165 一分の望み
オーグの圧倒的な力に成す術がないかの様に思えたがリュウは一分の可能性を持っていた。
リュウの転移魔法でこの世界以外に移動可能な場所は二箇所ある。一つは次元の狭間と呼ばれる世界。この世界は重力があってない空間が捩れた世界で廃墟や何かの残骸と思われるものが漂っている世界だ。
当然酸素もなく真空に近い状態のため生命が居る可能性は少ない。リュウがよく転移で飛ばすのがここである。
それともう一つ、異世界があった。ここはどういった場所なのかわからないが地球とよく似た世界だった。地球と似ているという部分では一つに空気があるということで普通に呼吸をする事が出来る。
そして木々が生えており小鳥などの生命も確認している。
リュウがローグの街ごと転移させたのはこの異世界の方だった。次元の狭間に飛ばしてしまうと結界で守られているとはいえ住民の生命が保証できなくなる。
転移は無事成功したことを感じている。それはリュウがクリスやソフィアなどと精神で繋がっていることで感じるもので断絶されていないということは転移が成功して無事ということになる。
この力はむしろ神の力の影響によるものだった。リュウは存在を確認できるがその逆を行なうことが出来ない。
リュウのオーグに対する攻撃として考えたのはオーグを次元の狭間に転移させるというものだ。
この世界に留めておく事自体が世界の消滅に繋がるので次元の狭間に隔離する形だ。次元の狭間ならいくらオーグが吸収してもその影響はこの世界には無い。
だが、オーグが次元の狭間からこの世界に転移することが出来るのかは不明だ。もし可能ならばオーグを転移させる事に意味はなくなってしまう。
鈴鳴に聞いた話だと空間転移は神でも使える者の方が少ないらしい。それぐらい貴重なスキルなのだ。
龍王は使えず、白翁仙人が使うことが出来る。鈴鳴は規模の小さい転移ならなんとか可能という事だった。
問題はどうやってオーグを転移させるかだ。強い魔力を持つ相手に転移は掛かり難い。簡単にレジストされてしまうからだ。術耐性が強くネガティブな魔法を反射させる耐性を備えているので本人の意思とは関係なく自動的に守られる様になっている。
リュウはこの問題をどう解決するか悩んでいる。空間転移を考えていると覚られると余計に警戒されてしまい完全に失敗となってしまうから一度で成功させなければならない。
こういう時にクラリスが居れば参考となるヒントをくれるのだが・・・ クラリスはもう居なかった。オーグの世界吸収の際に城壁など諸々と共に吸収されてしまった。もう安否を確認することすら適わない。リュウはそれが無念で仕方がなかった。
幸いにしてこの場には神の序列上位三人が居る。
神の序列は一概には言えないが魔力(神力)が多い順と言っても良い。
オーグの完全な封印は出来ないとしても一時的に阻害させることは出来る筈だ。その隙を狙ってオーグを転移させる。
この作戦でリュウは行こうと思ったのだがリュウの今の魔力ではより大きな魔力を持つオーグを単身で空間転移させるのは不可能だった。可能性があるとすればリュウの空間転移にオーグを連れていくという手段だ。これなら魔力の大小に関わらずに飛ばすことが出来る。
だが、問題はその先だ。
オーグと共に次元の狭間に飛んだとしてどう対峙するか。圧倒的な力の差のある状態で向こうで戦うとういうのは自殺行為だ。しかもオーグがもし自身の転移が可能なのであればリュウの行うことは無意味に近い。オーグを倒せない以上、次元の狭間に飛ばしたとしてもオーグはそこで生き続けそこから世界へ悪影響を与え続けるということも十分考えられる。
とは言え今は迷っている時間はなかった。
『龍王!白翁仙人!聞いて下さい』
『うむ、なんだ?』
『一瞬でいいのでオーグを怯ませて下さい。その隙に次元の狭間に飛んでオーグを連れていきます』
『なんだと!?お前、あの場所がどういうところなのか知っておるのか?人間が生きておれる場所じゃないぞ』
『はい、何度か行きましたのでわかっています』
リュウは次元の狭間には何度も足を踏み入れている。だが龍王の言う通り、次元の狭間は人間の生きることの出来る環境ではない。酸素がない真空に近い状態なのだ。リュウは最初それを知らずに非常に苦しい思いをした。二回目からはある程度の結界を張って空気の循環を行う事で対応していた。
『お主は死ぬ覚悟なのかのう?』
『わかりません。ですが行けば無事に戻ってこれないことは判っています。ですが今は躊躇している暇はありません。可能性がそれしかないのです。一番いいのは俺達が次元の狭間に飛んだ後で次元の狭間を封印するか消滅させてもらうことなのですが』
『ふぉふぉふぉ、無茶言うでない。あの空間を封印出来る力があればとうにオーグの奴を封印しとるわい。しかもお主が一緒に消滅してしまえば悲しむ者も多かろう』
『わかりました。ではオーグの力を一時だけ抑えてもらうだけで結構です。向こうに飛んだ後どうするかは向こうで考えます』
『リュウ・・・また其方に頼ってしまったのう。妾は今ほど自分の無力さを恨んだことはない。済まぬ・・・』
『気にするな。そんなしんみりしたのは鈴鳴らしくないぞ?』
鈴鳴は泣いていた。リュウを次元の狭間に送るということは死を見送るに等しい事だ。自分の愛する者を救えない歯痒さを身に染みて感じていた。
『何故です!?なぜ伯爵様はそこまでするのですか!?伯爵様ばかり辛い思いをされて・・・しかも伯爵様はこの世界の人でもないのに・・・どうして伯爵様が・・・うう・・』
ムーアは今までのリュウの経緯を知っている。この世界で常に矢面に立って血と汗を流してきたリュウを見ていた。ムーアもまたリュウが決死の覚悟で挑む事を理解している。そして鈴鳴同様にリュウを失いたくない一心な事も同じだった。