とある少女
皆さんは魔法ってどんなモノだと思いますか?
いつものチャイムが鳴った。放課後を告げるチャイムだ。高校もいよいよ最後の年になり、外の桜は少し散り始めていた。
窓から入る暖かな風が私の肩まである髪を揺らした。
「ねえねえ早希、今日合コンあるんだけどさ、来てくれないかな〜?」
いつもの事だ。ニコニコしながら悠香が話しかけてきた。大きな大きな胸が私の目の前にデン、と現れた。羨ましくなんてない。ホントに。うん。
悠香は、北野悠香は、いつも彼氏を欲しがっている。
しかし、悠香は口ではこう言うが、これまでに合コンに行った回数は数知れずだが、その誰とも連絡先を交換しようとしない。
「どうしようかな‥‥‥」
そういう私も悠香に誘われて何回か行ったことがあるが、揃いも揃って全員濁っていた。
そう、濁っていた。何がと聞かれると困るが、言うなら『オーラ』だと思う。
私は物心がついた頃から人のオーラの様なものが見える。そのオーラは常に色を変え続けていていろんな形に姿を変える。
本当に不便だ。不便で仕方がない。今までに見てきた人でオーラが見えないという例外な存在はいなかった。
「うーん、今日は止めておこうかな」
「んん、お願い!1人足りなくなっちゃってさ‥‥‥」
悠香のオーラは優しい。いつもの青色だ。どこか凛としている青。
悠香は見た目は少し派手だが、とても優しくて友達思いだ。
「今日はこの学校の1組の男子とだから向こうもしつこい事はしてこないと思うしさ。それに男子達が御影と仲良くなりたいってしつこくて‥‥‥」
それってわざわざ外で会う意味あるのかな‥‥‥とは思う。
「分かった。行く。場所はどこ?」
私がそう言うと悠香は少しだけ、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「‥‥‥無理しなくてもいいよ?」
これもいつもの事。悠香は優しいんだ。最後には必ずこう言って確認してくれる。
「大丈夫だよ。私も、友達欲しいし」
「んん‥‥‥友達を作りに行くのね。やっぱ可愛いわ〜」
うにっ、と悠香の両手が私の頬を挟んだ。
「しょれで、ばしょはじょこ?」
「駅の近くのミカエルってカラオケ。知ってる?」
ミカエル‥‥‥大層な名前だなぁ。と思ったら悠香は満足した様に私の頬から手を離した。
「ごめん、知らないや」
「分かった。じゃあ一緒行こ。ちょっと職員室寄ってからでもいい?」
「うん」
悠香の用事を済ませて学校から出た。
悠香と駅の方へ歩いていると後ろから声をかけられた。
「すいませーん。アンケートなんですけどいいですか〜?」
ニヤニヤと笑いながら喋る男がいた。おそらく大学生だろう。話しかけてきた男の他にあと2人、後ろにいる。
‥‥‥濁ってる‥‥‥。とても汚いピンク色だ。
これがもちろんアンケートなわけが無い。
「ごめんなさい、急いでるんで」
悠香が私の手をつかんで早足で歩き出す。
が、男達がこれで諦める訳がない。
「時間は取らせないしお礼も弾むからさ〜」
後ろからしつこく追ってくる男達は依然としてニヤニヤ笑っている。
‥‥‥気持ち悪い。吐きそうだ。
男達のオーラは形を変え、私にまとわりつくようになった。
こいつらの頭にぶちまけてやろうか‥‥‥。
半分本気でそう思い始めた時、私達とその男達の間に1人の男が入ってきた。
「おい、嫌がってるだろ」
悠香が助かった、と思ったのか後ろを振り返る。私もその男を見直した。
「やめろよ、そういうの」
いかにも好青年、というイメージ。年齢はニヤニヤ笑っていた男達と同じくらいだろう。
「正義の味方気取りか?おい」
男はニヤニヤ笑いをやめ、下から覗き込むように睨む。
「いい加減にしろって言っているだろう‥‥‥」
「‥‥‥っ。ちっ、いいよもう。いくぞ」
すぐにばたばたと3人は逃げていった。
「あ、ありがとうございます」
悠香がほっとした顔で頭を下げた。
「いやいや、大したことじゃないよ」
ニコッと笑うその顔は年頃の女子が見ると一発で好きになってしまうような魅力を秘めている。
「はい、助かりました‥‥‥」
悠香は少しだけ笑みを浮かべて言った。
「君達可愛いんだからさ、少しは気をつけないとダメだよ?」
男は、表情を崩さず言う。
「はい、気をつけます」
「どこかへ行くの?車持ってるから連れて行こうか?」
「え、いや大丈夫ですよ」
はぁ‥‥‥全く。
「でもさ、さっきみたいなのあると危ないしさ」
悠香が少しだけ困った顔をする。
「それもそうですけど‥‥‥」
悠香は可愛い性格をしている。何度も言うが、見た目は誰が見ても少し怖い、言わばギャルだ。が、そんなに気は強くない。そのことを知ると、染めた髪の毛も、濃いメイクも全てが可愛く見えてしまう。
