溺愛ゆえの暴走
寝相が悪いので目覚めると、身体の節々が痛かったり、ベッドから落ちていたりと毎回困ってます。
自然豊かな王国ハイデルベルグ。
そんなハイデルベルグ王国の王族は皆一様に容姿が整っており、金髪碧眼の持ち主であった。
――――――――――……ただ1人を除いて。
「どうしてわたくしの髪は、家族の様な美しい金色の髪の色では無いのかしら……」
リオネラーシュ・ハイデルベルグは、自身の赤色の髪の毛を指でグルグルと、かき回しながら項垂れた。
「何を仰いますか!姫様の赤い御髪は艶々と輝き、お美しいではありませんか!」
ベッドに項垂れたリオネラーシュの背後に立っている、侍女のメイがそう言って励ますも、リオネラーシュは更に小さい声で反論した。
「金色じゃないと意味が無いの。はぁ……もしかしてわたくしは皆と血が繋がってないのかしら?」
この質問はいつもの事であったので、メイはスラスラと同じ答えを言った。
「姫様の曾お祖母様が、同じ様に美しい赤色の髪をお持ちだったと伺っておりますよ?血が繋がって無いなどの心配は御無用かと存じますが?」
「ふうん……。ならばこわたくしの顔にあるこのそばかすは?」
リオネラーシュの頬には無数のそばかすが出来ているのだが、そんなに目立たないし、お化粧をしてしまうと完全に隠れてしまう程度だ。
「姫様のお肌は太陽の光に敏感なご様子。長時間光を浴びなければ増えませんし、今王都で話題の果物から作られた美容液を毎日塗って眠りましょう」
「それでこのそばかすが消えるかしら?」
「……………頑張りましょう!」
絶対に消えるとは言い切れないメイであった。
そのメイの答えにリオネラーシュは更に項垂れ、ベッドに沈み込んでしまった。
そんな部屋の静寂を破る闖入者は、突然リオネラーシュの部屋にノックもせずにズカズカと入ってくる。
ガチャ……バッターン!!!
「ラーシュ!可愛い余のラーシュよ!狩りのお土産に、沢山の果物をもいで来てやったぞ?」
そう言いながら部屋に入って来たのは、リオネラーシュの父親にして、このハイデルベルグの国王であるアルファス・テオ・ハイデルベルグである。
アルファスも金髪碧眼の美貌の偉丈夫で、民をメロメロにする魅力あるフェロモンの持ち主であった。
もちろんリオネラーシュは、この父親が大好きであったが、落ち込んでいる今は顔を合わせたくなかった。
なのでベッドに顔を埋めながら、お礼を述べる。
「お父様……お土産有り難う御座います。後程頂きますわ」
その異様な返事の仕方に、アルファスは首を傾げながらメイに理由を尋ねた。
「一体ラーシュはどうしたのだ?ベッドに顔を埋めておるせいで、ラーシュの可愛い顔が見えぬのだが、昨今の若い娘の間で……この挨拶のスタイルが流行っとるのか?」
若い娘の間でベッドに顔を埋めながら挨拶をするのが、流行っていると勘違いしてしまったアルファスであった。
その問いに侍女のメイは、ありのままの状況を答えた。
「いえ、それが……姫様は何時もの如く、お髪の色とそばかすを気になさっていらっしゃるだけで、ベッドでお顔を隠すのは、流行っている訳では御座いません」
「ラーシュ……また気に病んでいたのかい?余はそなたがこの世の誰よりも1番可愛いと思うておるぞ?」
アルファスは溺愛している娘が家族で唯一の赤毛であるのを、とても気にしている事に心を痛めていた。
「…………ぐすっ…。お父様がわたくしが1番可愛いって思ってくださっていても彼は……ニコラスは違いますものっ!!」
ニコラスとは、リエラーシュの幼馴染みであり、婚約者の少年であった。
ちなみにユーゾッタ侯爵家の嫡男である。
「なっ!何を言っておるのだ?ニコラスはそなたの婚約者であろう?もしや……ニコラスの奴が、そなたを可愛いく無いなどと申したのか……?」
アルファスの優秀な脳内では、ニコラスを抹殺するための計画が急速に練られている。
溺愛するラーシュを辱しめたのだから、ニコラスをこのまま生かしてはおけない。
幸いユーゾッタ侯爵家にはもう一人息子が居るので、跡取りには困らないだろう。
「いえ、ニコラスはそうは言っておりませんが…………」
アルファスはリエラーシュのその発言に、と胸をホッと撫で下ろした。
――――――――……が、その直後に怒り心頭となった。
「いつもお姉様を目で追っているんですの……」
という悲しげな言葉をリエラーシュが、呟いたからであった。
アルファスは美しい相貌に、醜い青筋を大量に浮き上がらせながら、ゆっくり無言で立ち上がるとリエラーシュの部屋を足早に出ていった。
そしてそのまま城壁門に置いてあった王家の馬車に飛び乗ると、驚く御者に行き先を告げた。
