11 炎のファーストキス
たどり着いた魔力科の講堂。
大学の講堂みたいに、段差のついた座席が扇状に広がっていて、教壇が一番低い位置にあるという、一般的な構造だ。
俺たちは頂上にある座席の陰に隠れ、様子を伺っていた。
テロリストも人質も、広場のようになっている教壇に集まっている。
教材用に床に描かれた魔法陣を中心として、いくつもの輪ができていた。
まず、輪の中心には四人の女生徒。
お互いの身体を抱き合い、身を寄せ合っている。
女の子たちはみな小麦色の肌で、こめかみに魚の胸ビレのような飾りをつけている。
いずれも海棲族の特徴だ。
凍えそうなほどに震えている彼女たちだったが、顔を紅潮させ、滝のような汗をかいている。
理由はわかりやすい。女生徒たちは魔法陣の中心に立たされていて、そのまわりに儀式のロウソクのように、燃え盛る炎がびっしりと敷き詰められていたからだ。
炎はふくらはぎ位までの高さだったが、ガスバーナーのような勢いがある。
かなり高温のようで、ゆらゆらとした陽炎が立ち上っていた。
そして少し離れた所、魔法陣の外には、ぐるりと並ばされた魔力科の生徒たち。
さらにそこから離れたところにある、一番外側の輪はリピーターやランタスルを内側に向かって突きつけているテロリストども。
一連の輪からはずれたところにある机の上に、フードを深く被り、全身をローブに包んだ男が立っていて、何やら叫んでいる。
またロクでもないことをやっているな、と俺は直感した。
「さぁ……彼女たちを助けるために炎に飛び込む、勇敢な者はいないのですかなぁ!? 助け出せたらみんなまとめて解放してさしあげると言っているのに、尻込みするとは……! でも、迷ってる暇はないですぞぉ!? 海棲族は炎に弱い……! 早くしないと、焼き魚になってしまいますぞぉ!」
ローブ男の慇懃無礼な一言で、俺は理解した。
また人質を使って、ゲームしてやがるのか……。
女生徒を火あぶりにして、その様を見せつけている。
外周の生徒たちは「助け出せたらみんな解放してやろう」と言われているが、誰も動けずにいた。
耐火魔法でもありゃ、いけるんだろうが……きっと魔法は使えなくさせられてるんだろうな。
魔法ナシであんな炎に飛び込むなんざ、自殺行為でしかねぇ。
こんな悪趣味なゲームを主催しているのは、間違いなくローブの男だろう。
アイツがここのテロリストたちのボスのようだ。
テロリストたちは、教室の隅から見下ろしている俺たちには気づいていない。
みんなキャンプファイヤーを楽しむかのように、立ち上る炎を見つめ、広場での処刑を眺める市民のように、火あぶりになっている女の子たちにヤジを送っている。
「へへ、熱いだろ!? 汗びっしょりじゃねーか! 服ぜんぶ、脱いじまえよ!」
「いいこと教えてやるよ! お友達を炎の上に突き飛ばしちまいな! そしたらその上を歩いて、外に出られるぜ!」
「おいおい、肌が焦げてるじゃねーか! 早くしねぇとほんとにこんがり焼けちまうぞ!」
「お前たちが苦しんでるってのに、まわりのお友達は見てるだけだなんて、薄情だよなぁ!」
「もうじき熱さに耐えられなくなって、踊りだすぞ! バーベキューダンスだ! クラスのアイドルが踊りながら、こんがりと焼け死ぬ様が見れるぜぇ!」
火中の女の子たちは、燃え盛る家に取り残されたように泣き叫んでいる。
「い……いやああーーーっ! 熱い! 熱いよぉっ!!」
「燃えちゃう……! マジで燃えちゃうよぉおぉっ!!」
「た、助けて! 誰か助けてくださぁぁぁぁぁいっ!!」
「頼むっ! 頼むよっ! 熱いんだ! 熱くてたまらないんだよぉ!」
懇願してくる女の子たちを、ある者は涙を流し、ある者は歯を食いしばりながら見つめている魔法科の生徒たち。
「お、お願いだ! こんなこと、もう……うぐっ!?」
「振り返るなって言っただろ!」
たまらずに振り返った生徒は、容赦なくダーツ弾を打ち込まれていた。
彼らは耳を塞ぐことも、目をそらすことも許されず、クラスメイトが焼け死ぬ様を見させられているのだ。
「た……タクミくん! 早くしないと、あの子たちみんな焼けちゃう!」
「タクミ、ボーッとしてんじゃないわよ! 早くどうするか決めなさいよ!」
「タクミ様、何かお考えがあるのですか!?」
揃って俺に詰め寄る、クーレ先生、シャラール、スジリエ。
