131 本当の目的
リュウはカーラがトーマスの正体が自分と判っても接する態度にあまり変化がないことに感心した。通常だと伯爵と判ると皆おどおどした態度や挙動不審になることが多かったからだ。
恐らくカーラにも動揺はあったのかも知れないが、カーラにとってはトーマスもリュウも同一人物であり慕う心は同じだったからだろう。
『ところでカーラ、今日ここに来たのは理由があったからなんだ。もちろんトーマスの事を告げるのもあったが本来の目的はこっちの方なんだ。聞いてくれるか』
『はい、伯爵様。態々伯爵様自らが私のところに来ていただくというのは想像がつきませんがお聞かせ下さい』
『なに、構えることはないさ。トーマスとの約束とも関係してることだからな』
『えっ?そうなんですか?』
『ああ、その前にいつまでも抱き着かれていたら話がし難いんだが』
『す・すいません!私ったら。あまりに心地よくて』
『あはは、これ程俺と居て緊張しない子も珍しいな。気にしなくていい。
それで話に移らせてもらうが、以前にスライムに襲われた時の事を覚えているだろう。多くの者が重症になった事態だ』
『はい、あの時は怪我人の手の施し様がなくてもう駄目かと思いました』
『それなんだ。重症患者の治療を行えるのはこの国では神官クラスの上級治療魔法の使える者だけで更に瞬時に回復させられるのはエレノアだけしかいない。これは万が一の時に対応しきれない可能性があるので俺はこれを何とかしたいと思っている。
だが、通常魔法とは異なり回復魔法は天性の聖属性が高い者ではなくては一定以上の効果を出すことが出来ない。逆に聖属性が高いと通常の何倍もの力を発揮させる事ができるんだ』
『エレノア様はすばらしいお方です。ですがそれに匹敵するというか次ぐ方がこの国にはおられない様な気がするのですが・・・』
『カーラの言う通りだ。適正という面で言えば魔法師何万人に一人という程のものだろう。俺もこの国中を探してみたのだが見当たらなかった。ただ一人を除いて』
『ただ一人を除いてって事は見つかったんですか?すごいです。それはどなたなのですか?』
『俺の目の前にいる子だよ』
『目の前って・・・え?私!?』
『今日のカーラの反応を見て確信したんだ。俺と一緒に居て動揺しないのは聖属性が高いからなんだ。今まで気づかなかったのは潜在的な能力であってこれから引き出せばそこまで到達できるというものだからだ』
『急に言われても信じられません。私なんか何の取り柄のないお嬢様育ちの娘なのに』
『本題はこれからだ。聖魔法は極めるのが非常に難しい。一つの段階をクリアするのに数年掛かり、習得は十年単位と言われている。若い君がこれから修行をしても実際に活躍できるのは十数年後になってしまうだろう』
『それ程までに大変なのですね。でもわかります。あの治療の現場を見た人なら。あれは神にも匹敵するものでした。今までの重症患者が怪我すら無かったかの様に回復するのですから。でもその苦行を乗り越えてのものなのですよね』
『通常で言えばの話だがな。カーラがやる気があるのなら特別な修行方法で習得させるつもりなんだが、どうだ?やってみるか?』
『はい、是非ともやりたいです。ですが私で本当にいいのでしょうか?』
『よし、それじゃあ、具体的に説明する。カーラは明日学校を休んでもらう。明日徹底的に修行をしてもらうからそのつもりで』
『え?一日だけですか?それでまず基礎を覚えるという訳でしょうか?』
『済まない。全然説明が足りてなかったな。明日、エレノアと特別な修行場へと行ってもらう。その特別な修行場は時間の流れがこの世界とは異なる場所なんだ。この世界の一時間が向こうでの十年だ。向こうでは肉体的な時間の影響は無い。一日で百年以上の修行が出来る。これは非常に過酷だ。軍の隊長クラスでも三時間、三十年分の修行をしたに過ぎない』
『その様なことが可能なのでしょうか?俄かに信じられませんが・・・伯爵様が言うのですから本当なのですよね』
『俺は異世界から来た流れ人なんだが、もともとは普通の人間だった。ひょんなことから魔の森で仙人に出会って仙人界での修行を誘われたんだ。そこで数十年の修行を経て神の弟子として神の使命を託されてこの世界に戻ってきたんだ』
『伯爵様にその様な経緯があったのですね。神の使命とは一体どの様なものなのでしょうか?』
『神の中で邪に取り込まれてしまった邪神がいてな。今その邪神はこの世界を滅ぼそうとしているんだ。俺は神の使命でその邪神を倒すために動いている』
『・・・・なんていうか言葉が出てきません。私の様な人間の娘が語れる世界の話ではないですね。伯爵様にその様な大きな使命がおありだとは知りませんでした。それと同時にこの世界がその様な危機にあったのも』
『昨年の魔族侵攻から始まって北の大陸だけでなく南の大陸でも混乱に巻き込まれ様としていたのを俺が尽く阻止したからな。
あれを阻止していなかったら今頃世界は崩壊していたかも知れない。
それだけ今は緊迫した状況にあるんだ。
俺一人で出来ることは限られている。多くの者の協力を得て邪神に対抗するしかないんだ。
だからカーラの力も俺に貸してくれないか』
『はい、私の様な者の力でよろしければいくらでも!』
カーラもリュウの話を聞いて迷ている状況ではないと理解したのだろう、やる気に満ちた目でリュウを見つめて返事をした。