「……………………ユーゾッタ侯爵邸に向かえ」
「はっ、はい!畏まりました」
いつも優しげな微笑を浮かべている王の姿しか知らなかった御者は、顔中に青筋を浮かべながらドスのきいた声音で命令するアルファスに、驚いていた。
馬車を走らせること数十分後、王家の純白の馬車がユーゾッタ侯爵邸の玄関の前に横付けられた。
自国の王が来るなど、先触れを出されてなかった侯爵家の私兵は、慌てながら対応に追われていた。
ユーゾッタ侯爵家の当主、バルトロメオは突然の王の来邸に、若干戸惑ったものの、長年の付き合いもあってそのまま自身の私室にアルファスを招き入れた。
アルファスはバルトロメオと顔を会わせるなり、ドスのきいた声で息子のニコラスを呼ぶように命じた。
「何です?突然いらっしゃったと思ったら、ご用があるのは息子でしたか?」
「そうだ」
「一体どの様なご用事で御座いましょうか?」
「バルト……。余の可愛い娘が居るであろう?」
「はっ?ええ……確かにいらっしゃいますね」
用件を聞いたのに、何故か突然娘の話をし始めたアルファスに、バルトロメオは首を傾げながら返事をする。
「その可愛い余の娘ラーシュが、大層悲しんでおってなぁ………」
「悲しんでいらっしゃるのですか?それは……お可哀想に。して、その悲しみの原因は?」
「それは……………………」
アルファスが原因を口にしようとした正にその時、部屋の扉をノックする音が響き、外から声が掛けられる。
コンコン………。
「父上?お呼びとの事ですが、いかがなされましたでしょうか?」
「おお、ニコラス!入って参れ」
「はい。失礼します」
ニコラスが扉を開けて部屋の中に入って来る。
だがニコラスは直ぐに床へと叩き付けられた。
「ぐっ………」
「ああっ!なっ…何をなさいます王よ!ご乱心召されたかっ!」
そう、ニコラスはアルファスによって床に叩き付けられていた。
アルファスはニコラスが部屋に入って来たと同時に、ニコラスの手首を背中に捻り上げ、床に叩き付けたのであった。
「ふん。鍛練がたりぬな……。この軟弱ものがぁっ!!」
アルファスは更にニコラスを床に押し付ける。
「あぐっ……」
ニコラスは苦しそうに呻いた。
そんな息子の表情をみたバルトロメオは、アルファスを後ろから羽交い締めにし、息子の窮地を救った。
「王よっ!もうお止めくださいっ!ニコラスが死んでしまいますっ!!」
「ええいっ!放せバルトっ!そやつは万死に値する事を仕出かしたのだぞ?このまま一思いに逝かせた方が、こやつの為だぞ?」
バタバタと暴れるアルファスに、バルトロメオは羽交い締めにしていた腕を離す。
そしてアルファスの発言で気になった言葉を呟いた。
「万死に値する事をニコラスが致したのですか?それは一体何でしょうか?」
バルトロメオは自分の息子のニコラスが、王の娘であり、婚約者のリオネラーシュ姫に会うために、王城に行っており、そこで何か粗相をしたのでは?と心配になり、青い顔で王に窺った。
「ふん!そやつは可愛いリオネラーシュの婚約者でありながら、姉のミルフレールに色目を使って居ったのだ。しかもリオネラーシュの目の前で!」
王のその言葉を聞いて、青かったバルトロメオの顔色は、より一層青くなり、最早蒼白であった。
王の発言が本当ならば、王族へ色目を使うなどと、万死に値する行為である。
しかし一方で息子のニコラスが、ミルフレール姫を見詰めてしまう気持ちを理解出来なくもない。
そう美しいからだ。
もちろんニコラスの婚約者のリオネラーシュ姫も可愛らしい容姿をなさっておるのだが、ミルフレール姫の美しさは常軌を逸してるのだ。
かくいうバルトロメオにも、昔その様に見詰めてしまった女性が居る。
それはアルファスの姉であり、隣国の王妃になられたサウディスター様であった。
かの姫君も、凛とした静謐な美貌の持ち主であった。
などとバルトロメオが昔の自分の思いを重ねていると、黙っていたニコラスが静かに話出した。
「ちっ違います!私が見ていたのは、ミルフレール姫の髪に着いていた髪飾りです!」
「…………ニコラス……言い訳をするのならば、もっと良い言い訳をした方が効果的ぞ?」
パキポキと、アルファスが両手の指を鳴らしながらニコラスに近付いて行く。
ニコラスはアルファスの威圧感に恐怖を感じなからも、けしてアルファスから目を逸らさなかった。
そのニコラスの態度で、アルファスはニコラスが嘘を付いてはいないと判断した。
「ふむ……。ニコラスよ、子細を説明せよ」
「はい。ご説明させて頂きますが、ひとつだけお約束を………」
