181 ローグの匠
昼食会の後、職人代表のジャンは科学技術庁の技官と共に車に乗って筑波の研究所へと向かった。
赤坂からは高速道路を使っての移動となる。時間は午後3時を過ぎたところだったので道路は些か混雑気味だった。
ジャンは高速道路にびっしりと並んだ車の列に驚いた。向こうの世界では交通渋滞という現象がそもそもない。以前は馬車の入門待ちの列などはあったが道を全て埋め尽くす程の物量もないので混雑そのものが起り得なかったからだ。
『この車の量はすごいですね。驚きました』
『いやあ、我が国はまだマシな方ですよ。道路や鉄道などのインフラが整備されておりますので。近隣諸国などは渋滞でまったく動かない状態が数時間続くところも多くありますので』
ジャンは不思議だった。その様な時間の無駄を解決する策を講じないのか?と単純に思ったのだ。
『そういった混雑は解消しようという動きはないのでしょうか?』
『いやあ、なかなか難しいと思いますよ。何しろ昔はこういった自動車などが通ることを考慮されておらず道路が敷かれていましたので。交通の流れが関止められて慢性的な渋滞を引き起こしてしまうのです。それと人口が増えすぎて都市部に密集しているのもありますね』
ジャンは以前の旧ローグは馬車が通るのがやっとの道だったが新ローグを造る際にリュウが区画整理を行い交通と人が共に通り易い造りを考慮していた事を思い出した。リュウはこうなることを想定して回避していたのだと感心するのだった。
更にジャンは車で通りながら目に入る物を熱心に眺めていた。
それは単なる興味本位ではなく、向こうの世界に無い物を徹底的に調べ取り込めるもの、応用できるかどうかを見分ける為だった。
向こうの世界の職人がこちらの世界と異なるところは生産における技の掛け方にある。こちらの世界は製造や精製は単なる現象として発生するのだが、向こうでは魔法というものがある。生産や製造工程において魔法での鍛錬や錬金を加えることにより飛躍的な性能向上や本来なかった機能を備える事が出来るのだ。
こちらの目新しい技術を自分達の技術で上書きすれば更に良い物が出来るだろうという目でジャンは街を眺めていた。
『一つ質問してもいいでしょうか?』
ジャンが疑問に思っていたことを技官に質問した。
『はい、私にお答え出来る事でしたら何なりとどうぞ』
『この国は島国と聞きました。普通に見れば大陸の様に見えますが大きな島で構成されているのだと思いますが、陸続きでないこの国が砂漠化の心配をする必要があるのでしょうか?』
『そうですね。この国にも砂漠はあります。ですが極限られた地域です。そこから砂漠が広がらない様に森林伐採を制限し、植林も計画的に行っています。砂漠化については心配する必要がありませんが、我々が危惧しているのは食糧問題の方なのです。この国は島国で人口も世界で上位に入る程なので自給自足というものが出来ていません。食料や資源の多くを他国からの輸入で頼っています。
ですが今の状況では自国の消費だけで精一杯で他国に食料を輸出出来る国が殆どなくなってしまったのです。辛うじて我が国の電子機器の輸出と交換という条件での輸入で確保している状況です。
なので他国の砂漠化を抑えて土地を活性化させないと我が国も瀕するのは時間の問題なのです』
『なるほど。そういう状況なのですね。では食料とか資源が貴重となれば金持ちの買い占めとか暴動が起るのではないですか?』
『我が国は国民一人一人にIDが割り振られています。IDは個人毎の固有識別番号と思っていただければ良いかと思います。そして、国民は本人を証明するためのカードかブレスレットを所持することを義務付けられていて買い物や取引の際にそのカード等を提示するのです。カードにはその人の資産や購入履歴などの様々な情報が蓄えられています。購入時には個数制限があってどんなにお金があっても割り当てられた個数以外は購入出来ない仕組みになっているのです』
『なるほど、考えられていますね。ですが、そういった仕組みを使わず自由に売買が出来る世の中になって欲しいものですね』
ジャンはここで見たり聞いたりした事を自分達の世界の教訓として同じ過ちを犯さない様にしようと誓った。
技官との話に熱が入っていたこともあって予想以上に早く目的地である筑波の研究所に到着した。
ここは東京都は違って道路も広く自然と建物が調和しているすごく良い環境の様に思えた。
『ジャン殿、長らくの移動お疲れ様でした。こちらが我々の研究施設となります』
目の前にはガラス張りの黒い五階建てのビルが建っていた。
技官の案内でジャンは研究所の会議室へと案内された。この施設はまだ新しいのか非常に綺麗で清潔な感じで雑多な物で溢れかえっているローグの工房とは大違いだった。
ジャンのもとに一人の初老の男性が現れた。
『初めまして、私はこの研究所の所長をしております柳葉ともうします』
白衣を着たその男性は筑波研究所 所長の柳葉泰三という人物だった。この研究所では主に生産に関する物の研究が行われており、各フロアが実験施設になっており、農業系の研究も最上階の温室ルームで行われているという説明を所長から成された。
『早速ですが、貴国の技術では砂漠を改善する土壌があるとお聞きしました。本日はそのサンプルもお見せいただけるとの事ですが誠でしょうか?』
『はい、お持ちしております。これがそのサンプルとなります。これは差し上げますのでご自由に見て頂いて結構です』
ジャンは蓋付ビーカーに入ったローグの土を所長に手渡した。
『おお、これがその土ですか。早速見せていただきます。どうぞこちらへお越しください』
所長は逸る気持ちを抑えてジャンを実験室まで案内した。
実験室に入った所長は中に居た研究員に指示をしてサンプルの解析をする準備を行わせた。先ずは電子顕微鏡で土を分析することにした。この顕微鏡は単に拡大して投影するだけなく成分分析も同時にする優れものだ。
モニターに表示される土の拡大映像を食い入る様に見る所長は突然声を上げた。
『おお!これは!!!こんなもの初めてみます』
モニターに移された土の拡大映像では土の構成分子と一緒に映る光輝くバクテリアの様な動く物が移されていた。
『それは我々の世界にある魔の森という大変濃い魔力を帯びた土地の養分を多く含んだ土の成分です。その小さなバクテリアは魔力を帯びたマナサイトというものです。このマナサイトの働きにより土を活性化し作物の成長促進を行っているのです』
ジャンの説明を熱心に聞く所長と話を聞いて館内の研究者が続々とモニターのところに集まってきた。
『この土が培養出来れば砂漠化を阻止できるだけでなく作物が豊富に取れる豊かな土壌となる訳ですね』
『そうですね。この世界の土との親和性との関係もあるので様々な成分で試してみると良いでしょう。時間は掛かると思いますが期待は持てると思いますよ。培養装置は持ってきていますのでこれを使いましょう』
ジャンは空間トランクから事務机大の培養装置を取り出した。トランクの大きさは旅行トランクの機内持ち込み可能な小さいタイプだったのでどこからそんな大きな装置を出してきたのかと皆が驚いた。
これから様々な実験を行う事となるがジャンとしてもまだ見ぬこの世界の多くの物に触れられるので楽しみだった。
増援部隊としてローグの職人数名が後日こちらに派遣されることになっている。
そしてジャンと研究者達の共同研究が開始された。