12 戴冠式
それから俺は、ピクミンのように集まってきた小学生メイドさんたちによって抱えられ、別室に移され、着替えさせられた。
宝塚の王子様みたいな格好をさせられたあと、控室のような場所に移された。
そこには、純白のウエディングドレスに身を包んだスジリエが待っていて、
「わぁ……! 素敵です、タクミ様!」
俺を見るなり、まさに白馬の王子様を前にしたかのように息を呑んでいたのだが……俺は息をするのを忘れていた。
スジリエが、あまりにも綺麗だったからだ。
ただでさえ逸材級の美少女が、ナチュラルメイクによって完璧に仕上がって、傾国級の美少女となっている。
潤みがさし、さらに輝きを増した瞳。
小宇宙を内包しているような、深い色をたたえており……見つめていると吸い込まれそうになる……!
赤ちゃんのようなすべすべ肌の頬に、ほんのりと紅が入っている。
幼さのなかに、ドキッとするような色気が見え隠れして……頬ずりしたい衝動をおさえきれない……!
みずみずしい果物のようにツヤツヤの、ピンクの唇。
もちろん、吸い付きたい……! むしゃぶりつきたい……!
白バラの花だけを集めて、身体中に貼り付けているような……清楚なのにセクシーなデザインのウエディングドレスと相まって、花の妖精のよう……!
触れた瞬間、花びらのように散ってしまいそうな……どこまでも美しく、儚い存在だった……!
こんな子と、誓いのキスを交わすヤツがいるというのか……!?
まったくけしからん……! どこのどいつなんだっ……!?
……憤怒しかかったところで、俺は我に返った。
俺はスジリエの申し出に、国王になってやる、って返事しちまったが……よく考えたらそれは、スジリエと結婚するってことでもあるんじゃねぇか……!
い……いいのか? こんな小学生にしか見えない……背も、俺の腰のあたりまでしかないような……幼くて、ちっちゃな女の子と、結婚なんて……。
……などと困惑していると、スジリエも俺に見とれていたようで、ハッと我に返った。
視線がぶつかった途端、ふたりして目をそらしてしまう。
ウブな者同士の初デートみたいに、ふたりしてモジモジしていると……先にスジリエが沈黙を破った。
「あっ……あの……タクミ様……も……もうじき、戴冠式が始まりますので、手順をお教えいたしますね」
「あっ……そ、そうだな、教えてくれ。俺、その手のものはゼンゼンやったことねぇんだ」
そういえば、恋に落ちてる場合じゃなかったんだ。
これから大勢の前で、儀式的なことをしなきゃいけねぇんだよな。
儀式らしきものといえば、結婚式と葬式以外に出たことねぇんだ。
それも俺自身のじゃなくて、他人のやつ。
参列するのと当事者になるのでは、だいぶ違うからな。
「まず、ゴンドラに乗って式場へと降ります。タクミ様とわたくしの乗るゴンドラは別々で、それぞれ式場の中央付近に着きます。ゴンドラが降りた時点で、式のはじまりです。タクミ様はわたくしに襲いかかり、このドレスを剥ぎ取ってわたくしを全裸にしてください」
自らの両手を胸に当て、『このドレス』を示すスジリエ。
「えっ」
のっけから斜め上の手順が示されたので、俺は間抜けな声をあげてしまった。
「あっ、脱がそうとした際、誤って破いてしまうことを気にされてますか? でしたら心配ご無用です。ドレスはボロ布を扱うように、ビリビリに破いてしまってもかまいませんから。ただ……わたくしも抵抗させていただきます。もちろんわたくしも、ボコボコにしていただいてかまいません」
気になったのは全然違うところだし、いったいなにが「もちろん」なんだろう。
「ま……待て待てスジリエ、俺とお前は結婚するんだろう? なんでそんな公開DVみたいなことをしなきゃいけないんだ?」
「愛する者の服を剥ぎ取り、全裸にする……それはすなわち『お前はペットだから、服は必要ない』という意思表示となります。王族の場合は、それを民の前で行い、飼い主としての実力を誇示しなくてはなりません……それが我が国の『戴冠式』です」