「これ、ニコラス!王に向かって何を言う気かっ!無礼は許さんぞ!」
王に対して約束を強要するとは……息子の浅慮な発言に、バルトロメオはまたも青ざめた。
「良い。申してみよ」
アルファスの許可を貰ったニコラスは、照れながらもこういった。
「はい。実は今度のリオネラーシュ姫のお誕生日に、お贈りするプレゼントを髪飾りにしようかと考えておりまして、その………ミルフレール姫の着けていた髪飾りの色が、リオネラーシュ姫の髪の色に似合いそうだと思っていたら、つい目で追ってしまっておりまして………。そしてお約束とは、私がプレゼントに髪飾りを贈ろうと思っていることを、リオネラーシュ姫には内緒にして頂きたいのです。姫をビックリせたいので」
「ははあ……。そういう事か。何だ…ラーシュの勘違いであったか………」
「多分……そうだと思います。昔から何故かリオネラーシュ姫は、ご自分に自信が無かった様子でしたので………」
アルファスはこのニコラスの言葉に、嘘偽り等は無いと判断した。
長年王をやっているのだ。人を見る目は十分にあるつもりだ。
「ニコラスの気持ちはよう分かった。プレゼントの件についてはラーシュには黙っておこう。約束する。そして今回は余が先走ってしまい申し訳なかったな?しかし今後は可愛いラーシュが勘違いしてしまう行動は控えよ!分かったな?」
「はい。こちらこそリオネラーシュ姫を不用意に悲しませてしまい、申し訳御座いませんでした。お許しを頂けるのならば、直ぐにでも姫の誤解を解きに参りたいのですが………」
「うむ!許可する。余も城に戻らねばならぬ。何分……城の誰にも言わずに飛び出して参ったのでな……」
アルファスは頭に血が上っていて、黙って城を出てきた事を後悔していた。
宰相辺りが必死にアルファスを捜す姿が目に浮かぶ。ブルリ……絶対的王者のアルファスであったが、宰相は昔からアルファスのお目付け役だった人物であったため、口で勝てた試しがなかった。
宰相が自分の妻のエルシーナには弱いので、妻に援護を頼もうと考えながら城に向かったのであった。
アルファスが城に帰り着くと、城門に仁王立ちした宰相の、デルカナルがこちらを睨んで居た。
どうやらずっと待っていたらしく、デルカナルの眉根には物凄くハッキリと縦皺が刻まれていた。
アルファスはこのまま馬車から出たく無かったのだが、一緒に連れてきていたニコラスが馬車の扉を開け放ってしまった。
不用意なっ!馬車の扉は御者に開けてもらわずに出るなど、みっともない!と、ニコラスに抗議をしたかったアルファスであったが、開けた瞬間にデルカナルと目が合ってしまい、ニコリと微笑まれた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
突然大声で叫んだアルファスに驚いたニコラスであったが、目の前に満面の笑みを浮かべたデルカナル宰相がいらっしゃったので、瞬時に飛び退いて道を譲った。
デルカナル宰相は、ニコラスに良くやった!と、いう様にひとつ頷くと、ガタガタ震えるアルファスの肩にポンッと軽く手を置いた。
その後のアルファスの悲惨な行く末は、誰にも分からない。
ただアルファスは今後一切、誰にも何も言わずに城を飛び出すことは無かったとだけ、のべておこう。
登場人物たちのその後
アルファス→溺愛するラーシュとニコラスがラブラブ過ぎて、今度は嫉妬に走る。
登場はしなかったが、ラーシュ以外にも息子ともう一人娘が居る。ただし、自分にそっくりな顔の息子ともう一人の娘への関心は薄い。(無い訳じゃない)
リオネラーシュ→最近では愛しのニコラスが自分に付きっきりなので、とても嬉しい。
でもちょっと心配もある。自分に会いに来るのは言い訳で、実は姉様に会いにきているのでは?という心配が無くならない。(冴え渡る女の第六感)
最終的には姉は他国に嫁に行くので、やっと安心できる。
ニコラスとの間に6人の子供をもうけることになる。
ニコラス→実はリオネラーシュの姉が初恋の人。
しかし現在はリオネラーシュ一筋。
でもたまにリオネラーシュの姉をチラッと見てしまう。仕方がない……男だからね。美しいものには抗えないんだよ。
最終的にはおしどり夫婦になる。子供たちを溺愛する第2のアルファスと化す。
バルトロメオ→ニコラスの事を心配しつつも、先駆者としての助言も忘れない。
昔自分も通った道なので、ニコラスの気持ちも良くわかってしまう。
デルカナル→冷たい微笑みを称えた男性。彼の眉間からは一生縦皺が無くならなかったという。
位でしょうかね?ここまでお読み頂き、感謝の極み。
また他の話で会えると良いですね?
では御免っ!!