125 我が家
ムーアはリュウが一命を取り留めたことに安堵していたのだが、自分か犯した大きな罪に狼狽えていた。
いつもの様な笑顔は消えており今度はムーアが血の気が引き顔面蒼白になっていた。
リュウとしてもこの件については後に引きずるつもりはない。むしろ今キチンと対応しておかなければ彼女はこの先自分を責め続けるかも知れない。
『それでムーア、これからなんだが、今まで通り俺のために色々と動いてくれるか?』
『伯爵様!よろしいのですか?こんなことをした私を傍に置いて』
『もう二度としないだろ?ムーアがその気がないなら問題ないさ。今日の事は二人の・・・いや、クラリスも入れて三人だな。三人だけの秘密として封印しておく。変わらず宜しく頼む』
『ありがとうございます。今まで以上に伯爵様のために尽くします。それとこれは私の我侭ついでに・・』
ムーアはリュウに口付けをした。サキュバスの精気を吸うそれでなく普通の軽い口づけだ。
『クラリスにだけズルいです。今まで頑張った私にもご褒美ですよ』
ムーアは小悪魔的な笑顔で笑った。今泣いた鬼が笑うとは言ったもんだなとリュウは思ったがムーアには涙より笑顔が似合っていた。
ニューシティの立ち上げと運営はローマン公爵に任せることにして拠点として情報収集や調整役をムーアにお願いした。
ムーアにはリュウの屋敷に専用の部屋を用意しそこで執務をこなしてもらうことにした。
一応全ての事が片付いたのでリュウは久々にローグへと戻った。
クリスには時々戻って来て欲しいと言われていたのだがなかなか戻れずにいたので怒っているかも知れない。
リュウは玄関を通らず直接クリスの部屋へと飛んだ。クリスは椅子に座って編み物をしていた。恐らく子供に着せる服だろう。
リュウは優しく後ろからクリスを抱きしめた。
『だだいま。今帰ってきたよ』
『あなた!?ビックリしましたよ。お帰りなさい。しばらく連絡がなかったので心配していたのですよ』
『すまなかった。毎日が時間との戦いだったんだ。だが全て上手くいったから大丈夫だ。しばらく一緒に居れるよ』
『もう!しばらくじゃなくてずっと一緒にいてください』
熱い口付けの後、リュウは今までの出来事をクリスに話した。
クリスはリュウの話を楽しそうに笑顔で聞いていた。
とは言え、ムーアの件は言う訳にはいけない。事実を知ったら今度はクリスがムーアを恨むことになってしまう。それだけは避けなくてはいけない。なのでリュウは事件については誰にも言うつもりはなかった。
『クリス、お腹の子供の調子はどうだい?もうこんなに大きくなってるんだな。驚いた』
リュウは大きくなったクリスのお腹をさすりながら聞いた。
『すごく元気ですよ。あなたに似たのかしら?時々足で蹴るのがわかりますから』
『俺はそんなに足癖悪くないだろう』
『ふふふ、そうですね。悪いのは手癖でしたね』
『おいおい、手癖は悪くないだろう。俺はいつでも家族の事で頭の中がいっぱいなのに』
リュウは薮蛇とばかりにそれ以上は何も言わなかった。だが、クリスもリュウが浮気の類はしない事を知っているので冗談で言ったのだろう。
リュウは女性に対する手癖は悪くはないのは確かだが、女性に絡んでのトラブルに巻き込まれるのも紛れもない事実だ。
『今日はかなり動いたからお腹が空いたなあ。今夜は久しぶりに家族みんな揃って食事をしようか?』
『そうですね。皆さん喜びます。それでは腕によりを掛けて作りますね。ソフィアさんとエレノアさんにも手伝ってもらいましょう。何か食べたい物はございますか?』
『うちの料理は何食べても美味しいからなあ。それぞれの得意料理でいいよ。だがクリスはあまり無理しないようにな。それと皆は変わりないかい?』
『ええ、変わりはありませんが、たまには他の人にも時間を取ってあげて下さいな。このところ全然会ってないでしょう?愛されているのか不安に思っていますよ?』
確かにこの前帰って来た時は黒猫に掴まって時間を取られてしまったので他の者達と話も出来なかった事を思い出した。 妻の数が多いとこの辺の配慮がないと不和のもととなるので気を付けなければいけない。はやりクリスは出来た妻だ。
『わかった。それじゃ少し挨拶してくるよ』
タイラ家はクリスを正妻として公の序列は一応決められている。
ソフィアが第二婦人、ユリンが第三夫人、エレノアが第四夫人、そして鈴鳴が第五夫人となる。付き合いから言うと鈴鳴がリュウとは一番付き合いが長いのだが、この国で要職についていない所謂プータロウの鈴鳴が序列として一番下なのは仕方がなかった。本人もどさくさに紛れて夫人となった身なので贅沢は言えなかった。
ソフィアは先日のアカデミー体験入学でかなり世話になっている。リュウとしてもソフィアに礼を言っておかなくてはいけないと思っていた。アカデミーの体験入学が終了したソフィアは元の魔法隊の隊長として復帰している。まだ戻って来ていないかも知れないが一応ソフィアの部屋へと向かった。