102 偵察任務
翌朝、定刻通りに指定ポイントでクリフと合流した。
『おはようございます、タイラ伯爵。おや?心なしか眠そうですね?大丈夫でしょうか?』
『ああ、問題ない。いつものことだから』
鈴鳴に捕まったリュウは結局殆ど寝させてもらえなかった。
眠気よりも疲労が大きかったので養仙桃で補った。
『先ずは南大陸のドワーフの里まで空間転移するから。そこから装備を整えて獣人族の里に向かう』
『承知しました。宜しくお願いします』
リュウはクリフを連れてドワーフの里へと空間転移した。
『おお!ここがドワーフの里なのですね。想像していたのと少し違いました』
クリフは童話などで聞いたドワーフはもっと人間離れした大きな存在だと思っていたらしい。
リュウはそれを聞いて巨人族のことを言っているのではないか?と思ったが、この世界に巨人族が存在するのかは不明だ。
このまま何も情報がないまま向かう訳にはいかないので村長のところで獣人族の情報を入手することにした。
『朝早くから済まない。これから獣人族の里に向かうので事前情報が欲しくてここに来たんだ』
早朝だったが村長の息子であるイワンが対応してくれた。
『いや、ドワーフの朝は早いですから。この時間だともう仕事を始めている者もいますよ』
ドワーフは朝早くから動いて夜は早く寝るという生活スタイルらしい。朝が早いので夜更かしする者も殆どいない。
『ドワーフと獣人族とは交流があるのか、獣人族の特徴とかあればその辺について教えて欲しい』
『そうですね。獣人族とは商売上の付き合いでお互いが交流しています。我々ドワーフの作る武器や道具に対して獣人族は食料や衣料などを提供するといった形です。なのでそれぞれの商人が定期的に行き来をしています。ですが・・
先日我々が魔族から襲撃を受けたのと同じ頃から獣人族からの商人が来なくなったんです。我々の商人も獣人族の里に向かった者は帰って来ませんでした。
魔族のこともあり危険ということで今は人を向かわせることを止めております』
『なるほど。やはり獣人族も魔族の襲撃を受けている可能性が高いな』
『はい、それと獣人族は我々やエルフとは異なりどちらかと言うと獣に近い存在です。なので人間に対しては非常に警戒心を持っています。通常であれば交流することは困難かと思われます』
『それはこちらも危惧していたところだ。なので獣人の偽装で潜入しようと考えている』
『そうですか。それならあと一つ気を付けることがあります。獣に近い存在なので嗅覚が鋭いということです。見た目は誤魔化せても臭いまでは誤魔化せません』
『なるほど。確かにそうだな。そこについては何も用意してなかったな。クリフ、ちょっと待っていてくれないか。狼の臭いをベースにした香水を作るから』
『その様なもので誤魔化せるでしょうか?』
『わからん。サンプルの臭いがあれば真似できるが、あくまでも想像でしかないからな。以前に狼と戦った事があってその時の毛皮がストックしてあるのでそれで作るんだが、効果は保証できん』
『わかりました。その程度のものとして認識しておきます』
リュウはドワーフから薬研の工房を借りて香水の調合を始めた。
嗅覚が鋭い動物に対しては臭いが強すぎるのは逆効果なので人間には判りにくい程度の微弱な臭いを想定して調合した。
薬研には香りの調合をする職人もいるので彼に獣人族の臭いを記憶の範囲で比較してもらうことが出来た。
結果は合格とも不合格とも言えない出来だった。理由として身体から発する臭いは表面上の臭いだけでなく汗や体温、息など複雑に合わさって出来る物なので香水の様にふり掛けるだけでは同じものが出来る筈がないからだ。
だが、雰囲気としては似ているということなのでとりあえずこれでいくことにした。
時間にして二時間程を費やしたがリュウは村長の家で待つクリフのところへ戻った。
『待たせたな、クリフ。一応完成だ』
出来たての香水の瓶をクリフに手渡した。
『ありがとうございます。基本的に獣人族とは接触せずに偵察しますが、人の気配を察知されるのは不味いのでこれがあれば何とか隠蔽させることが出来そうです』
ひと通りの準備が整ったので里の外れまで移動し、ホバーに荷物を積み込んだ。
クリフ達、特殊任務用のホバーは光学迷彩が施されており、背景と同化して視認しにくくなっている。
今はモードを解除しているので通常のホバーの状態だ。
『獣人族の里まではここから南下して200キロメートルの距離にあるらしい。そこまでは密林のジャングルだけらしい。街道を通るか森を抜けていくかは状況判断してくれ。
あと、獣人族は出来れば敵に回したくないので直接の戦闘は避けてくれ。何かあれば逃げの選択でいい』
『了解しました。緊急時にはクラリスを通じて連絡をさせていただきます』
リュウはクリフが出立するのを見送った。任務としての期間は一週間。7日後に再びドワーフの里で合流することとした。