11 国王への誘い
それから城じゅうどころか、街じゅう、いや国じゅうが大騒ぎになった。
王国のある岩山は、さながら蜂の巣を突いたような狂乱に包まれている。
戴冠式の主役である俺とスジリエは、準備の邪魔しないようにと、隅に追いやられた。
他にすることもなかったのと、ちょっとスジリエと話をしたかったので、ふたりっきりになれる場所に行こうと誘った。
すると……城の中にあるスジリエの自室、その外にあるテラスに案内された。
「……ここは、わたくしのお気に入りの場所なんです」
二足歩行に戻ったスジリエは、ベランダの手すりに背を向けて立っている。
雄大な景観をバックにするその姿は、荒野に咲いた一輪の花のように可憐だ。
「小さい頃は、いつもここで鳥たちと遊んでいたんです。いまもほら、こうすると……」
スジリエが両手を広げると、どこからともなく鳥たちが集まってきて、木の枝のように止まった。
懐かしい友達に再会したような、弾む笑顔を浮かべている。
俺は、子供時代に戻ったようなスジリエを見つめながら、話しかけた。
「……お前は、動物が好きなんだな。学園のペットテイミング術部でも、トップラクスの成績だし……」
「はい、わたくし、動物だいすきです! それに人間も大好きなんです!」
背後に燦然と輝く夕陽にも負けない、さんさん笑顔のスジリエ。
彼女はいつも微笑みを絶やさないが、今日は特にニコニコしてる気がする。
「どちらも好きですから……わたくし、創りたいんです! すべての種族が、分け隔てなく主人になれて、ペットになれる国を……! それこそが本当の意味での、ペットテイミング王国……!」
夢を語り始めるスジリエ。
その顔は子供から、王女らしい毅然としたものになっていた。
「姉妹都市である『ハイヴァスト王国』では、地底族以外の種族は、法律で飼い主にはなれません。ペットにはなれるのですが、再下位のペットとして扱われるのです……そんなの、おかしいとは思いませんか?」
「……まぁ、たしかにな」
「この国には、そんな決まりはないのですが……他種族の方が地底族の飼い主になることに、抵抗を感じる民がまだまだ大勢いるのが実情です……」
「……なるほど、だから王女であるお前が、平地族である俺のペットになれば、他種族の飼い主も増えていくんじゃないかと考えたんだな」
「はい……こればかりは、わたくしひとりではどうにもなりません……他種族の飼い主の方の協力がなければ、成し得ないこと……!」
スジリエは俺に正対して、ピシッと気をつけをしたかと思うと……ヒザを折って床に正座し、深々と頭を下げた。
彼女はペットとしてではなく、一国の王女として、俺に土下座したんだ。
「お願いです、タクミ様! どうか、この国の次期国王となってください……! この国を変えられるのは、タクミ様しかいないのです……!」
「……顔をあげてくれ、スジリエ」
しかしスジリエは、床にこすりつけたままの頭を、左右に振った。
「いいえ! ご承認いただけるまで、私は頭をあげませんっ!」
「いや、違うんだ、スジリエ。ひとつ、聞かせてくれないか? ……そもそもなんで、俺を次期国王として選ぼうと思ったんだ?」
すると、スジリエは顔を伏せたまま、俺の問いに答えてくれた。
「……わたくしは今まで、どなたのペットにもなりませんでした。なりたいと思う方が、いなかったのです……。他種族の飼い主を推進しているくせに、わたくし自身はペットになりたくない……そんな矛盾を抱えながら、日々を過ごしていたんです……」
俺は、話しづらいだろうと思い、スジリエの顔を起こそうとした。
だが、頑なに顔を上げようとしない。
もしやと思い、ツルリエさんがしていたみたいに、鎖を引っ張ってみる。
すると、スジリエは「んっ」と呻きながら起き上がった。思っていたよりもすんなりと。
その顔は、たまらない屈辱と、待ってましたと言わんばかりの歓喜に満ちていた。
