197 再開
リュウから事実を告げられたナターシャだったが、リュウが予想していたのとは異なり意外と冷静に事実を受けて止めていた。
『この話を聞いて側室を諦めるということは?』
『全く無いわね。たぶん他の人も一緒だと思うわよ。その程度の覚悟であなたを好きになる人はいないでしょう。残念だったわね』
『残念とかじゃないんだけどな。なかなか理解してもらえないみたいだ。だが、この件はローグが帰還できたらにして欲しい。ナターシャとムーアには相応に応えたいと俺は思っているが他の者とも相談してみる』
『私とムーアさんの二人だけで済むと思っているのかしら?甘いわね。今や貴方は時の人。ローグだけでも山のように希望者がいるのよ』
『そんなに沢山未亡人を増やしてもしょうがないだろう。もう俺は死んでいるんだし。第一、ゾンビと結婚って有り得ないだろう』
『これだけ見た目普通の死人も居たものね』
リュウとナターシャはなんだか可笑しくなり大声で笑った。執務室から漏れ聞こえる笑い声にギルド職員は皆首を傾げていた。
今のリュウには天界神の能力を備えている。それが本来の力のどの位の割合なのかは天界神でなければ判らないのだが例え一部であっても神と呼ばれる者達よりも遥かに高い能力だ。
リュウの能力をもってすれば今クリス達がどこに居て何をしているのかは手に取る様に判る。意識を集中すれば情報として飛び込んで来る感じだ。
時間はもうすぐ夕方に差し掛かる頃だった。クリス達はどこかの晩餐会に招待されている様でそれに相応しい衣装を纏っていた。
リュウは着替えを終えて控え室で化粧をしているクリスを廊下で待った。十分程してほぼ問題ないだろうと思った時点でドアをノックした。
『どうぞ』
中からクリスの声が聞こえた。
リュウはドアを開けて控え室の中に入った。クリスは訪問者がまさかリュウだとは思っていなかったのでかなりの驚きだった。
『あなた!!』
着けたばかりの香水の香りを漂わせてクリスが抱きついてきた。頬を摺り寄せクリスはリュウの感触を確かめた。
『ただいま、クリス。心配かけたな』
『驚きました。でもよくぞご無事で帰って来てくれましたね』
クリスは万遍の笑みに涙を浮かべてリュウをじっと見つめた。
『ジルバートは居ないみたいだけどどうした?』
『はい、あの子は自宅で面倒を見てもらっています。こちらでは公式行事が連日続いていますのでどうしても見てあげられなくて』
『そうか、ぐずってないといいがな』
『大丈夫です。あの子はあなたに似て聡明ですから』
リュウは今真相を打ち明け様か迷ったが、これから晩餐会という時に話すタイミングではないと思い行事が終わった後で打ち明ける事とした。
『今回の事、今夜クリスに話をしたいんだが、いいかな?』
『はい、本日の晩餐会は一条首相主催の催しです。それが終わった後でしたら大丈夫ですよ。貴方はどうされます?私としては一緒に出席いただけると嬉しいのですが・・・』
クリスに潤んだ瞳でお願いされたら断る訳にもいかない。衣装は持っていなかったが、変化の指輪でのリュウの服装は貴族としての服装なので失礼にはあたらないだろう。
『そうだな。クリスのお願いなら聞かない訳にはいかないな』
リュウはクリスに向かってダンスの申し入れをするかの如く右手を胸の前に折りお辞儀をした。
クリスはそれに応えてドレスの両端を手で軽く持上げて首をかしげて挨拶をした後、リュウの隣りに移動して腕を組んだ。
会場は既に多くの人が集まっており、それぞれが挨拶を交わしていたのだが、会場の人達がクリスを目にするとざわめきが起った。普段着とは異なり着飾った衣装を身に纏ったクリスは会場のどの女性よりも輝いていており、まるでスポットライトを当てられている様な感じで周りの視線が集中している。
そしてそのクリスの細く白い腕は隣に立つ男性に巻きつけられていた。隣に立つ男性がリュウだと判ると先程よりも増してざわめきが拡がった。
ここには政界や財界の実力者や軍の幹部が招かれている。一般の人でリュウの事を知る人は少ないのだが、国に影響を与える程の実力者や軍の関係者であれば誰でもリュウの事を知っている。数多くの武勲を立てた伝説の英雄を知らない方が“もぐり”と言われてしまうだろう。
会場からは”生きていたのか!”とか”伝説の英雄!?”といった声があちらこちらから聞こえている。
『平少佐!平少佐じゃないか!?』
声を掛けてきたのは晩餐会の主催者でもある一条総理だった。
『これは一条閣下、ご無沙汰しております。いえ、今は総理でしたね。ご就任おめでとうございます』
『君の事は聞かせてもらったよ。いろいろと大変だったみたいだな。大変な戦いをしていると聞いて心配していたのだがここに居るということはそっちは片付いた様だな?』
『はい、ご心配をお掛けしましたがなんとか戻ってくることが出来ました』
『それに、こんな美人を奥さんに貰うなんて、やはり少佐は隅に置けんな』
会話を隣で聞いていたクリスは笑顔を浮かべていた。その笑顔を見た者は男性だけでなく女性もがその美しさに魅了されていた。
『はい、自分には勿体無い限りの妻です。それと身内が大変お世話になっているとお聞きしました。ご配慮いただきありがとうございます』
『君が居なくなってからこの世界でも色々とあってな。その話はまた別に席を設けるので是非相談に乗って欲しい。今は堅苦しい話は抜きでいこう』
『了解しました』
『それでは皇女殿下、本日はご存分にお楽しみ下さい』
『はい、ありがとうございます』
首相との挨拶が終わってリュウ達は国王達のところへと向かった。