134 クラリスの秘密
仙人界でのカーラの修行は半年間は身体を適合させるための素地作りに充てた。時間はたっぷりあるので無理をする必要はない。
半年経過した頃からは魔法の基礎だ。目的は聖魔法の習得なのだが、魔法全般が使えない様ではアンバランスになってしまうからだ。
それに敵の属性に対して効果的な属性を使わなければ危うくなることも無いとは言えない。
火・水・風・土属性を基礎から覚え込むのだが、リュウが初めてここに来た時には試練ということでひたすら自分で考えたものだったが、今回は場所を借りているだけなのでその様なものはない。
カーラの良いところは素直ということだ。教えた事を理解し自分のものにしようという姿勢が好ましかった。
カーラの修行の合間にクラリスの修練にもリュウは付き合った。
クラリスの場合、文献や情報というものが直接スキルとなっているので何でもやろうと思えば出来る。
だが、クラリスを実体化させている器の能力というものにはやはり限界がある。人が光より早く動けない様に何にでも限界があるのだ。
クラリスの場合、この器のレベルを上げることが必要とされる。
今の段階が1だとすると10倍のレベル10まで上げようとリュウは考えていた。だが、クラリスを触っても感触は普通の人間と変わらない。それどころか触っている場所が悪かったのか悩ましい声まで上げてリュウはコケそうになった。
ヒューマノイドの様な人工生命体の身体はシリコンとかラテックスと呼ばれる素材で出来て人肌に近い柔らかさにしているのだが、クラリスの皮膚は人体のそれと同じ様に見えた。
だがこれは見えたというだけであって同じではなかった。人肌は非常に弱くすぐに傷が付く。だがクラリスの肌は傷がつかない。
本人の同意を得て刃物を当ててみたのだが、通常の人間なら刃と接する面が切開され血が出てくるのだが、クラリスの肌は刃物を通さず切れることがなかった。イメージしてもらいやすいのはナイフの刃先が非常に丸くなっており切れることがない模造ナイフで切る様な感じだ。
リュウは神の目でクラリスの肌を見てみて驚いた。肌色の肌の細胞はカーボン繊維の様に綿密に編み込まれていたのだ。もちろんカーボンやケブラーではないがそれ以上の特殊素材だろう。
クラリスの謎を知るには相当な時間を費やす必要があり、今は修行の方が優先されるのでリュウはこれ以上は追及することを諦めた。
だが、戦力としてかなり高い身体を持っていることは判った。
カーラの基礎訓練も一年経ってなんとか終了の段階となった。
この頃からカーラに加えてクラリスとエレノアの三人が一緒に修練を行う様にしている。
聖魔法の基本は回復系だ。回復力を上げる修練を行い、回復の対象と範囲を徐々に増やしていく。
これを毎日少しずつハードルを上げて繰り返す修練だ。
エレノアはもう既にこの段階の遥か先まで出来るのだが他の二人に指導を行いながら自分も再度同じ修練を行っている。
『エレノア様。回復魔法の秘訣というのはあるのでしょうか?』
カーラがエレノアに聞いた。
『そうですね。効果というのはどうか判りませんが、献身的に治療にあたる姿勢が大切だと思います。淡々とこなすのではなく、生命を繋ぐという使命を感じながら行うことが治癒力を高めてくれる様な気が私はしますよ』
『エレノアの言うことはクラリスは理解できるか?』
『はい。マスター。私もマスターを蘇生する際に必死でした。その想いと似た様なものだと推測します』
『はい、クラリスさん。治してあげるという気持ちですね。その気持ちが治療する相手にも届くことでより高い回復につながっていますよ』
『クラリスさん、凄いですね。私も負けないように頑張らないと』
カーラにとってエレノアは雲の上の存在に近い人物だが、クラリスだと経験という意味でも自分に近いライバルとして意識していた。
リュウがクラリスを今回の修練メンバーに加えたのには理由があった。クラリスが実体化したのは神の力が作用したからだと推測している。恐らく龍王あたりの力だろう。本人は何もこの事には触れていなかったが。
神の力で出来た存在なら聖なる力も人よりも親和性が高いのは当然だ。神に匹敵する力までとは言わないが可能性を信じてクラリスを育ててみたいとリュウは賭けたのだ。
そして修行を始めてから5年の月日が経過していた。
この時点ではエレノアが頭一つ飛び出た能力という感じだが、他の二人も遜色ない程の能力を発揮させることが出来ていた。
エレノアは以前に数十年の修行を経ていること考えるとこの二人の成長ぶりはやはり目を見張るものがあった。
課題としてクリアしなければならないのは万物創生だ。これが出来るのは神の力を行使出来る選ばれた者だけだからだ。
前回の修行の集大成で最終的に習得したエレノアは効果をさらに高めることを課題とし、カーラとクラリスは出来る様になる事が目標だった。
リュウはオーグ達がこのまま黙っている筈もないと考えている。10万の軍勢を用意しようとしていた事から次は更に大軍を率いるだろう。しかもそれだけでなく神楽元によって考えられない様な手で攻めてくることも予想される。
攻撃力をいくら上げても傷つく者は少なからず出てくる。リュウとしては一人も犠牲者を出す事なく決戦に挑みたい。その気持ちが強く、その切り札がここに居る三人なのだ。
三人で出来ることは少ない。だが三人である必要はないのだ。
それはリュウが戦闘時に取る手段を真似ればいい事だった。分身体で治療に当たれば何倍もの体制で治療にあたれる。
この分身というのは忍者の術とは異なり、神の力で複写させる実体のある分身体だ。
リュウも分身を習得するのに相当な時間を要した。今回は更にその分身体に治療だけでなく蘇生も出来るレベルまで成長させたいと考えていたのだ。
さすがにこの領域までになると数年という単位では達成しないだろう。十年なのか或いは百年以上掛かるのか?全くの未知数だった。
三人の修行と一緒にリュウ自身も分身蘇生の広域実行が可能となる様に自らの目標設定を定めている。
常に現場に間に合うとは限らない。ならばこの世界のどこに居ても全ての人を蘇らせる程の力があれば何も恐れることはないではないか。それがリュウの結論だった。
言葉では簡単だが、最早これは神自身でないと出来ないレベルだ。リュウは三人を指導しながら自らに一番厳しい課題を割り当てこの先数十年の修行をこなす覚悟だった。