124 復讐 二
以前にムーアの料理を食べた夜に熟睡状態になった事があったがリュウは食事の中に導眠効果のある物質があることを察知していた。
リュウが気付かなくてもクラリスは常にリュウを見守っており、身に危険があれば彼女から警告が出されるのだ。
昨晩の料理もクラリスからの警告が出されていたがリュウは何が起こっても静観している様にクラリスに指示していた。
『ああ・・なんとなく・・だが・・想像・は・ついた・・君の・・気が・・晴れるなら・・殺せば・・いい』
“”血液残量危険領域です。バイタル低下、マスター!危険です!至急ご指示を!“”
クラリスからの念話が頭に響く。朦朧としていても念話はクリアに聞こえるから不思議だ。コンピュータなのに必死に懇願しているクラリスにリュウは笑いそうになった。本当に人間みたいだなと。
リュウはいつかこうなる事を想像していた。自分が救った命も多いが逆に奪った命も多い。報いを受ける時が来たのだ。決してムーアを責めることは出来ない。そう思い拒むことをしなかった。
心残りとしては最後にクリスの顔を見れなかった事と、お腹にいる子供に父親がいなくなってしまう事だった。
『うう・・私は伯爵様が憎いです。とても憎かった。憎かった筈なのに・・・
どうして私に優しくしてくれたのですか?こんな私に・・・
気付いたらあれ程憎かったのに・・・
こんなことしても全然嬉しくなんてありません・・・
私は何をしているの?
このままでは伯爵様が死んでしまうのよ?不死身に等しい伯爵様が・・・
そんなの嫌!!
伯爵様がいなくなるなんて嫌です!
こんなにあっさりと死なないで!!もう私を一人にしないで!!』
ムーアはリュウを復讐で殺すことが一つの願いだった。その願いが達成されそうになった今、リュウが居なくなった時に自分はどうなるかを考えた。気が晴れるどころかリュウを失いたくないという気持ちの方が強かった。この時点になって自分の気持ちは復讐よりもリュウを慕う気持ちの方が勝っていることに気付かされたのだ。
冷静な状態のリュウが居たならお前何言っているんだ!と矛盾を指摘していただろうが今のリュウには感覚が殆ど残っていなかった。五感も既に失っている。そして心肺が停止した。
『いやーーーーー!!』
ムーアは血の気がなくなり蒼白な顔をしたリュウが呼吸をしなくなったのを見て息を引き取った事を理解した。
いくら大きな声を出しても体を揺すってもリュウは反応することはない。自らの大きな過ちに後悔してもし切れずリュウの胸にうずくまり泣き叫んでいる。だがその声はもうリュウには届いていない。
“”マスターの緊急蘇生を強制的に行います。左手首創傷縫合、血液タイプO Rh+に代用して養仙桃希釈液を注入、除細動電圧150JV印加。ムーアさん下がって下さい。・・・再度印加・・・200JVに昇圧、印加・・・・250JVに昇圧、印加・・・
微弱心音確認。体温上昇見られず、周囲温度を10℃上昇、人口呼吸開始“”
リュウを失い泣き叫んでいたムーアは目の前で起こっている事が信じられなかった。クラリスの声が聞こえていたのだが次第に半透明の女性が見えてきた。しかも次第に色が鮮明になり実体化していったのだ。今はリュウを蘇生するために人口呼吸をしている。
『マスター!私です!クラリスです!聞こえますか!!』
心臓マッサージと人工呼吸を繰り返しながらクラリスはリュウに大声で呼びかけた。AEDを使用しないのは微弱な心拍を確認した為、人口呼吸と心臓マッサージの方が蘇生率が高いという文献の情報を参考にしての行動だった。AEDの昇華電圧を繰り返すのは人体への影響も大きくなるのでクラリスはリュウの体を優先させた。
リュウは暗闇の中から遠くに光と暖かい女性の声を認識した。
光は少しずつ大きく広がっていき女性の声がはっきりと聞こえてきた。
唇には柔らかい感触が伝わる。リュウの意識が回復した。
『ん・・・?・・・クラリスか?』
『マスター!クラリスです!!お帰りなさい!!』
目を開けると柔らかい唇の感触と共に黒髪の美女の顔がそこにあった。目鼻立ちがハッキリしているが優しい顔立ちだ。いつも会話をしていたクラリスがまさか実体化しているとはリュウも想像がつかなかった。
『クラリス、どうして実体化しているんだ?』
『私にもよく判りませんが、マスターを必死で救おうという一念で蘇生を行っていましたが実体化して直接救えたらという思いが強かったからだと思います』
『この世界は本当に何でもありだな。でも、お陰で助かった。ありがとう』
リュウが視線をムーアに向ける。
『伯爵様、ごめんなさい!!うう・・・よかった。ほんとうに・・』
ムーアはリュウにしがみつきながら嗚咽した。
『これでよかったのか?復讐したかったのじゃないのか?』
『復讐しても私には何も残りません。私は伯爵様がいなくなる方が悲しい事に気が付きました。クラリスのお陰でまた一人になるところだったのを救われました』
『本当にクラリスがいなかったらヤバかったな。クラリス大手柄だ』
『フフフ、私の初めての唇は伯爵様のものになったのですよ。それがご褒美ですね』
クラリスは頬を染めて照れた笑顔で笑っている。もはやコンピュータなのか生命体なのか存在がわからなくなってしまった。
『それにしてもクラリス、実体化してしまったら今までの様にコンピュータとしての支援が出来なくなるんじゃないか?』
『ええと・・私もまだよく判っていないのですが、実体化と無形化には自在に切り替えられると思いますよ』
そう言うとクラリスは突然姿を消した。
“”どうです?マスター。ちゃんと元にもどったでしょ?“”
『本当だな。クラリスには今まで通りに色々支援してもらわないと困るからな。よかった』
“”でもマスター、私も寂しいので時々会いに行きますからね“”
実体化した後のクラリスは全く人間と変わらない口調となりリュウも何だか変な感じがしたがクラリスに命を救われた事には変わりなかったので最大の感謝をするリュウだった。
『さて、ここはどこの殺人現場っていう程の状態だな。ちょっとまってろ』
ベッドの上のシーツが真っ赤に染まっていたのをリュウが万物創成でもとの真っ白なシーツの状態に戻した。
その後リュウは空間ポーチから養仙桃を取り出して齧り一瞬で万全の状態に回復した。