173 絶望の果て
目の前でリュウが完全治癒により欠損したはずの右足が何もなかったかの様に元に戻ったことを目の当たりにしたオーグは少なからず驚いた。
『お前、そんなことも出来るのか!?少し見くびっていた様だな。
だがその魔法には相当な魔力が使われている筈だ。あと何回出来るか見物だな』
オーグの言う通り完全治癒自体はそれ程でもないが欠損状態を元通りとなるとかなりの復元を魔力で補う必要があり消耗度合いも通常の治癒の何倍も必要だった。だがリュウはこの事態において足を治さなければ即終了となるため背に腹は代えられなかったのだ。
『怪我は治るが負傷の痛みはしばらく残って結構辛いんだぞ。お前もやってみるか?』
『まだ軽口を叩けるとは大したものよ』
リュウはオーグに接近し接近戦で応じることに切り替えた。ある程度距離を保っているとオーグの大技が炸裂するので受けた時のダメージが大き過ぎる。接近戦ならばそれ程の大きい技が出ないので比較をするなら接近戦の方が良かった。
だが、オーグは魔力も力そのものもリュウよりも遥かに大きい。
魔力は30倍だったが、力は5倍といったところか。
5倍というと魔力の比からするとそれ程でもないと思うだろうが、数値で表すと楽観視出来ない差となる。
例えばリュウの拳が100kgの力だとするとオーグは500kgの力が炸裂するのだ。仮に手を抜いて半分の力で対処してもリュウより2.5倍の力を出していることになる。
つまり、オーグの渾身の一撃を喰らえば即死は免れないということだ。近接戦自体はリュウの得意とするところだ。合気道、柔道、カンフーなど接近戦の技はほぼ習得しているリュウだ。急所も心得ているので相手に与えるダメージも常にクリティカルなものになる。
だが、オーグは体力についてもリュウの5倍のものを持っている。
身体は鋼の様に固く例え急所を突いたとしても有効打とはならなかった。拳に波動を乗せてなんとかダメージを加えているという程度にしかなっていない。
『どうした?全然効いてないぞ?蚊に刺された様なものではないか。所詮は人間、この程度のものなのだろう。がっかりだ』
リュウが一方的に攻撃しているのではなくリュウの攻撃に合わせてオーグのカウンターが飛んでくる。その重い攻撃は通常の人間であれば即死状態だ。
リュウは膨大な力を備えているが基となる体は人間そのものだ。本来どの様に強化しようとオーグの力を防げるものではない。
それを可能としているのは神の力が込められた防御帯で守られているからだ。手首、足首と首に5本のバンド状のものが装着されているのだがこれがリュウの体全体を覆い守っている。
だが、リュウがダメージを負う毎にそのダメージを防御帯が肩代わりしている形となっているので徐々に防御帯の効力も薄められていっている。この真空にちかい酸素のない世界でリュウが戦っていられるのはこの防御帯の恩恵に他ならなかった。
防御帯の効力がなくなるとリュウは呼吸すらできなくなってしまう。
有効なダメージが与えられず自身のみ消耗していく、残る魔力も殆どない状態でどの様に戦うのか。リュウは必死に打開策を考えるが有効なものが見つからない。
戦いは数時間に及んでいる。リュウの意識も朦朧としてきた。それは疲労だけでなく低酸素状態で脳が停止しかけており非常に危険な状態たった。
ここで意識を失えば即ゲームオーバーだ。ゲームの様にリセットボタンはない。この世の終了を意味するのだ。
必死に意識を保とうとするリュウだったがそれはもう既に限界を越えていた。
””・・・ター・・スター・・・マスター!”
意識朦朧なリュウの脳裏に聞き覚えのある女性の声が響いてきた。
声と同時に何故だかわからないのだがリュウの体が少しずつ楽になっていった。
『その声は・・・クラリス!クラリスなのか!?』
””はい、マスターのクラリスですよ♪””
いつものクラリスの緊張感の無い声が聞こえてきた。
『どうなっているんだ!?クラリスはあの時消滅したのじゃあなかったのか?』
””はい、残念ながらナイスなボディーは消滅してしまいました。あまりにもダメージが大きかったのでシステムの復旧に時間を要してしまったのです。通常であれば再起動だけで済むのですが今回のダメージはシステム領域にまで影響を及ぼしていました。オーグ恐るべしといったところですね。
私は肉体が消滅しても思念体に戻るだけですので。今すぐ器には戻れませんが思念体でもマスターを支援することは充分に可能ですよ””
『そうか、よかった。クラリスが消えてしまったと思って落胆していたんだ』
””フフ、マスターはやっぱり私の事を愛してくれていたのですね。マスターの愛情を感じられてクラリスは嬉しいです””
『ところでクラリス、俺のパワーが少しずつだが復活してきている様に思えるのだが・・・』
””はい、その通りですよ。マスターにエネルギー供給を行っています””
『ここは次元の狭間だぞ?一体どうやって?』
””それは愛の力です。と言いたいところですが少し違います””
リュウは混乱した。もともとクラリスを作ったのは自分なのだがクラリスには人工知能(AI)と呼ぶには高度過ぎる機能をもっており、自己学習能力が物凄かった。知識や情報には貪欲でどんどん吸収していくのだ。すでにリュウの知らない知識も豊富に蓄積されている。
なのでクラリスに驚かされることも知識量に比例して多くなった。
そして今自分の身に起こっている謎の魔力供給という現象をクラリスが起こしているということだ。