「ねっ?送って行くよ」
依然として笑顔を続ける男は第三者が見るとヒーローだろう。女子高生をナンパの手から救ったんだから。周りの人も目も、彼を関心するような目に変わっている。
でも。
「あのう」
「ん?何かな」
うわ‥‥‥気持ち悪いな‥‥‥
「逃げた行ったオトモダチ、追いかけなくていいんですか?」
正に静寂。空気が凍りついた。周りで男に見惚れていた人々も黙り込んだ。
「‥‥‥どういう事だい?」
男はまだ、笑顔を続ける。
それが、ひどく不愉快だ。ますます気分を悪くさせる。
「もうその顔、やめて下さい。ただ気持ち悪いだけです」
「きもっ‥‥‥?!」
男は予想していなかったのか、少しだけ素っ頓狂な声を上げた。
「さっきの人達とグルなんでしょう?賭けてもいいです。車に行くとあの人達、いますよね」
男の表情が笑顔からとても暗い真顔になった。
「‥‥‥ちっ」
男はそう舌打ちし、早足でどこかへ消えていった。
「早希‥‥‥」
悠香がぼそりと呟いた。
が、それどころじゃない。吐きそうだ。本当にヤバい。トイレ‥‥‥は近くにない‥‥‥
頭も重い。立っていられない‥‥‥
倒れそうになったその時、1人の男子の声が聞こえた。
「くそ、ついてない!間に合わないって‥‥‥」
しかしその声のことなんて気にしてる暇もなく、ふらふら、と自分の意思に反して体が動く。
「あと5分か。よし、何とか‥‥‥えっ」
何かにぶつかった。もたれかかるように、私は体重をそれに預けた。なんだろう、なんか安心するな‥‥‥
「ええ?あの、大丈夫です?」
男子の声が聞こえた。すぐ上から。少し動揺しているみたいだ。
‥‥‥迷惑かけちゃうな‥‥‥どかなきゃ。
「‥‥‥ごめんなさ‥‥‥いっ!」
限界。吐いた。
「本当、ごめんなさい‥‥‥」
最悪だ‥‥‥。最悪。
「早希、あんた本当大丈夫?」
悠香が心配そうに言う。
「うん、私は大丈夫」
正直、吐いたらスッキリした。してしまった。それよりも‥‥‥。
「あの、お名前と住所、教えて貰えますか?服を弁償しますので‥‥‥」
私は吐いた。が、その吐いた場所が問題だった。
「ああ、ははは‥‥‥」
正直どんな顔をしたら良いのか分からない様に笑う男子生徒は私の吐瀉物がべったりと付いたシャツはもう着ておらず、今は白のTシャツを着ている。
私は、彼のシャツの上にリバースした。そこから私は少しの間、咳き込んで大変だったのだが、彼はもっと大変だっただろう。見知らぬ女子にいきなりぶつかられて声を掛けたところ、いきなりゲロられたのだから。
そこから彼は急いでシャツを制服と思われるシャツを脱ぎ、下のTシャツにまで被害が及びかけていたのでそれまで脱いだ。思ったよりも鍛えられており、着痩せするタイプなんだな。と、当事者にもかかわらず呑気にそう思ってしまった。制服のシャツは勿論処分した。
私達は近くの喫茶店に入り、各々に飲み物を頼んで一息ついた。
ザ普通といった感じのする男子だ。髪は若干長い。
背は170ちょっと位だろうか。顔立ちも良くも悪くも「良い人そう」な印象を受ける。
「まあ、ブレザー着てなくて良かったですよ」
そう言う男子生徒は私の出したメモ帳とボールペンを受け取り、自分の名前と住所を書き始めた。
名前は‥‥‥佐久間、遥‥‥‥?随分可愛い名前だ。
「あれ、桜札高校なんだ。私達もだよ〜」
後ろにいた悠香が、佐久間の鞄を見て言った。
桜札高校。サクラフダ、という不思議な名前をしているが、いたって普通の普通高校だ。桜札高校のスクールバッグにはsakurafudaとローマ字で刺繍が入っている。
「ああ、なら住所いらないですか?学校で渡してもらえれば」
男子はボールペンを止め、私に向かってそう言った。
「そう、ですね。なら何組かだけお願いします」
それにしてもこの男子‥‥‥。
「あ、3年1組です」
「同学年なんだ。しかも1組。頭いいんだ」
悠香は少しだけ関心した様に言った。
「あはは‥‥‥」
オーラに、下心が全く感じられない‥‥‥。
いや、これが普通なのかもしれないけど、悠香も私も、自分で言うのはあれだが可愛いと思う。まあ私はいきなりゲロったから印象は最悪かもしれないけど、悠香を見て下心が全くといってない人は殆どいない。彼女がいる人が見ても少なからずオーラに出てしまう程だ。
「はい、じゃあお願いします」
佐久間はメモ帳を私に返すと腕時計をチラッと見た後げっ、と悲痛に近い声を上げた。
「タイムセール終わってる‥‥‥」
「タイムセール‥‥‥?」
高校生からはあまり聞き慣れない言葉がでてきて驚く。
「俺、貧乏でして。少しでも節約しないと」
