94 緊急事態
アカデミーの体験入学のプログラムも残すところ野外での討伐依頼をこなすだけとなった。討伐といっても野盗や盗賊と言った類のものでなく獣を捕獲するもので獣の中でも比較的安全な種類を選んで用意している。
全部のパーティが同じ獣を狩ってしまうと枯渇してしまう恐れがあるので地域一帯の中で指定した獣を選択して狩るというルールにした。
砂漠地域だと蠍や巨大蟻地獄など危険も多いので丘陵地を訓練場所に指定してある。ここでも毒グモや毒蛇などの危険が無い訳ではないが砂漠よりも安全は確保しやすい。
模擬戦と同様に5人のパーティで行動をするので全部で16チームに別れての行動となる。
丘陵地の頂上に基地を設置し、午前と午後に1回ずつこの場所に全員集合させ点呼を取る。二日間に渡っての演習なので決められた範囲内で自分達で野営地を探して野宿をしなくてはならない。
当然、本番と同様に食事も自分達の持ち物か現地調達で確保となる。
この訓練では戦闘というよりも自然を理解して行動する事が重要となる。訓練は二日間で終わるが、実際の依頼では一週間以上となる事も少なくない。
指定地域は範囲として丘陵地の頂上を中心とした5キロ四方だ。
目安として東西南北の5キロ地点の木の天辺に大きな旗を目印として設置しているので見落とす事がない限りそれを越えることはない。
トーマス達のチームは相談の結果、捕獲するのは遭遇したものを二種類順番に確保することとなった。
『いよいよ最後の訓練ね。この二週間、あっという間だったわね。私としてはすごく有意義だったわ』
『うんうん、最初はどうなるかと思ったけど、けっこう楽しかったよね』
『確かにそうかも知れないがまだ終わった訳じゃないぞ。気を引き締めていこう』
テレサとカーラの会話を聞いてカルロスがリーダーとして注意を促していた。ひょっとしたら彼がこの訓練を通じて一番成長したのかも知れない。以前の様な自己中心的な行動は取らなくなった。
『それにしてもこの辺一体には獣が生息している筈なのに全然見かけないのはおかしいとは思わないか?』
朝から開始して既に二時間が経過しているが、まだ獣を捕獲するどころか、見かけないのだ。他のパーティが狩り尽くしたとも考えられるが、捕獲したという情報も入っていない。恐らく他のパーティも見つけられずにいる状態なのだ。
不審に思ったヨシュアの一言だが、パーティ全員が異常とも言えるこの状態に気付いていた。
『獣だけでなくこの辺一体に生き物がいない様な気がする。普通なら鳥のさえずりとか何らかしらの声が聞こえるものだが』
トーマスも生き物の気配を感じないのはおかしいと思った。
そんな話をしている時だった。遠くから人の叫び声が聞こえた。
”ギャーーーー”
叫び声はトーマスのパーティから500メートル程先の方から聞こえてきた。悲鳴とも思えるその声は尋常でないものと思われたため、
パーティは声の聞こえた方向に向かった。
警戒態勢をとりつつ現場に駆け付けると2つのパーティがそこに居た。
倒れているのが二名、倒れている者にそれぞれ二名が介抱しており、残る二名が武器を構えて何かと対峙していた。
その二名が対峙していたものとは、一メートルほどの大きさのスライムだった。スライムは通常大きくても50センチくらいなので倍の大きさということになる。しかも、普通は緑か属性を持つスライムは炎が赤、水系が青色をしているのだが、そのスライムは毒々しい紫色をしていた。
『おい!大丈夫か!!』
カルロスがそこにいた者達に声を掛けた。
『突然スライムが襲ってきたんだ。そいつが毒の様なものを吐き出して二人やられた。剣で立ち向かったんだがこの有り様だ』
男性生徒達の持っていた剣は酸で溶かされた様にボロボロになっていた。
『一体、何がどうなってるんだ?』
カルロスが目にした光景は俄かに信じられないものだった。
『とにかくこの場に留まっているのは危険だ。急いで基地に戻るぞ。カーラ!氷結魔法は使えるか?』
『うん、凍結系のフリージングなら何とか』
『よし、それであいつらを足止めしてくれ』
トーマスに指示された通りカーラはスライムを氷漬けにしてその場に足止めを行った。
この程度では仕留めることが出来ないが全員を非難させるくらいの時間稼ぎにはなる。
カルロスは各リーダーに渡されていた緊急時のホイッスルを鳴らした。
リーダーはホイッスルが聞こえたらその場でホイッスルを鳴らし全体に拡散させる様指示されている。すぐに辺りでホイッスルの音が響き渡った。
このホイッスルの緊急合図があったら基地に集合することになっている。
トーマス達の居た現場は基地から一キロほど離れたところだったので負傷者を連れて20分程の時間で戻れた。
基地には別のスライムにやられたと思われる生徒が数名横たわっていた。スライムは顔に目掛けて液体を飛ばす攻撃をするため、液体を浴びた生徒は顔や手など露出している部分が重度の火傷の様にただれていてこのままでは危険な状態だった。
治療にはソフィアがあたっていたが、魔法士であるソフィアは攻撃系を専門としており、回復系は本来神官系の魔法士が専門となる。
止血やヒーリングなどの治療は行えるが、負傷した生徒は重度の火傷を負っており、完全に治すには上級神官レベルの術士でないと難しい。
上級神官とはローグでも数人いるだけのレベルの希少な人材で軍の医療班などには配置されているのだが、残念ながらこの場には居合わせていなかった。
トーマス達は負傷者を急遽設置した救護用テントに集めて処置を施すことにした。
既に治療を行っていたソフィアと合流した。




