生徒会長の思惑③
廊下の窓からは、昨日の出来事がなにもなかったかの様に穏やかな朝日が射し込んでいた。
昨日起こった異獣襲撃の話は内々で処理され、二人の尊い犠牲は放課後の訓練中に起きた事故ということで各生徒達にカドラを通して情報通達がされたのだった───
刀條は走りたい気持ちを抑え、足早に学園内の廊下を歩いていた。
そして目的の場所に到着すると、ノックをせずに扉を勢いよく押し開いたのだった。
開いた扉の先には1人の生徒がおり、その生徒に向かって猛然と近寄った刀條はデスクの前に立つと両手をデスクに叩きつけたのだった。
「百鬼会長、いったいどういうつもりですか?!」
そこにいた生徒は生徒会執行部会長の百鬼朱音だったのだ。
詰め寄られても全く動じない百鬼は視線を書類から刀條に向けた。
「刀條副会長、おはようございます。どうかなさいましたか?」
冷静に応答する百鬼を見て、刀條は一回だけ軽く深呼吸を行い少し冷静さを取り戻した。
「昨夜連絡をいただいた笠神くんのことです。本気なんですか?」
百鬼は持っていた書類を静かに置くと、デスクに置かれたカドラを操作しだした。そこには唯のプロフィール──全校生徒分のプロフィールが会長及び、副会長は閲覧が認められている──が映し出されていた。
「当然です。彼の召装具を直接知るには単騎戦が一番早いですから。いくら召喚系と言っても報告書だけではわからないこともあります。」
「し、しかし、彼はまだ覚醒したばかりです・・なにも会長がお相手をしなくても・・・」
「──彼を心配している気持ちはよくわかりますが、これは決定事項です。」
「ですが、百鬼会長とでは明らかに差がありすぎるのではないでしょうか・・。」
「──言いましたよ?これはあくまで彼の能力を見る為だと・・私が全力を出すことはありません、ご安心ください。あと単騎戦は3日後に行います。」
百鬼はこれで話は終わりとばかりに先程デスクに置いた書類に手を伸ばしていた。
「──わかりました。ですが、私は彼のサポートに回らせていただきます。宜しいですね?」
「どうぞ、刀條副会長の判断にお任せ致します。」
見向きもしないで返答する百鬼の姿勢に少し苛立ちを覚えたが、少しでも時間が惜しまれる状況に変わりはなかったため、足早に執行部室を後にした。
「──百鬼様、宜しかったので?」
突然、隣から聞こえる声に百鬼は書類から目を逸らすことはしなかった。
「はい、構いません・・それよりも橘、貴方には調べていただきたいことがあります。」
百鬼は未だ姿を見せない橘に対して小さな記憶媒体を胸のポケットから取り出し、デスクに置いたのだった。
それと同時に百鬼の左隣の景色が多彩に歪みだし、一人の男子生徒が姿を現し出したのだった。
橘と呼ばれた生徒は後ろに手を組んで直立不動で立っており、190㎝はありそうな長身がより大きく見えていた。
眼鏡を着用している為、一見知的な印象だったが目が鋭くつり上がっている為、どことなく冷たい印象も与えていた。
橘は百鬼が置いた媒体を拾いあげるとそのまま胸の内ポケットに仕舞い込んだのだった。
「期間はお任せします。その代わり・・情報は集めれるだけ集めてください。」
「仰せのままに・・・」
橘は軽く一礼をすると静かに部屋から出ていった。そして一人になった百鬼は書類を再びデスクに置くと静かに窓に近付き、外の景色を見つめていた。
「これから今までにない規模の変革が起きるでしょう。それは、この世界を取り戻すために、そして───しかし、これを成し遂げるためには多くの犠牲が伴うでしょうね・・でも私はやらなければならない──そうでしょ?朱羅・・・」
───。
百鬼は左肩にそっと右手を添え、目を閉じた。
「はい、そうですね。ありがとうございます、お兄様・・・。」
朝日を浴び、小鳥の囀ずりが優しく響く・・そんな穏やかで平穏な1日のスタートは唯の妄想でしかなく、刀條並びに御母衣によって騒々しい1日の始まりとなったのだった。
刀條は張りきっているが、御母衣は猛反対をしている・・そんなやり取りの中、渦中の唯は遠い目をしていた。
