152 北の大陸の被害
自宅からクリスを無事王宮まで避難させた後、タイラ家のリュウの妻達はそれぞれの行動に移った。
エレノアは既にリュウに召集されて南の大陸へ治療へと向かっている。ソフィアは市民の避難誘導、ユリンは軍の精鋭と共に他国の援軍に向かう。
自宅はこれで無人となるが緊急セキュリティシステムを作動させているので心配ない。門から侵入は結界で阻まれ、無理に入ろうとすると迎撃システムで撃退される。盗賊などでは到底侵入できるものではない。
リュウの自宅だけでなくローグの街中でも火事場泥棒の様な輩が出ないとも限らないので無人のドローン兵に警備をさせている。
<北の大陸各国>
北の大陸の国々は被害が甚大だ。各種族の中で人間が一番弱い。力も魔力も劣るため一度襲撃を受けると抵抗するのが難しい。だがそれは不意に襲われた時であって戦うことを想定していれば必ずしもそうはならない。戦闘力の不足を補う手段があるからだ。
■ガゼフ帝国■
軍事国家のガゼフ帝国は常時待機する兵の数が多く徴兵制度があるため市民の殆どが軍隊での教育を経ているため有事の際には徴兵で出兵できる用意がった。
リュウのダークネス侵攻の対策の忠告に対して一番危機感を持って対応していたのが意外にもこのガゼフ帝国だった。
ガゼフは一度魔族に侵略され中枢の乗っ取られたという過去があるため二度と同じ過ちを繰り返さないという気持ちが強かった。
ガゼフ帝国の守備が強固であったため三国の中で一番被害が軽微で済んでいる。ガゼフ帝国もマキワとの戦力差を実感しており、その差を埋めるべく兵士の訓練は怠っていなかった。
とは言え10万のダークネス軍に対してガゼフの部隊は2万なので圧倒的な差はあったので少なからず被害はあった。
■イスタス■
商業国家イスタスは基本的に軍は持たない。商業国家であるが故に全てが損得で考えられる。軍を持つとそれに掛かる経費が馬鹿にならない。兵士を常に確保し維持するのは相当の予算を計上せねばならず、通常は国家予算の数パーセントとなる。
とはいえ、イスタスもダークネスが襲ってきた際のことは考えている。その対処を軍ではなくハンターに対応を委ねるというものだ。
普段から旨味のある案件をイスタスのギルドでは用意しておき実力のある上級ハンターを常にイスタスに留めておき、有事の際には緊急依頼として任せるというものだ。これだと拘束することなく利用できるので国として依頼料以外の無駄な経費を出さずに済む。
だが、実際はそんなに甘いものではない。普段ハンターでこなす依頼とダークネスの対応は次元の違うものだ。その上、少数グループがいくら集まっても統率する者がいなければただの烏合の衆に過ぎない。通常報酬の10倍という破格の報酬に釣られて多くのハンターが討伐に加わったがその殆どが返り討ちにされていた。
ローグからの応援部隊が来なければイスタスは国として形を残していなかっただろう。
■ランドワープ王国■
ランドワープ王国では王政が執られているため国王軍というものが存在する。その多くは貴族が中心で世襲制をとっているため絶対数が少ない。貴族至上主義のランドワープでは民間人が国王軍に入る事は決して許されなかった。身分によって就ける仕事が決まっているのだ。そのため今回の様なダークネス襲来に対する国の対応は出来ていなかった。国王軍の中の各貴族は自分の率いる兵に傭兵を雇い入れて数を補っている。掛かる経費は終戦後に武功や勲功で計られ褒賞として与えられる。そのため貴族は掛かる経費を立て替え払いで持つ必要があった。どれくらいの褒賞が貰えるかわからない為過剰な兵力を持つことが出来ない。そのために自軍の兵力の備えを見誤る貴族が多く10万というダークネスの大軍に対処出来ずに国内に侵攻を許してしまっている。
壊滅に至らなかったのはリュウの設置した防衛システムが作動した事と途中からローグの援軍が駆け付けたからだ。
こうして北の大陸三国はそれぞれの思惑でダークネスの侵攻を受けた被害に格差が生じるのだった。
『まったく!あれ程リュウが対策をする様に言っていたのに!』
ローグからの応援部隊としてイスタスを担当することとなったユリンは駆け付けた際の惨状を見て愕然とした。
ダークネスに対応しているのは対魔戦に対して素人にも等しいハンターばかりが応戦していたからだ。ダークネスは力も強いが魔力も使えるので近接攻撃だけでは戦う事が困難な相手だ。状況に応じて戦術も変えてくる。それらに対処できるだけのスキルがなければ返り討ちに遭うのは当然の事だ。
『隊長、どの様に対処しましょう?』
ユリンはくのいち部隊を率いてこの地に派兵していた。副官のアカネが対応の指示を仰いだ。
『まずは負傷者の救出ね。急いでカーラの居るところに担ぎ込んで。運びさえすれば後はカーラが何とかしてくれるから。
それと、救出の目途がついたらハンター達を下がらせて防衛の陣を組むから』
『了解しました』
ユリンのくのいち部隊のメンバーも皆、仙人界での修行に参加しているため体術、魔術ともに使いこなせる。諜報術に特化した部隊なので俊敏性が高く陽動攻撃も得意としている。防衛陣を敷いて敵を撹乱させながらの殲滅行動をユリンは考えていた。
くのいちの武器は暗器やクナイが中心だが、今回のダークネス用にブーメランを用意している。このブーメランは聖属性のコーティングが施されておりダークネスを分断して攻撃できるため多勢に対して効果が高かった。
『カーラ、ご苦労様。この国の被害状況は酷い様だけど他の国もこんな感じなの?』
『ユリン隊長、お疲れ様です。えっと、ここは特に酷いですね。ガゼフ帝国は軍備がありますのでそれなにり持ちこたえています。ランドワープ王国も国王軍がいますが兵力が十分ではなかったために街にダークネスの侵入を許しています』
『そうなのね。まったくリュウがあれ程準備をする様に言っていたのに!対岸の火事だと思っていたのかしら?』
『前回、魔族の侵攻を受けたのはマキワだけだったのと、ガゼフ帝国は魔族に一部乗っ取られたという痛い経験があったのでこの二国だけが現実味があったのでしょうね』
ユリンはカーラに労をねぎらった後に防衛体制に移った。
その後各国は一進一退で門壁から侵入するダークネス達を迎撃する形で拮抗していた。各国に分身を派遣しているカーラは最初に負傷者達を見た時には愕然としたのだが、自分がやらなければいけないという使命感で治療に専念した。その甲斐があって一命を取り留める人も多くいた。残念ながら損傷が激しく救えない命もあったのだが今は落胆している暇はない。
途中からカーラとその分身体が治療に当たったことで負傷者の生還率が飛躍的に上がった。