ちょうどいい身長差でキレイに大、中、小になっている。マトリョーシカみたいだ。
……なんて、どうでもいいことを考えてる場合じゃねぇな。
「まずは真ん中の女生徒を救出をする。魔法陣の中に残したままじゃ、ボスにいいようにやられちまうからな」
俺の提案に、さっそくシャラールが鼻を鳴らした。
「フン、簡単に言ってるけど……どうやって救出すんのよ?」
「俺がテロリストのフリして忍び込んで、あの狂ったゲームに参加してやる。」
俺はなるべく心配させないように言葉を選んだつもりだったが、クーレ先生とスジリエはギョッとなっていた。
「えっ、タクミくん、あの炎の上を歩くつもりなの!?」
「いくら靴を履いているからって、そんなの無茶です!」
「ふたりとも、心配しなくていい、俺なら大丈夫だ。そして、助け出したあとは……シャラール、ボスを撃って始末してくれ。そのスキに俺はテロリストに近づいて、同士討ちをさせる」
「家庭科室でやったのと、同じことをやるつもりね。なんか、穴だらけの作戦のような気もするけど……アンタが焼け死ぬ分には一向に構わないから、その作戦、乗ったわ」
頷くシャラール。いちいち引っかかることを言わないと気が済まないのかコイツは。
でも、「命令するんじゃないわよ!」と目を三角にしていた数時間前に比べて、格段の進歩だ。
クーレ先生とスジリエはまだ心配していたが、なんとかなだめてから、俺は物陰からさりげなく出た。
忍び寄るわけでもなく、普通に歩いて狂宴の輪に近づいていく。
接近に気づくテロリストがいたが、俺がテロリストと同じ服装をしていたので怪しむこともなく、
「おい、お前もこっちにこいよ! すげー面白れぇぜ!」
と誘ってくれる始末だった。
「ちょっと失礼、ごめんなさいよ」
俺はテロリストをかきわけて通り過ぎ、生徒たちの輪に進んでいく。
「……なにをやっている! 持ち場に……! んん? 貴様……見ない顔だな……何者だっ!?」
ボスだけは俺の正体を見破ったようだ。部下の顔を全員覚えているのかもしれない。
でも、ここでやめるわけにはいかねぇ。
「……飛び入り参加もアリなんだろ?」
俺はそれだけ言うと、生徒たちの輪をかき分け、さらに進んでいく。
「えっ、アイツ、なんだ?」
「魔法陣に向かって歩いてく……まさか、中に入るつもり?」
「いや、普通の格好だぞ、それで耐えられるわけ……!」
周囲で沸き起こる、ヒソヒソ声。
魔法陣に近づくと、足元からの強い光に照らされた。溶岩の上を歩いているみてぇに、カッとした熱気が肌を焼く。
こりゃ、ヤベェ……!
ちょっと躊躇しそうになっちまったが、その気配を見せたら終わりだ。
俺は平然を装いつつ、普段の歩みのように……炎の中に足を踏み入れた。
ジュッ……! と焦げるような音。裾に火がまわる。
俺は人知れず、奥歯を噛みしめた。
奇跡を目の当たりにしたかのように「えええっ……!?!?」と、どよめきが起こる。
中央にいる女の子たちも、まわりの生徒たちも、テロリストたちも、分け隔てない驚愕が俺を取り巻いた。
「えっ……な、なんで……!?」
「炎の上を、歩いてる……!?」
「信じらんない……熱くないの!?」
「あの人、いったい何者なの……!?」
自らの熱さも忘れ、ポカンとしている火中の女の子たち。
「マジか、アイツ……なんで平気なんだよっ!?」
「この距離でも熱いのに、その上を歩いてるだなんて……!」
「あの人、魔法使いじゃないよね? 魔法も使ってないのになんで、あんな涼しい顔して歩けるの……!?」
「あっ、アイツ……戦士科のFランクのヤツじゃねぇか!」
「ウソだろ!? Fランクのヤツに、あんなことができるわけねぇじゃねぇか!」
口を閉じることも忘れ、あんぐりしている魔力科の生徒たち。
「え、なんで……!? なんで歩けてるんだ……!?」
「あの上に罰で乗せられている仲間を見たことあるが、熱さに耐えきれずにすぐに倒れて、全身ヤケドを負ってたぞ!」
「俺も見たことある! なんでアイツは平気なんだよ……!?」
「も、モンスターなんじゃねぇか!?」
「モンスターどころじゃねぇよ! うちのボスだって耐えきれずに、あの上で顔を大ヤケドしたことがあるんだぞ!」
「マジで、何者なんだよ、アイツは……!?」
この魔方陣の威力を知っているらしいテロリストたちは、目玉を飛び出させんばかりに剥いていた。
