠式の不正を正すのとは、別問題ではないかな? まあ、秘奥義を相手に、もしこの人間が勝つようなことがあったら……アタイも異種族の飼い主を認めてやらんこともないがなぁ」
ペタリエは挑発するように言って、チラと俺を一瞥する。
「まあ、無理だろうねぇ」と言い添えるロロリエ。
止まない秘奥義コール。うつむいたまま動かないスジリエ。
「……秘奥義を出したら……間違いなく、タクミ様の命を奪ってしまう……! ……そ……そんなこと……わたくしには……できませんっ!」
握りこぶしに爪を食い込ませながら、必死に堪えているスジリエ。
誘いに乗ってこない姪っ子に、とうとうペタリエは痺れを切らしたようだ。
「……ハアッ!? ここまでお膳立てしてやっても、まだウダウダ言うなんてねぇ……!! じゃあ……アタイが代わりにやってやるよっ!! これだけ民の同意があるんだ!! 人ひとりひねり潰しても、文句は出ねぇさっ!!! いくよっ、ロロリエっ!!!」
合図とともに、両手を天に掲げるペタリエとロロリエ。
『神獣よっ……!!
我が両手に降臨し……!!
その暴虐たる力を与えたまえ!!
……轟雷龍・憑依っ!!!』
昼夜を繰り返すように、夜空が激しく明滅したかと思うと、
ズッ……ドオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!
瞬きほどの一瞬で、大樹のような光の束が、ペタリエとロロリエの両手に降り注いだ。
雲ひとつない空からの雷は……自然現象などではない。
まさしく神の使いである神獣が降らせたような、裁きの光であった。
次回…タクミの選択は…!?




