217 ナターシャエピソード
ナターシャが最初にリュウに会ったのはギルドの会頭室だった。その頃のリュウはまだ駆け出しのハンターだった。
当時まだ領主だった現国王への接見の付き添いとして同行もしていたのだがまさかあの時の青年が世界の救世主となるとは思ってもいなかった。
そして自分がその彼に心を惹かれるとは青天の霹靂だった。人より遥かに寿命の長い自分は男性に対して本気で好きになるなんて考えられなかった。当然誰もが羨む様な美貌の持ち主であるナターシャなので長い人生には行きずりの恋も多くあった。
だが今まで恋はしたが本気になることなどなかった。それなのに突然現れたハンターの新人にいつの間には恋に落ちていた事実に気付いた時には手遅れだったのだ。
そして簡単に手に入らない存在になればなるほど所有欲が沸いてくる。彼女は恋に貪欲だったのだ。
それは今までの制限のある恋しかしてこなかった反動かも知れない。本気だからこそ妥協はしたくなかった。
だが、彼には本妻のクリスは血筋として当然なので諦めもつくのだが、側室には王族となんら関係のない一般の女性が選ばれており、その中に自分が入っていないことに大きく不満を持っていた。
鈴鳴は別として他の女性達と自分がリュウと知り合った時期はほぼ同時だったのだ。それなのに選ばれたのは彼女達だけだったことに納得がいかなかった。
自分がハーフエルフだから?人種差別を疑った事もあったがリュウがそんな人間でないことは付き合ってみれば判ることだ。
ナターシャは何故自分が選ばれなかったかをリュウに聞いた事がある。恋に貪欲なため普通の女性なら躊躇う事もストレートに聞くのだ。そしてリュウからの答えは彼女がハーフエルフだからだった。
やっぱり人種差別じゃないのとそれを聞いて思ったのだがそれは早計だった。ハーフエルフだからというのは事実を言っただけで本当の理由は彼女が長命だからだった。
人の何倍も長く生きる彼女と婚姻を結んでも自分は時期に居なくなる。彼女を残したままずっと元側室として自分の子孫と共に何代も見守り続けるのは酷だと考えたからだ。
酷と言うのもあるが不自然でもあった。自分がいる時なら何とでもなることだが残された彼女が軋轢に苦しむのを懸念しての事だった。
リュウが自分の欲望だけで動く人間なら絶世の美女である彼女を側室に迎えるのは当然なのだがリュウは彼女が大切であり、不幸せになることを望まなかった為拒み続けていたという真実を知りナターシャは感極まった。
リュウは残念ながら命が尽きてしまい今は魂だけの存在。だがナターシャにとっては今後何百年もリュウと一緒に居れることの方が嬉しかった。
好きな人が死んで嬉しいというのは不謹慎だが彼女が一番求めている事が現実になったのだ。その事によりリュウが拒む理由がなくなったとも言える。喜ばずにはいられなかった。
ナターシャとリュウはギルドの会頭と国の重鎮という互いの立場もあり対外的にも距離を置かなくてはいけなかった。ナターシャは側室である彼女達と同じ様に一緒に買い物をしたり食事をしたりという何気ない共に時間を凄く事に凄くあこがれていた。
そんな彼女の夢が今叶っている。
『このドレス、露出が多くないか?』
『あらそう?この背中のラインがいいのよ?ひょっとして他の男性に見られるのが嫌?』
『そりゃあそうだろう。こう見えて俺は独占欲が強いんだぞ』
『そう思ってくれてるのなら嬉しいわ。年上女房だから魅力が乏しいのではと心配してたから』
『そんなわけないだろう。ナターシャが魅力薄だったらこの世の女性は全滅じゃないか』
『ふふふ、お世辞も上手くなったのね』
こんな何気ない会話だったが今の彼女は幸せの絶頂だった。リュウとの子供は諦めなければならないが、それは彼女にとって些細な事だ。むしろいつまでも新婚気分でいれるというポジティブ思考だった。
ナターシャは思い出したかの様にリュウに感謝を述べた。
『私はあなたに凄く感謝しているのよ。何せもう二度と会う事がないと諦めていた母テレザートとの再会を果たしてくれたのだから』
『そう言えばそうだったな。いろいろあったからテレザートさんにあれから会ってなかったな』
『きっと私の側室入りを羨んでると思うわ。あ、むしろ悔しがってるんじゃないかしら?』
リュウはその光景が簡単に思い浮かんだ。年齢とは裏腹に見た目が若く見えるエルフなのでナターシャの母テレザートもナターシャとはそれ程離れている様には見えず娘に負けず劣らずの美貌の持ち主だった。そんな彼女も冗談かも知れないがリュウに気のある素振りを見せていたのだ。
『案外そうかもしれないな。まあ、こっちが落ち着いたら会いに行くといい』
『そうしようかしら。簡単に南の大陸に行ける様になったのもあなたのお陰よね。本当に偉大過ぎて呆れるわ』
『おいおい呆れるはないだろう』
『ふふふ、勿論良い意味でよ。こんな偉大な人と一緒に居られる事を幸せに思っているの。長生きはするものね』
ナターシャはそういいながら笑いながらリュウにもたれかかった。
『私は鈴鳴さんに次いで二番目にあなたと多くの時間を共にすることが出来るわ。その分、クリスさん達との限られた時間を大切にしてあげてね』
『平均寿命でいくとあと500年だったか?凄いな、エルフは』
『まあ私の場合、ハーフエルフだからどれ位なのかは本当はわからないのよね。でもあと何百年かは生きられる筈よ』
『今のままがずっと続くといいのにな』
人は老いが早い。女性は女性として輝ける時間も限られている。恐らく全盛期のままの状態で居られることが多くの女性の願望だったりするのだろう。だがそれを手に入れてしまうと意外とつまらなく感じるものかも知れない。
『私も早くギルドを他の人に任せてのんびり過ごすことにするわ』
側室となるナターシャがいつまでもギルドの会頭でいるのは不自然なので後任を立てて引退を考えていた。
『ギルドはこれから忙しくなるんだろうけどな』
『まあ、そこは各国の人達に努力してもらうしかないわね』
もう何百年もギルドのために尽くしてきたナターシャなのでそろそろ引退しても良いだろう。リュウはそう思った。
しばらくナターシャと一緒に過ごしたリュウだったが、部屋を去る時にナターシャに一言告げた。
『やっぱりドレスはもう少し露出の少ない方向で』
『はいはい、わかりました』
どうやらナターシャの根負けみたいだ。リュウの独占欲を感じて幸せな彼女でもあった。