「……なるほど、俺自身のイメージしていた『戴冠式』とはかけ離れているが、意義はわかった」
「ただ……ひとつ問題がありまして……」
ちょっと困った様子で、眉をハの字にするスジリエ。
その顔もメッチャかわいい。今すぐにでもその問題とやらを取り去ってやりたくなるほどに。
「……問題? なんだ?」
ひとつどころではない、問題だらけの儀式のような気がするが……それは口に出さないでおいた。
「ハイラウト王国の戴冠式は歴代、飼い主もペットも……地底族しか行ったことがないのです」
「俺が初めての他種族の国王なら、そりゃそうだろうな」
「実を申しますと……それまでの戴冠式は、形式上のものでしかありませんでした。ペットは抵抗はするのですが、あるていど民を盛り上げたあと、飼い主に屈して裸にされてしまうのです」
「ヤラセってやつか……でもそれを聞いて安心したよ。てっきりガチかと思ってたからな。やってるフリだけでいいなら簡単だ」
「タクミ様の場合は、そういうわけにはいかないのです。地底族どうしの戴冠式であれば、予定調和でも民は納得してくれるのですが……今回は、平地族であるタクミ様の実力を示すためにも、本気でやる必要があるのです」
「……なるほど、それが『問題』って言いたいのか」
「はい、それはすなわち……わたくしは、タクミ様を全力で迎え撃たないといけないのです……! ハイラウト王国の王女として、リンドール学園のペットテイミング術部の首席として……! わたくしのすべてのペットを総動員して抵抗しないと、民は納得しないのです……!」
「……なにっ!? じゃあ俺はお前と決闘」
バァーンッ!!
俺の言葉は、勢いよく開いた扉の音によって遮られる。
「タクミ様! スジリエ様! お式の準備が整いました! すでに一時間押しておりますので、すぐに開始いたしますっ!」
メイド長さん……といってもちびっこなんだけど、彼女の一言によって、おびただしい数のちびっこメイドさんがなだれ込んできた。
あっという間もなく担ぎ上げられる。俺とスジリエはまるでアリに運ばれる角砂糖みたいに運び出されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『それでは、火串タクミ様、スジリエ・ウォーレン・ハイラウト様による、次期国王の戴冠式を開会いたします!』
巨大アンテナのようなスピーカーを通して、周囲一帯に響き渡る声。
それを合図として、夜空に花火が打ち上がる。
空からは爆音、下からは歓声。
どちらもきらびやかな光にあふれていて、夜なのにあたりは昼間のように明るい。
俺は飾り付けのされた青いゴンドラに乗って、ゆっくりと降下していた。
少し離れた隣には、白いゴンドラに乗ったスジリエ。下に向かって手を振っている。
俺も視線を落としてみた。すくむような高さの足元には、街の中央広場を改造して作られたステージがあって、周囲はびっしりと人で埋め尽くされている。
ステージだけじゃない。大通りすべてが人で詰まっており、それどころか岩山の外には押し寄せる軍隊アリのような、膨大な人波があった。
この国の人間が、全て集まってるんじゃないかと思ったが、
『今回は急遽の開催となりましたので、天空真写によって王国全土にこの模様を中継しております!』
アナウンスの言葉に、俺は空を仰ぐ。
大空に広がるパノラマには、見上げる俺の顔が映し出されていた。
『天空真写』……空に映像を映し出す大魔法だ。
このあたり一帯の大空は、巨大スクリーンのような扱いになっている。
これなら間違いなく、王国全土のヤツらが戴冠式を見ることになる……!
いや、もしかしたらウチの学院のヤツらも見てるかも……!?
なんてどうでもいいことを考えているうちに……ゴンドラはステージ上に着地した。
次回、バトル開幕…!?