隠された真実③
「華耶、待ってくれ!華耶!」
唯が呼び掛けるも十条は無言で唯を引っ張り学園に向かって走っていた──。
風御学園の敷地は広大な上に訓練施設は山中にある為、学園までまだ距離があった。
これは訓練施設を建設する上で、校舎を傷付けず民家への影響が少ない為という理由から山中に建設された経緯があり移動手段としても、移動も訓練というカリキュラムによる『集団マラソン』を採用していた。
唯はさすがに何の説明も無いまま連れていかれるのは、そして何よりクラスメートを置き去りにしている状況を考えただけで我慢出来なかった。
その為、先程より強い力で抵抗をしたのだが思いの外あっさりと十条の手から放れてしまい、お互いにバランスを崩し転倒してしまったのだった。
「ッ!いててて──」
「────・・・うぅッ!」
「か、華耶!大丈夫か!?」
転倒の影響で軽い脳震盪を起こした十条だったが、ろよけながら立ち上がろうとしていた。そんな十条に罪悪感を抱きながら駆け寄り腕を担ぎ上げた唯だったが、十条の左頭部から出血しているのを確認し動揺が走った。
唯は十条が転倒した辺りに視線を落とすと拳位の石がありそこに頭部をぶつけた為に裂傷してしまったのだ。その傷は深く出血が止まらなかった。
「華耶、すまない、その──。」
「──ごめんなさい。」
突然の思わぬ謝罪に唯は一瞬目を見開いてしまった。本来であれば怪我をさせた唯が謝るべきであり、十条は謝罪をすべきではないのだ。しかし、下を俯いたままの十条は話を続けた。
「──全て、全て私の判断ミスで取り返しのつかない事になってしまったの──。永井さんは本当に残念だったわ・・・。それに金森さんもそう長くはもたないでしょう。彼女も──謝った所で許される事ではないけれども、笠神くんを優先してあの場から逃げた事に後悔はしてないわ。ただ、どのみち召装具のない人を武装無しで護りながら闘う事はとても困難なの、だから──。」
言葉を詰まらせる十条に唯はどう反応をしていいのかわからなかったが、この後に続くであろう言葉を口にするしかなかった。
「だ、だから見捨てたのか?」
「違う!それは、違うの。私は選ばなければならなかった・・・。金森さん──彼女を救って一緒に逃げるか、彼女を囮に逃げるか。言葉は悪いけれども、この二つしかあの場での選択肢はなかったの。そして私が選んだのは後者いえ、そうね、何も違わないわね。私は──」
すぅっと息を吸い込んだ十条はそのまま上を見上げる。そう、まるで涙を堪えてる様な──。
その時だった───。
金森の微かな悲鳴が聞こえたのだ。
十条は悲鳴と同時に木に凭れながら立ち上がり、悲鳴が聞こえた方角を見据える。
「──笠神くんはこのまま学園まで向かってください。私は金森さんの救出に向かいます。」
「ちょ、ちょっと待てよ!華耶、お前怪我してるんだぞ?そんな体で──」
「私は大丈夫だから・・このまま学園に戻って救援を呼んでください。そうすればもしかしたら───」
「──駄目だ、俺も行く・・・。」
十条が唯に振り返るよりも早く腕を担ぎ上げた。
「まぁ、あれだ・・・一人で行くと転んじまうかもしれないだろ?怪我させたのは俺だしよ、責任位は取らせてくれ!拒否権は無しだ!危険なのは承知の上だからよ、一人で行くなんて言わねぇでくれ。頼むよ──。」
「──わかりました。でも危なくなったら直ぐに隠れてください。あとは私がなんとかしますから。」
そう言って歩き出す十条に唯は違和感を感じた。寧ろもっと早く気付いていてもおかしくはなかったのだが、状況が状況だった為に気付くのが遅れてしまったのだ。
「なぁ、華耶──。」
「──何かしら?」
「その、お前ってそんな口調で話た事あったっけ?いや、大した事じゃないんだけどよ。あれぇ~?みたいな。それに、召装具も──」
