隠された真実②
教室を出た唯と十条は真っ直ぐ学園の昇降口へと向かっていた。二人が丁度、下駄箱付近に差し掛かった辺りで甲高い声に呼び止められた。
「おーい、笠神ぃ~!聞いて聞いて~。私ねぇ、ついに覚醒しちゃったよ!超嬉しいんですけど、お先にって感じなんですけど!!」
これ以上ない位に興奮しながら近付いてくる彼女は金森貴子。黒髪短髪と褐色がかった肌は日焼けによるもので、活発な女子で何かにつけて唯と張り合っていた。ただ、唯には度々スルーされてしまうようでその様子をみて怒りを露にすることもあった。
彼女のその後ろでやれやれと言わんばかりのポーズをとっている男子生徒が一人。彼は永井拓真。茶髪の短髪で中肉中背の彼は金森といつも一緒にいる為か、暴走しがちな金森の保護者みたいな存在だった。
「やめとけって、全く・・・わりぃな、笠神。コイツさっきからずっとこの調子なんだよ。だいたい、本格的な訓練は明日以降決まるってのにな。浮かれちゃったお子ちゃまの相手は辛いぜ・・・」
襟首を掴まれ金森は文句の意を示していたが、永井は苦笑いを浮かべながら話を続け、無視されている事に激昂する金森だったがやはりスルーされていた。
「ところで何処かに行くのか?確か分析じゃなかったか?」
「あぁ、ちょっとな・・・」
唯は横目で十条を確認するも既にほぼ背後に近い位置に移動している彼女を視認することは出来なかった。相変わらずの人見知り具合ではあったが毎度の事なので気にせずに話を続けた。
「華那がカドラを落としてきちまったらしくてさ。それを探しに行くところなんだよ。」
十条が掴んでいる裾が一瞬だけ微かに強く掴まれた気がした為、十条に顔を向けようとしたところに永井から話かけられ、動作を中断した。
「俺達も手伝おうか?この後は暇だしよ。それによ・・・どうせ、コイツの自慢話を永遠と聞かされると思うと俺は・・・」
顔を覆う永井に唯は同情の意をしめすとばかりに肩を叩き、二人で金森を見る。それも、じぃー・・・っと見る。
「そんな眼で私を見るなぁ!!わ、わかったよ。──もう言わないよ。これでいいだろ?!」
視線に耐え兼ねた金森は言い終わった後で頬を膨らませてはいたが、十条は聞こえていた。金森の言葉の間に『今日は』と呟いていたことを。
唯と永井がお互いの肩を叩いている傍らで不敵な笑みを溢している金森がいることを十条は知っている。
でも、言わない。知らぬが仏・・・そんな言葉を頭に浮かべ十条は納得した自分に満足するのであった。
訓練施設近くまで来た一行は十条は唯にお願いし、二人へは唯から指示が出されカドラの探索に入った。
探索にあたり永井は気になり、十条に問い掛けた。
「ところで、十条さんはどうやって落としたんだい?もしかしたらその時の状況が分ければ落ちそうな場所とか推測出来るかもしれないかもよ?」
──確かに。と納得する二人を見てしどろもどろしていた。
十条曰く、昼休み時間の終了が迫っていたため走ったのだそうだ。その時に何かが踵に当たる感触と蹴り上げる感覚があったとの事だった。三人は思った・・・──え?マジっすか?──と。
永井と金森は木々の根元付近を重点的に、唯と十条は少し伸びている雑草を掻き分けながら探すことにした──。
暫くすると唯が電源の切れたカドラを見つけ、少し離れた場所を探している二人に声を投げかけた。
時間にすると30分程度だろうか、探索には然程時間はかからなかった。当然、近くにいた十条にも声をかける唯。
カドラを受け取り安心した様子の十条を見て唯は他の二人が近付いてくる気配を感じたので後ろを振り返った。その時、異変に気付いた。
──あれは、ヒト・・・なの、か?──
まず思った疑問だった。
木陰で何かが動いているのはわかるのだが、人間にしては動きがぎこちなかった為だ。動物かもしれない──。
だが、そうではないとすぐにわかる。何故なら体長が1メートル7~80センチメートルはあるであろうことは木々の枝から容易に予測できたからである。
背筋を嫌な汗が流れる──。
その『何か』から少し離れてるとはいえ一番近くにいるのは、金森と永井だった。
ふと、十条は気付いているのだろうかと思い表情を伺おうとしたが、肝心の十条はカドラを見ている為、少し俯いていた──前髪も邪魔している──為にわからなかった。
十条から前方の二人に視線を戻すまでの間、ほんの数秒だった──。
その瞬間、自分の直感が正しかった事を思い知らされたのだ。そう、永井の後ろに『そいつ』は立っていた。
───異形。
その言葉が最も相応しいであろう猿人に近い化け物だった。
全身は赤黒く、体毛で覆われた体躯からは筋肉が盛り上がっているのが遠くからでも分かる程だった。ただ左側腹部の裂傷と左腕が無くなっている事と右目は抉られたのであろうか、大量に出血しているようだった。
他にも無数の傷はあった為、何かから逃げているのだとわかる。
口からは唾液を垂らしており、その姿はまるでご馳走を前にしているかの様だった。
「──ッ!永井!後ろ!!」
人が咄嗟に反応出来ることと言っても限りがある。それが間違った判断なのか、正しかった判断なのかはわからない。それを踏まえた上で唯の判断は妥当と言えるだろう。
唯は必死だった。ただただ、それだけだった──。
その直後、唯の腕は猛烈な勢いでに後ろに引っ張られたのだ。その視線の先には十条がいた。普段からは想像がつかない姿であり勢いが勢いなだけに全く抵抗が出来なかった。
「はぁ?アイツ等どこ行くんだよ?ったく、後ろがなんだ──ッ!!!」
化け物が後ろに立っている事を瞬時に把握し、永井は咄嗟に金森を突き飛ばした。その瞬間、永井の体に衝撃が走った。
「永井───ッ!」
その場から離されていく唯の叫びと同時に永井の頭部が体から無造作に引き抜かれたのだった。
頭部が無くなった箇所からは血飛沫が上がり糸が切れた様に膝から崩れ落ち痙攣を起こしていた。
突き飛ばされた金森は事態が把握出来ずにいた。しかし目の前に永井の頭部が鈍い音と共に転がってきたことで理解し、絶叫と嘔吐が同時に襲いパニック──引き付けにも似た症状──に陥り、逃げたくても腰が抜け動く事ができなかった。そして化け物は──。
───コチラヲミテイタ──
化け物の右手にはグチャグチャに握られた胴体──腸と思われる部位が垂れ下がっている──と右足には脚部──ほとんど見分けが付かない──があり、口からは胴体の一部分と思われる物がはみ出ていた。
金森に近付きながら匂いを頻りに嗅いでいる化け物に対する対抗手段は覚醒したばかりの金森には持ち合わせていなかった──。
そして、辺りには金森の悲鳴だけが響いたのだった・・・。