123 復讐 一
翌朝、時間の三十分前には皆草原に集合していた。二万もいるので名簿確認も大変だ。千人単位の大班、百人単位の中班、十人単位の小班に分けてそれぞれの班長が下位の班長から報告を受ける形で確認を進めた。
『それにしても手際がいいですね。流石ローマン公爵の部下達ですね。かなり統率が取れている』
『いやいやお恥ずかしい。彼らも新天地に移れることを楽しみにしておりますからな。新たな組織編成を行うので身分も役職もリセットして一から選抜するので彼らとしては少しでも活躍をアピールしたいところなのでしょう』
『なるほど、遣り甲斐があっていいですね。とは言え空回りしなければいいのですが』
『ははは、その様な者は必ず出てくるものです。だが、見ている者は表面だけを見ている訳ではないので小手先だけじゃ駄目なのですよ。ところでタイラ伯爵。この大人数を一度に転送し、しかも二時間置きとは大丈夫なのですか?我々の常識からすれば到底一人で出来るものではありませんが?』
『まあその辺りは神の力を大いに利用させてもらっています。回復についても二時間もあれば十分ですよ。ご心配なく』
定刻となりリュウは対象者をニューシティへと転移させた。
二時間毎に転送を繰り返し、最後の転送が完了した時には日が暮れかけていた。ローマン公爵は最後の転送で自身も加わり、現地での指揮にあたった。
ほぼ丸一日の作業だった。物を運ぶのではなく意思のある者を運ぶというのは想定外の事も起こるため非常に気を使うので体力だけでなく気苦労もあって相当堪えた。
『ふう、やっと終わったな。やれやれといったところか』
『お疲れ様です、伯爵様。御肩でも揉みましょうか?』
『そうだな。ニューシティに行って寛いでからお願いするかな』
全ての予定が終わり、リュウとムーアは二人でニューシティへと飛んだ。ちなみにクリフは一足先にローグへと帰還している。長期間リュウと行動を共にしていたが、彼も諜報部隊の隊長として色々とやらねばならない事が山積だったのだ。
ニューシティには当然ながらリュウの邸宅が用意されている。ローグの自宅に匹敵する程の大きさなのだが、リュウが希望した訳でなく建造したドワーフ達が気を利かせてリュウには一番いい屋敷をと張り切って造ったのだ。最初はもう少し小さかったのだがドワーフにローグの職人が加わり頑張った結果だった。内装にはエルフも協力していた。
リュウは自分に用意された屋敷を初めて見たのだがその大きさに驚いた。使用人も既に配置されており魔族と人間の使用人が半数ずつ10名程仕えていた。
『これって俺の不在の時とかどうしてるんだろうな?』
『そうですね。でも伯爵様ならこれくらいの贅沢しても許されますよ』
屋敷が大きいため掃除など維持するにはそれなりの人員が必要となる。リュウがいつ来ても良い様に料理や風呂の用意など常に気配りをしているので十人の使用人は遊んでいる訳ではなかった。
夕食はムーアが自分も作ると言って使用人と一緒に料理を作っていた。久しぶりに寛いで食事をする事が出来たがムーアの作る料理はいつも通りにリュウの好みの品だった。
食事の後は大浴場で入浴した後にムーアにマッサージをしてもらっているうちにいつの間にか深い眠りについた。
リュウはぼんやりと天井を見た。起きた筈なのに意識がハッキリしていない。通常なら目覚めは良いはずなのにいつもと違う。
起き上がろうとしても起き上がれない。自分の体に何かが起こっている事が判った。
『伯爵様、お目覚めですか?』
ムーアの顔が霞んで見えた。意識が朦朧としているためハッキリと見る事が出来ない。
『ムーアか・・・』
リュウはその言葉を話すだけで精一杯だった。
『今、ご自身がどの様な状況かお判りですか?全身が麻痺しているのと手首の動脈を切断したので大量の出血をしています。このままだとあと少しで失血死することでしょう』
リュウは横たわるベッドのシーツが血で濡れている感触と血の臭いからムーアは嘘を言ってはいないと判った。
『どう・・して・・』
『どうしてだと思います?私はずっとこの機会を待っていたんですよ。
以前お話しましたよね。私は結婚できないと。確かに結婚はできませんが、ずっと好きな人は居たんですよ。その人とは百年以上も一緒に居ました。いつも一緒でその人と居るだけで幸せだった。
ひょっとしたらこのままこの人のためだけに生きていくのかも知れない。結婚という言葉も頭に思い浮かべる事もありました。
私たちはこの前のマキワ侵攻の徴兵令が出て出兵することとなりました。私も彼も前線ではなく後方支援なのでそれほど危ないことはないと思っていました。
ですが戦況が危うくなると後方支援などという悠長な事は言ってられなくなり総動員での突撃が下されました。
私も彼も言われるがままに突撃に加わりました。
そして愛する人が目の前で炭となって消えてしまったんです。
判りますか?愛する人が目の前で殺される苦しみを。
判っています。戦争は魔族から仕掛けたもので伯爵様もそうするしか無かった事は。でも私は・・私のこの無念な気持ちはどうしたら収まるのか。
囚われの身となってからも生きる気力を失って廃人同然でした。そのどん底の中から復讐をする事で生き甲斐を見つけたのです。それからは必死で伯爵様の事を調べてお傍に付く機会をうかがっていました。
でも伯爵様はなかなか私に心を許してくれずいつも警戒されていましたよね。本当は判っておられたんじゃないでしょうか、こうなる事が』
リュウは薄れゆく意識を必死に保ちながらムーアの言葉を聞いていた。