どうやら、ペットみたいに扱ってやると素直に言うことを聞くらしい。
スジリエは、首輪を引かれる悦びに浸っているようだったが……俺が「あの……それで?」と先を促すと、ハッと我にかえった。
コホン、と誤魔化すような咳払いをひとつして、スジリエは続けようとする。
「……すみません。えっと……どこまでお話しましたっけ?」
「他種族の飼い主を推進している立場なのに自分自身はペットになりたくない、ってとこまでだ」
「あっ、そうでした。そんな矛盾を抱え、悶々とした日々を過ごしていたのですが……そんな折、あのテロリスト襲撃事件があったのです。テロリストに捕まったわたくしは、我が愛馬に馬引きの刑にさせられながら、このまま誰のペットにもならずに命を落としてしまうのかと思っておりました。でも、そこに彗星のように現れ、わたくしを助けてくださったのが……他ならぬ、タクミ様だったのです……!」
言っていて興奮したのか、スジリエの瞳に光沢が走る。
「タクミ様に抱えあげられ、その胸に抱かれたわたくしは……身体中がとろけてしまったような、やさしくて甘い衝撃を受けておりました……! このような御方が、この世におられただなんて……! もう、この御方しかいない……! と思ったわたくしは、タクミ様に飼い主になっていただくよう、盟約をお願いしたのです」
その時のことを反芻するように、胸に手を当て、うっとりと溜息をつくスジリエ。
「ですから最初は計画的ではなく、衝動的……国王になっていただきたくてタクミ様を選んだわけではなかったのです。わたくしが心の底から飼われたいと思ったので、タクミ様を選んだにすぎないのです……」
スジリエは、星をまとっているようなキラキラした目で俺を見上げた。
混じりけのない宝石みたいな、澄んだ瞳で。
期待に満ちた眼差しで、俺の持つ鎖を自らの手でクイクイとひっぱり上げている。
どうやらもっと引っ張ってほしそうだったが、それよりも、と俺は先を促す。
少し残念そうにしながら、スジリエは続ける。
「……そしてタクミ様のペットとなったわたくしは、タクミ様のテロリスト殲滅の旅に、ご一緒させていただきました。そこでわたくしは見たのです。弱き者への暴力を決して許さない、聖者のような尊きお心と……どんなに強い相手にも敢然と立ち向かい、しかも指一本で倒してしまう、神人のような強さ……! この御方であれば、国王になっても権力に溺れず、たとえ改革反対派の卑劣な罠に対しても、屈することなくはねのけられるのではないかと……!」
俺は苦笑してしまった。そりゃ、買いかぶりすぎだろ……と。
でも、これでようやく、スジリエの意図がわかった。
結果として、俺を国王にすることを思いついた、ってわけか……。
「そういうことだったのか……王女であるお前は、他種族が虐げられている国の現状をを憂いて、お前なりのやり方で、変えようとしていたんだな……」
考えようによっちゃ、スジリエは俺を利用しているとも取れる。
でも……俺はそんなことは気にしねぇ。
理不尽をブッ飛ばすのに俺の力を必要としてるんだったら……いくらでも貸してやるさ。
せっかくのこのチカラ、俺のためだけに使うのはもったいねぇからな。
「いいよ、なってやる……次期国王に。お前が感じている理不尽を……この俺が、ブッ飛ばしてやるよ……」
するとなぜかスジリエの顔は、まるで見とれているかのように……ぽーっとしたものになっていた。
「……ああっ……そ……それです……その、りりしいお顔……! そのご尊顔に、わたくしは骨抜きにされてしまったのです……! テロリスト襲撃事件が終わってから、長らくそのお顔をなさっていなかったので、不安だったのですが……! わたくしの大好きなタクミ様が、戻ってまいりました……!」
「な、なんだよ、それ……」
なんだか俺は照れくさくなって、スジリエから目をそらしてしまった。
次回、戴冠式!




