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武龍伝  作者: とみぃG
141/222

140 オーグ復活の切り札

三日後、クリフが神楽元の動向を探り戻ってきた。


『ご苦労。意外に早かったな、クリフ』


『最早警備はそれ程厳重という訳ではありませんでしたからね。潜伏するのには苦労しませんでしたが流石にオーグの近辺だと覚られる可能性があるので距離を置いて情報を収集していました』


『それで神楽元の動向は掴めたのか?』


『はい。何をしているのかは判りました。ただ、そこで得た情報がどういう意味を成しているのかは私には理解できておりません。目的は判るのですが手法がイメージできないでいます』


『うむ、そこは俺が考えるからとりあえず聞かせてくれないか』


クリフはリュウに今行われている神楽元の実験の状況をありのままに伝えた。


『あいつはそんな事を考えていたのか?その才能を世の人の為に使ってくれたらどれだけ良かっただろうか。とは言ってもしょうがないことだな。むしろ悪巧みだからこそ出るアイデアなのかも知れないな』


『それで伯爵。憎しみの波長を増幅するというのはどういうことなのでしょうか?』


『それは口で説明するのは難しいな。クリフは生体学には詳しいからそこから説明しよう』


『恐れ入ります』


『まず人の体を動かすには脳から信号が送られ筋肉を収縮させている。これは判るよな?』


『はい、その程度であれば理解しております』


『その脳の信号は微弱な電流によって伝達されている。動きでなく思考や感情は脳から同様に電流が流れ電波を発するのだが、この微弱な電波を捉えて増幅させることでより大きな波長になるというのが神楽の実験の概要だ。

この原理は俺の元居た世界では比較的古くから行われているものだが、通常は音声や映像の技術として使うものがまさかこういう利用を考えるとは俺も思いつかなかった』


電波の増幅技術は公共のアンテナ塔から発信された電波を拾ってテレビやラジオで音声や映像に変換するためのトランジスタやICを用いた増幅回路の技術を使えば簡単に実現できる。この世界にトランジスタなどの素子は存在しないのだが魔法のある世界なので理論が判ればより効率的な装置が作れるのだ。

果たして奴がどの程度の物を作っているのかだが、奴の制作にオーグが直接協力しているとなれば相当高度な物と考えた方が良いだろう。元神の力をリュウは侮ってはいなかった。


『伯爵が思いもつかないとは驚きました。侮れない奴ですね、神楽元という男は』


『その通りだ。まあ、簡単には思い付かなかったのレベルなんだがな。だが手の内が判れば対処も出来る。やつの動きを封じる為の策を考えるとしよう』


一方、神楽元は感情波の受信に成功し、その受信電波の増幅装置も既に完成していた。あとはオーグをコールドスリープ状態にしておき、オーグに繋いだ電極から増幅された負のエレルギーを供給するのみだった。

既に手下に受信局を各地に配置させてある。世界中で集められた電波が中継局を通じて実験室の大型蓄積装置に蓄えられ、より醜悪な感情へ増幅圧縮させてオーグへ供給している。

レベルゲージではゲージ満タンの四分の一、すなわち25%の蓄積量を示している。この調子で進めればあと数ヶ月でオーグは復活できるであろう。


人を混沌や絶望に落とし入れた時の負のエネルギーは瞬間のレベルは高いが持続性がない。

人の妬みや嫉妬などという日常から発せられるものは多くの人間が頻繁に起こすものでこちらの方がコンスタントに供給できるのだ。しかも自分達が接収されているという実感もないため家畜を放牧している様なものだった。


ローグの様な高度に成長した街は顕著だ。貧富の差が激しく、生活も豊かになってきているので貧しい者が富のある者への妬みが大きく出ている。

若い男女が複数いれば必ず嫉妬がもたらせる。多くの女性が年齢に限らずこの嫉妬というものが付き纏っている。

リュウは知らなかった事だが、ローグではリュウに対する想いや憧れが強いためその分嫉妬や妬みも多くで起っている。

リュウが街で女性の誰かと歩いていたという噂一つでかなりの量が蓄積させていくのだ。

神楽元はこれを利用してローグや各地の酒場や裏街でリュウの女性関係の噂をある事ない事吹聴させた。

リュウは女好きではないが傍にいつも美女が多く居るのは事実だので普通の人だと信じない様な噂もリュウの噂と言えば信じてしまうのだった。


噂が広まれば当然時間が経てばリュウの耳にも入ってくる。リュウを知る者が聞けばそんな嘘どこから出たのかと疑うだろう。

リュウはこの噂の出所はもしかすると神楽元の策略ではないかと思ったのだがいつどこで発信されているのかは突き止めるのが困難だった。

神楽元本人であればすぐにでも捕らえることが出来るだろうが金で雇われた者の仕業であればそれも難しい。


噂の中で厄介だったのが側室の枠を増やすというものだった。今リュウと携わるものでリュウに好意を抱いて居る者は結構多かったからだ。

その者達はいつか側室にという儚い希望をそれぞれが持っているのだがこの噂を耳にすれば穏やかではいられない。

何人が側室になれるのか?その基準は?既に決まっているのか?どうすれば自分が選ばれるのか?などリュウへの想いが強い者程混乱を来たしていた。

更にはリュウと面識もない者達へも貴族を対象とした政略的なものから一般枠として一般の女性からも選ばれるといったシンデレラストーリー的なものまで用意されており、自分とは関係の無い遠い所の話だと思っていた一般の女性達は皆希望に目を輝かせている。

最初は希望や憧れの話が具体的に誰が選ばれたとか選ばれそうとかの噂が出てくると穏やかではいられなくなってくる。


神楽元の狙い通りに街は嫉妬で溢れ返っていた。

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