184 器
目の前と呼ぶにはあまりにも近い位置にリュウは立っている。その位置に立つ様に天界神に促されたためなのだが、今から何が起こるのかリュウは不安になった。
そのリュウの態度を察知してか天界神がリュウに語り掛けた。
『貴方は既に肉体が消滅して死んだ身なのは知っての通りです。今からあなたに身体を与えます。身体と言ってもそれは器に過ぎません。今の貴方の実力ではその器すら用意することは適いませんので私の力でその器を用意することにしました。
本来、器はその本人でなくては作れないものなので私が作った器もあなたが使う事はできませんが、特別な方法でならそれが出来るのです。今からその方法で作りますのでじっとしていて下さいね』
天界神からの説明を受けてようやく事態を飲み込んだリュウは天界神の指示に従うことにした。
天界神はリュウの両肩を掴み、力強く抱きしめた。
突然だったのでリュウは驚いたが天界神の抱擁は温かく心地の良い癒される感じがして嫌ではなかった。
今のリュウの体は虚像に過ぎない。過去の記憶から投影されている状態なので本来感触など判るはずもないのだが、今自分が感じているのは生前と同様に感触と呼べるものだった。
更に豊かな胸の膨らみがリュウの胸に当たり弾力性のある柔らかさが伝わってきた。リュウは恥ずかしいやらどうして良いのやら判らず固まっている。
正面を向いての抱擁だったので目の前に天界神の顔がある。息が掛かるくらいというより今にも唇が触れそうな距離といっていい近さだ。
『ふふ、心配いりませんよ。力を抜いてそのまま楽にして』
この状況でリラックスしろと言う方が無理な注文だ。絶世の美女に抱きつかれて更に胸が当たって目の前に美貌があるのだから反応しない方が正常とは言えない様な状況だ。
天界神はリュウの頭を優しく撫でるとその手をリュウの頭の後ろに回し、そのまま引き寄せ唇を重ねた。
柔らかい唇が触れたと思った瞬間、リュウの頭の中に膨大な量の情報とエネルギーというか存在の塊が飛び込んできた。
体には心臓にあたる中心部に湧き上がる力の源が集まっていく。
今のリュウは体が消滅してしまった魂だけの状態だ。この世界にいるリュウは映像と同じ幻影が実際のものとして映っているに過ぎないなずなのに天界神の胸の柔らかさが伝わったり唇の感触が判ったりとまるで実態があって感じているかの様だったことに違和感を覚えた。
やがて幻影と思われていた自分の体が徐々に実体化されていることに気付く。その体は神のオーラを何重にも纏った様な感じで溢れ出る聖なる力は想像もつかない程膨大なものだった。
頭の天辺から足のつま先に至るまで隅々まで神のオーラが血流の様に流れ行き届いていく。
オーラが既に飽和していると思われる程にリュウの体に浸透しているのだが天界神の唇は離れる様子がない。
だが何だか様子がおかしい。顔や体が赤く火照り息遣いが荒くなっている。口付けも舌でその感触を楽しむかの様だった。
どれくらいの時間が経過したか判らないくらい長く感じられる時間だったが満足したのか天界神は唇をリュウから離した。
『ごめんなさい。器の構築はとっくに済んでいたのですけど後半は私の欲望だけで口付けを続けてしまいました。長らく感じられなかった感触に我を忘れてました』
天界神は我を忘れた恥ずかしい行動に顔を真っ赤にしてモジモジしていた。それを見たリュウはこの方、本当に天界神なのか?と疑ってしまった。
『失礼ですね。私は本物の天界神ですよ!』
と茶目っけのある顔をするとチュっと軽く口付けをした。
『あのう・・なんだか先程とキャラが違うのですけど・・・』
『ふふふ、ごめんなさい。もう貴方は他人ではありませんからね。
と言うと誤解を招きますが、あなたに与えたその擬体は私の一部といっても過言ではありません。即ち貴方と私は一心同体なのです』
『はあ・・判った様な判らない様な・・・』
何だか上手く言いくるめられた感のあるリュウだったが、天界神が女性でしかも絶世の美女だったことには感謝しなくてはいけない。もしこれがムサ苦しいおっさんの天界神だったらと思うと寒気が襲った。
『そうですよ。美しい私からの抱擁と接吻なのですから、むしろご褒美と呼べるものなのですからね。
まあ、何も説明なしで行ったので驚かせてしまいました。私の一部を貴方に注ぎ込むには経口流入しか方法がないのです。
でも、そのお陰で貴方は私の膨大な力と能力の一部を引き継ぐことが出来たのです。その力があれば最早オーグは敵とも言えないでしょう』
『いえ、天界神様、すばらしい力を授けていただきありがとうございます。いきなりキスされた時は焦りましたがそういう事情であれば仕方がありませんね。
あの、ですが俺は一応死んだとは言え結婚をしている身でして無暗やらにそういうことをするのは・・・』
『なにを言うのです。私は創造主ですよ?言うなれば全ての物は私の物。あなたも当然私の物なのですよ』
『確かに言っている事は間違っていませんが・・・天界神としてその様な発言をなさるのはどうかと・・・』
『ふふふ、やはり貴方、面白い人ですね。気に入りました。通常ですと私と会話する事も適わぬ存在故にまともに会話も出来ないものですが貴方にはそれがありません。無知故のものなのかはわかりませんが。ですが私はそういう貴方が気に入りました。私が認めただけの事はあります』
リュウは何だか判らないが天界神が自分の事を気にっている事が複雑だった。この様な美女に好かれるなら男なら誰でも両手放しで喜ぶ筈だろうが、相手は天界神なのだ。自分とは到底釣り合うはずもなくこの先また良からぬ事ににならないか不安を感じるのだった。