180 平和活用
総理は目の前で見せられた魔法に驚き、その魔法が自分達にも使える道の技術である事を知り大いに期待を寄せるのだったが、長年の修行を経て習得出来る現実を知り落胆していた。
『そう落胆される事もないですよ。私の主人は向こうの世界であらゆる事象の研究をしておりました。その研究のひとつに魔力の無い者、少ない者でも使える魔法発動装置というのもあります』
『それは一体どの様な魔法なのでしょうか?』
『主人は戦争を好みませんので兵器としてではなく主に生活に関わるものです。
こちらの世界ではエネルギー問題が深刻とお聞きしましたが、化石燃料に変わるエネルギー源として魔法を用いた様々なエネルギー装置を開発しております。
例えば、太陽光はレンズを通して増幅させ、そのエネルギーを蓄積させる装置や風魔法をループさせたり、火属性の魔法で熱源を作ったりといったものです。
建物の建築も土魔法を使えば資源を無駄に消費することもありません。
私は具体的な手法については疎いので本日来ている職人の代表にその辺についてご説明させます』
『なんだか希望の光が見えてきました。エネルギー源は確保出来るとして、食料問題はどうにもならないですね』
副大臣が深刻な顔でまだ抱える問題について語った。
『これは出来るかどうかわかりませんが、我々の使っている土を培養してみてはどうでしょうか?
この世界の土がどうなっているのか解りませんので保証は出来ませんが、可能性はあると思います』
『おお!砂漠の土地が改善されたとお話されていたやつですね!是非その技術をお教え下さい』
『わかりました。それでは土の問題も職人代表に併せて説明させます。何れにしてもお時間は必要かと思います』
首脳会談を終えて立食形式の昼食会が催された。立食とは言え簡単なオードブルなどではなく豪華な食事の数々がテーブルに並べられている。皆こちらの世界の料理を初めて食べるので興味深々だった。
特に海が危険領域だったため魚介類というものは口にする機会が殆どなく、船に並べられた刺身や寿司に舌鼓を打った。
『これがお魚なんですか!?なんだかお口の中でとろけるみたいですね』
ソフィアが食べていたのは中トロだった。国賓へ振舞う料理であるため市場で最上級のマグロを仕入れて調理しているのだ。恐らく値段を聞くと驚く程高価な品のはずである。
リュウもたまに日本料理を作ることがあったが素材が揃わないため本格的なものは出来なかった。
小皿に盛られた華やかな料理は見た目も楽しめ口にするとすごく深いコクと味わいがあった。
ここに出されている品はどれも素材選びからベースとなる出汁や味付けなど長時間手間隙掛けた料理で家庭料理では味わう事のできない絶品の料理だ。
『ローグも料理については自慢出来るものが多いがこの国の料理は赴きも味付けも全て次元が異なるすばらしいものですな』
『国王に喜んでいただけて何よりです。この度の料理は長年の修業を経て資格を得た国家厨士が担当させていただいています』
国王達が料理を絶賛していたことに総理は気を良くした。
食事もある程度進んだところで歓談へと移行していったが人気というか皆が話を聞きたがっていたのは職人代表のジャンだった。
先程の首脳会談で出たエネルギーに関するもの、ローグの土をこの世界で培養できるかについてジャンの意見を聞きたかったからだ。
『そうですね。魔法を使ってエネルギー源にするのは可能だと思いますよ。太陽光にブースターを付けて備蓄タンクに入れればいけますね』
『それは我々の世界にある太陽光発電とは異なるものなのでしょうか?太陽光の熱エネルギーを電気に変換して蓄えるというものなのですが』
『恐らく根本的に違いますね。太陽エネルギーは熱ではなく光エネルギーとして使います。
まあ、簡単に言えば小さな太陽みたいなもんですかな。光を凝縮させているので少量でも部屋の照明とかには十分使えます。
もちろん熱源として利用することも可能ですよ』
科学技術庁から技官が呼ばれジャンに熱心に質問をしていた。ジャンも技術的な話を交わすのは目の前の立派な料理よりも楽しめるため丁寧に技術的な回答を行っている。
『あとは風・火・冷の魔法を使ってエネルギー供給もできますね。装置でループ発動させるものを用意すれば最初の発動以外は延々と状態を保ったままにできます。
燃料の代わりにマナカートリッジを定期的に交換することになりますが、マナは自然からも吸収出来るので枯渇することはないでしょう』
ジャンは賢者の石の事はには触れていない。あれがあればマナカートリッジなどを使わずに永久機関として利用することも可能なのだが、この世界でその様な存在を知らせれば奪い合いとなり戦争となることも十分に考える危険な存在だと思ったからだ。
向こうの世界で争いにならなかったのは仙人界で石ころの様に無数に転がっているのをリュウが持ってきたので奪い合いとなることもなく十分に供給できたためだ。
そして最後の案件、ローグの土の培養だ。これが可能となれば食糧問題が解決される。今までのどれよりも関心の高い技術だ。
『これは実験をしてみないと判らないですね。土は有機物や栄養素など複雑な要素が絡んでいるので培養するとなると土同士の親和性がないと出来ません。
この世界の土もまだ見ていませんので今は何とも言えないといったところです』
『それでは我々のラボに来ていただけないでしょうか?』
『えっと・・姫様、どうしましょう?』
『そうですね。私もこの世界の土が培養できるか興味があります。まず、ローグの土を持ってこなければなりませんね』
『それには心配及びません。トランクにちゃんと入ってます。実験道具一式も用意してますので』
空間トランクにジャンは常に職人として必要になる様なものを入れてあった。無限とも言える程の空間なのでジャンがどれだけ入れても文句を言う者は居なかった。
『ではジャンは早速この方達と実験にとりかかって下さい』
ジャンとはこの場で別れて土の培養の実験研究に赴くこととなった。場所は科学技術庁の筑波研究所だ。科学技術庁の車で1時間半の場所だが、高速鉄道で1時間程度で行くことも出来る距離だ。
昼食会も終わり、今日の行事は終了した。迎賓館に隣接する宿泊施設にそれぞれが案内された。
今後の予定として王族は天皇陛下への謁見と政府の要人や識者との会合などをこなしていく。
四大臣と秘書官はこの国の支援をすべく協力体制の確立とジャンの支援のためにローグ職人の増援の手配などを行う。しばらくは忙しい日々が続きそうだった。
異世界に飛ばされて早速忙しく動き回らなければならないということを誰も想像していなかった。