あぁ、といわんばかりに斜め上を見上げる十条は唯の顔を少しだけ見ると口元から少し笑みを浮かべた。
「笠神くんは『どちらの華耶』がお好みなんですか?」
「ちょ、こ、こんな時に何言ってるんだよ!俺はただ──」
顔を朱色に染めた唯の慌てる様子を見て十条はふふっと笑っていた。
「冗談です。詳しい説明は今はできないけれども、そうね──私は召装具持ちですよ。そうですね・・・強いて言うなら学園最強──なんて呼ばれてますよ♪」
「・・・華耶が?それもまた冗談なんだろ?」
「ふふっ、どうでしょう?──さぁ、急ぎましょう!」
唯は十条の最後の一言が気になったが、後日聞けばいいと思い、顔を前に向き直した。
──訓練施設外武装倉庫──
「──ハァ─ハァ─ハァ─ハァ」
金森は荒い息を吐きながら訓練施設とは別に設置されている武装倉庫内を歩いていた。
武装倉庫には文字通り各学生が訓練に使う為の武装を保管してある場所で専用のロッカーに掌紋システムが組み込まれており、他者の武装が取り出せない様になっていた。
金森は歩きながら先程の化け物を思い出していた。
今まで見たことがない化け物・・・いや、何かの教材で見たことがあった。
金森は窮地の中でその事を走馬灯の如く思い出したのだ。
「あれ、異獣──よね・・でも、絶滅したんじゃないの?なんでいるのよ・・・ホントどうなってんのよ!そもそも、あんなの生身でどうにか出来る訳無いっての!」
ここに来れた事を思い返せば殆どが奇跡に近い状況だった。
───異獣が腕を振り上げた瞬間、金森は恐怖と絶望で悲鳴をあげた。
・・・だが、異獣の腕は振り降りてこなかったのだ。金森は咄嗟に右手を見ると信じがたい光景がそこにあったのだ。
異獣の右手に握られていた永井の両腕が木に絡み付く様になっていたのだ、まるで永井の意志があるかの如く──。
「永井・・・ッ!」
金森は込み上げる感情を抑え、異獣の懐へ飛び込み顎に向かって渾身の掌底打ちをお見舞いしたのだ。
その一撃で意外にもあっさりと異獣は転倒し、隙を作る事が出来た金森は唯達とは逆方向の訓練施設へ向かって走り出したのだった。
一瞬気が緩んだ為か、金森は自分の体の異変──左上腕部の裂傷──に今になり気付いたが足を止める訳にはいかなかった。
「ってててて、これヤバいなぁ──。もぉ、これって永井が押した時に出来た怪我よね──。でもお陰でまだ生きてるんだもんね・・・ありがとう永井、私闘うよ。──でも、とりあえず倉庫の中で止血しなきゃ・・・」
金森は壁づたいに歩きながら自身のロッカー前に到着した。途中、事務室内に止血シートと鎮痛剤があったので腕に貼り付け、応急処置は終えていた。
「はぁ・・あの二人、逃げれたかなぁ~・・・あぁぁああぁ!もう!てか、めっちゃ痛いし!」
金森は軽く血を拭った右手をロッカー横の掌紋システムに翳した。
──ピィー、金森貴子と確認、ロック解除確認、ロック解除完了──
ガシャンと無機質な音と共にロッカーが軽く扉が開いた。
開いた扉を右手で開くと中には普段から愛用している木刀と真剣の長篠一文字が納められていた。
金森は迷わず長篠一文字を手に取り、外に向かって壁づたいに歩きだしたのだった。
武装倉庫から出ると十数メートル先に異獣が立っているのが目に入った。
「なにアンタ、私の事でも探してたわけ?しつこいヤツは嫌われるぞ。そもそも、アンタなんかに好かれても全然嬉しくないんだけど・・・ってわかる訳ないか。」
「う゛ぅ・・う゛ぅぅ・・・」
唸り声をあげる異獣に対し、金森は溜め息を吐きロッカーから取り出した長篠一文字を鞘から抜き、刀を構え──刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構えている──息を整えた。
「如月一刀流門弟、金森貴子!いくよッ!」