156 門前の戦い
ローグ門前の巨大化したガズルはその高さが20メートルはあると思われる高さにまでなっていた。20メートルと言うとピンとこないかも知れないがビルの高さで言うと6階建て相当、鎌倉の大仏の高さが約15メートルでそれよりも大きいと言った方が判りやすいだろうか。
巨大化したガズルは雄叫びを上げながら鈴鳴の張った結界の壁を叩いた。
正拳で突かれた結界の壁は鈍い音がして空気を振るわせた。一発、二発、三発、右左交互に出される拳で結界を連続に叩いている。巨大な体で打ち出されるその鈍い音はかなりの音量と波動をもたらしていた。
『何かすごい音がしているが鈴鳴、大丈夫か?』
『うむ・・こやつ、単に体が大きいだけではないのう。このままずっと続くと結界に綻びが生じるやも知れん』
『クラリス、ガズルの相手を任せたいが出来るか?。俺は神楽元を始末してくる』
『はい、マスター。お任せ下さい。マスターの愛があればクラリスはいくらでも強くなれます』
最近は何か一言付け加えるクラリスだった。リュウからすればそれが可笑しかったのだが今は戦いに集中した。
リュウは神楽元を今回で間違いなく仕留めるつもりでいた。だが奴は単純に自分だけ死ぬタマではない。自分が死ぬ際には何か隠し玉を発動させることを考える奴だ。自分の身を守るために必要以上に慎重なのだ。
神楽元が何か隠していないかリュウは知りたかった。そこで協力者を手元に呼び寄せた。呼ばれたのはニューシティのリュウの屋敷で秘書をしているムーアだった。
ムーアの特殊能力は相手の心が読める読心術だ。いくら嘘や言葉で取り繕っても本心に触れる事の出来るムーアに対しては心を防御する術はない。但し、心が読めるだけであり攻撃性を持たせることは出来ないためこの様な最前線に出て術を使う事は稀だった。
『伯爵様。この数の敵を前にしてよく平気で居られますね』
『もうこの手のことには慣れたからな。それよりムーアも平気みたいだな?』
『はい、何故か伯爵様と一緒に居ると安心するみたいです。伯爵様はひょっとしたら癒し系でしょうか?』
『ヤバイと思ったら逃げていいからな』
『ではその時はお姫様抱っこで逃がしてくださいな』
ムーアとは以前にニューシティの屋敷で別れて以来だったのでしばらくぶりなのだがそんな感じを思わせない様な会話が続いた。
リュウは一度ムーアに殺されかけている。いや、殺されたと言う表現の方が正しい。そんな間柄だったが今は信頼出来る相手と呼べる程になっている。既にムーアにはリュウに対する私怨は残っておらず逆に大切に思っている事がリュウにも十分に伝わっていた。
『冗談はさて置きだ。ムーア、神楽元の心を覗いてくれ。奴は何か隠し玉を持っている筈だ。それが何だか知りたい』
ムーアはリュウの頼み通りに神楽元の心に触れて奥の手で何を用意しているのかを探り出そうとした。
『伯爵様、見えました。ですがおかしいですね。特に隠し玉と呼べる様な仕掛けは用意していない様です』
『なに?一体どういう事なんだ?用心深いあいつが何も策を用意しないででいる筈が無いのだが・・・』
『そうですね。ですが隠し玉というよりも彼の自信の元となるものはあるみたいです。何か強大な力が彼を守ってくれるらしいです』
『強大な力が何かはわからんが試してみるのが早そうだな』
そう言いながらリュウは神楽元に向かって斬撃を飛ばした。空を切った斬撃は神楽元に向かって一直線に飛んでいくのだが、あと少しで届くというところで黒い影が彼の前に現れて斬撃をはじき飛ばした。
続いて三つの三連の斬撃を同時に放つ。これも同様に神楽元の足元から三つの影が現れて斬撃を防いだ。
『どうやら常にあの影に守られているらしいな』
『ククク、どうです。すばらしいでしょう。オーグ様より授けて頂いた私の守護です。ただ守るだけではありませんよ。こんなことも出来ますよ』
不気味な笑みを浮かべて神楽元の視線がムーアへと注がれる。すると先ほど護衛にあたっていた影達から無数の黒色の針が射出された。
無数の針はリュウではなく遥かに戦闘力に劣るムーアへと向けられていた。
『キャー!!』
ムーアは自分に迫る無数の針に恐怖を感じ声を上げずにはいれなかった。
ムーアへ向かった無数の針は目にも止まらぬ速さでムーアを貫くと思われたがリュウの張っている結界に阻まれ針は四方へ飛散した。自分が突然襲われた事にムーアは呆然として立っているだけだった。完全にリュウに救われた形だ。
『なるほど。攻撃も防御も自由自在って訳か。いいもの手に入れたな』
リュウは物理的な攻撃は無理と判断し、以前に辻斬りドウザを仕留めた心臓の空間転移を神楽元に対して放った。だが神楽には何の反応も起らなかった。
『おや?何かしましたか?私には物理攻撃だけでなく術系の攻撃も防御魔法によって遮断されるので無駄ですよ。本当に優れたガードマンです。24時間無償で私の為に働いてくれます』
『絶対防御なんてこの世には無いんだけどな。あまり調子に乗っていると痛い目に遭うぞ』
『言っていて下さい。私がいつも受身ではないという事です』
神楽元の表情がいつも以上に自身ありげな不気味な笑いになっていた。