「兎に角、笠神くんは今日から私が2日間付きっきりで特訓しますから、覚悟してくださいね♪」
「付きっきりって、なにも華耶姉様が自ら行わなくとも宜しいのではないですか?!こんなどぶ──か、笠神唯に何故、華耶姉様が何故そこまでする必要があるんですか?!」
「ふふ・・本人を目の前にしてそんなこと言えないわ・・・。」
「な、な、なぜ頬を赤くするのですか!?それではまるで──」
「あら嫌だわ・・顔に出てしまっていたのかしら・・ふふ。」
「ぐぬぬぬ──わかりました!そこまで仰るのでしたら私、同行させていただきます!し か し !笠神唯っ!」
突然、名前を呼ばれた唯は自らの意思で遠くに飛ばしていた意識を一瞬の内に戻す羽目になったのだった。
「な、なんだよ、いきなり・・ビックリしたなぁ・・・」
「私はお前の為に特訓に付き合う訳ではないことを肝に命じて置くことだ!これは姉様を案じて仕方なく、仕方なく!特訓に付き合ってやるのだ!わかったか!このどびゅぅ──」
変な声を残して御母衣が床に踞ってしまった。見れば頭の頂点辺りを押さえ込んでおり、視線をもとに戻すと刀條が握り拳を作っているのが確認できた。
「さぁ、時間は有限です、着替えは持ってきてあるので、早速準備してくださいね。」
「お、おい・・華耶。コイツは・・・どうするんだ?」
唯は未だ踞っている御母衣に視線を落とすも、刀條は微笑んでいるだけだった。
「その子なら大丈夫ですよ。では私は扉の外で待ってますから、着替えてください。・・・御母衣、いつまで踞っているつもりなの?貴女も外で待つのよ──」
半ば強引に手を引かれながら出ていった御母衣だった。因みに振り向き様、御母衣に睨まれはしたが見なかったことにしようと心に誓う唯であった。
刀條の後ろを一歩下がって歩く御母衣、そしてその数歩下がって歩く唯は一つ疑問を感じていた。
「なぁ、華耶・・特訓っていっても何処でやるんだ?訓練施設でやるなら方向、逆じゃねーか?」
進行方向とは逆の方向に親指を立てながら疑問を口にしたのだが、刀條は一瞬視線を送るとふふっと笑うだけで何も答えようとはしなかった。代わりに──。
「ふん!素人め!学園内の訓練施設はあくまで一般生徒用に解放されている言わば『練習場』の様なもの。我々、覚醒者が使用すれば直ぐに壊れてしまったり、一般生徒に怪我をさせてしまう可能性がある。そこで覚醒者には専用の特殊訓練施設─パンドラ─が用意されているのだ。わかったら黙って付いてこい蛆むぎぃぃぃ・・べ、べぇさばいだいでぶ・・・」
「ふふ、御母衣・・その辺でやめておきましょうね。」
頬を思いっきり引っ張られている御母衣を見ると可哀想な気もしたが、刀條は足を止める事なく進んでいった。
しばらくすると入口に認証システムがあるエレベーターの前にたどり着いたのだった。
刀條は認証システムに手を翳した。
──ピィー、刀條華耶と確認、ロック解除確認、ロック解除完了──
プシューと無機質な音が鳴り扉が開いたのだった。
内装は普通のエレベーターとほぼ変わりはないのだが唯一違う箇所は階層ボタンがどこにも存在しないのだ──。扉が閉まりきるとゆっくりとそして徐々に速度を上げ降下していくのがわかった。
──目的の階層が近づき速度が徐々に遅くなった。そして停止するとまたプシューと無機質な音が鳴り扉が開いたのだった。
一体どの位まで降下したのだろうか・・呆気にとられている唯の反応を見て刀條が微笑んでいた。
「ふふ・・さぁ、行きましょ。あと少しで着くか・・ら・・・あら?あららら?」
突然、刀條が小走りで近付いたその先には一人の男子生徒が立っていたのだった。
その男子生徒は唯のよく知る人物でもあった。
「麓山くん、どうしてここに?」
「よっ、どうしてって・・百鬼会長に言われてな、華耶のサポートしてやってくれってよ。ってことだから唯、俺も一緒に付き合ってやるからヨロシクな♪」
そこには唯の親友、麓山隆士が片手を軽く上げ立っていたのだった。