俺は平静を装っているが、実情はかなりヤバかった。
人知れず『アドレナリン・オーバードーズ』のツボを突いて、熱さを感じないようにしているだけなんだからな。
靴の中の足は、焼き芋みてぇになってるに違いねぇ。
でも俺は、そんな素振りもみせずに女の子たちの前に歩み寄る。
女の子たちは化物でも見るかのような目で、小さな悲鳴とともに、さらにきつく身体を寄せ合う。
俺はもう、相手の反応を気にしている余裕はなかった。
「助けに来た。俺に掴まれ」
それだけ言って、手を差し伸べる。
誘拐犯に接するような、半信半疑の女の子たち。
「えっ……ま……マジで? マジで助けに来てくれたの?」
「す、すごくお強いテロリストさんじゃなかったんですね……」
「魔法も使わず炎の上を歩ける人が、この世にいるだなんて……そんなすごい人が、助けに来てくれるなんて……なんだか夢みたい……」
「で、でも……どうやって外に出るんだよ?」
「四人とも、俺が担いで魔法陣の外まで連れてってやる。さぁ、俺につかまれ……早く」
俺の敵意のなさと、そして余裕のなさも察したのか、おずおずと、しかし助かりたい一心で俺にしがみついてくる女の子たち。
前にひとり、後ろにひとり負ぶさり、肩にそれぞれひとりずつ担ぎあげる。
『アドレナリン・オーバードーズ』は普段より多くの力を出すことができるんだ。
いわゆる「火事場の馬鹿力」ってやつだな。終わったあとのダメージが半端ないんだが、今はそんなことを気にしてる場合じゃねぇ。
女の子たちは「重くないの?」としきりに心配していたが、答える時間も惜しかったので、俺はさっさと踵を返して再び炎を踏みしめた。
さらなるざわめきが、俺を包む。
「マジかよ、アイツ……四人とも担ぎあげやがった……!」
「なんてパワーだ……! それに全然よろめいてねぇぞ……さっきと変わらねぇ足取りで、炎の上を歩いてやがる……!」
「すげぇ!? 高原族かよ!?」
「いや、どう見ても平地族だぞ……!?」
「すごい力……素敵……!」
まわりはうまいこと騙されてくれているが、さすがに顔が引きつってきた。
痛みは誤魔化せても、身体が焼かれるのはさすがに辛ぇ……!
ヒザから下の感覚が、なくなってきた……! なんか、活造りにされてる魚みてぇな気分だ……!
ヤバい……熱さのあまり、目も霞んできた……!
ゆらぐ視界の中で見えていのは、俺の前にしがみついている海棲族の女の子の顔のみ……!
女の子は心臓が張り裂けそうな表情で、俺の顔を覗き込んでいる。
そりゃそうか、俺が倒れたら道連れだもんな、ハラハラもするか……と思っていたら、
「キミ、顔が真っ赤だよ……!? 大丈夫!?」
彼女は俺の頬に、ぴとっと手を当ててきた。
海棲族特有の、ひんやりした手のひらが心地いい。
「顔、すっごく熱い……! まるで燃えてるみたいだよ……!?」
「ああ、今まさに、燃えてるからな……!」
俺は今の状況を、いいように言う。
心配させないためだったが、女の子はさらに顔を近づけてきて、
「じゃあボクが、冷やしてあげる……!」
俺の唇を塞いだ。
ちゅむっ……。
名前も知らない女の子の、顔がどアップにある。
ぷるんとした冷たいゼリーのような感触と、レモンのような爽やかな香り。
初めてのキスはレモンの味なんて言うけど、本当だったんだ……と他人事のように感じていた。
続けざまに、ウォータークーラーで冷却したような液体が、口の中に流れ込んでくる。
スポーツドリンクのような、甘くて美味しい液体だった。
どこまでも柔らかい感触と、口いっぱいに広がる甘美な味に、俺は抵抗できなかった。する気もなかった。
こくり……。
喉を鳴らし、口のなかの潤いを受け入れると……女の子は「ぷはっ」と唇を離した。
つぅ、と透明の筋が一本垂れていて、名残りを惜しむように俺と繋がっている。
「……美味しかった? ボクたち海棲族は、口から栄養たっぷりの水を出すことができるんだよ。『口移し』っていって、ホントは契を結んだ相手か自分の赤ちゃんにしかあげちゃダメなんだけど……キミだけは特別、ってことで」
こんな時だというのに、はにかんだように笑いながら、ウインクする女の子。
そして俺は、こんな時だというのに、かつてないほどの元気を感じていた。
次回、ハーレム王となる!?