佐久間そう言ってまた、あははと笑う。
「まあそれも、アレの影響なんだけど」
佐久間が喫茶店の窓から見たのものは遠くにある『壁』。それはとても大きく、どこまでも続くのでは、と錯覚させる様なものだ。
「ああ、アレ、ね」
アレ。その壁の向こう側、というより壁は円形状になっている。なので壁の中と言う方が正しいかもしれない。
『魔法』
この言葉自体は誰もが聞いたことはあるだろう。
あの壁の中では魔法を使う者、すなわち魔法使いを育成、養成する街が存在する。
この街の凄いところはその技術力に他ならない。
この街の謳い文句はこうだ。
『誰でも使える』
魔法というモノは誰でも一度は使ってみたい、と思うのでは無いだろうか。火をつけたり、水や風を操ったり何かを生成したり。
皆、憧れるだろう。しかし、だからと言って簡単に魔法について学べるわけではない。
国は、何のためにこの街を作ったのか。
その答えは簡単。『戦争のため』だ。
戦車や戦闘ヘリ、銃などの兵器を使った戦争はとっくに終わった。
使ったところで魔法に敵うはずもないのだ。銃弾などが当たってもすぐに回復する事が出来る魔法もあれば当たる前に止めることのできる魔法まである。
極め付けはそのコスト。兵器はミサイルを1発撃つだけで莫大な資金が飛んでいく。
それに比べ魔法なら。その兵器は「ヒト」だ。コストは人間を1人食わせていけば良いだけ。もちろん魔法の教育にもお金は相当かかると思う。けど、1度「完成」してしまえば、それからの運用はそこまでのお金は必要としないだろう。
で。そこで困るのは誰かというと。
先ずは元軍隊の人達。国は魔法教育に力を入れ、まさかの軍隊の解散を宣言。新たに「魔法隊」なるものを結成した。
そして警察関係者。警察も、一部の上層部だけを残し解散。「魔法警察」なるものを結成‥‥‥。
話だけ聞くと、は?と聞き返すレベルだ。あまりにも勝手すぎるし、解散した後、その面々達には新しい仕事の紹介などは一切なかったと聞く。
勿論、国からの支援はあった。軍・警察の解雇により生活が厳しくなった家庭への生活資金の配布だ。雀の涙ほどの。
そんなものでは満足するはずもなく、軍・警察の解散により被害を受けた人達は大規模なデモを起こし、暴動寸前まで事態は発展してしまった。結局は、魔法警察の介入により、事は無理矢理に消火された。
それ程までに、圧倒的なのだ。「魔法」というモノは。恨みを買い続けながらも、これからの時代と共にあり続けるだろう。
「魔法都市、だっけ。魔法街って言う人もいたかな。どんな勉強してるのかなぁ」
悠香が眩しそうにしながら遠くにある壁を見て、そう言った。
「うーん。まったく見当もつかないけど‥‥‥」
私も、悠香の言う通りだ。向こう側の勉強の内容なんて見当もつかない。頭の中を弄られたりだとか、身体を改造されるのだろうか‥‥‥いや、それは魔法とは呼べないかもしれないが。
「ここに、1本のペンがあります」
と、佐久間がおもむろにズボンのポケットから1本のボールペンを取り出し、私と悠香の正面に持ってきた。いたって普通のペンで、グリップがすり減っているところを見ると、長い間使っているようだ。
「これはボールペンです。これがー」
そう言いながら、左手でボールペンを隠し
「こうなります」
隠していた左手をどけた。隠してからどけるまで、およそ2秒弱ほど。その間に。
「すごーい!」
悠香が隣で感嘆の声をあげた。それもそのはずだ。佐久間の手に握られているのはボールペンだった筈だ。なんと、それが今は
「マジっくん?だっけ。そんなペンあるんだー」
魔法都市のイメージキャラクターのマジっくんのペンが握られていた。『魔法使いの帽子を被った猫』と表現するのがしっくりくるような、そんなキャラクター。
確かに凄い。とても慣れた手つきだった。単純なのに、だからこそびっくりするのだ。
「ごめん。見えちゃった。袖の中」
私はそう言いながら佐久間の右腕の袖先を指差した。すると、佐久間はニコリと笑って右袖の中をゴソゴソといじった。すると、右袖の中からは最初に手にあったボールペンが出てきた。
「うん、その通り」
「随分、慣れてるんだね。手つきがプロみたい」
「‥‥‥ありがとう。それでも、タネはあるんだ。これがマジック」
くるくるとボールペンを回しながら佐久間はそう言った。表情は依然と優しい笑みを浮かべたままだが、どこか寂しそうに見えた。
「お待たせしました」
そこに、頼んでいた飲み物が到着した。
「ああ、ありがとうございます」
‥‥‥律儀な人だ。第一印象の良い人そうな人にそれが足された。
「うわー、もうこんな時間かぁ」
「そろそろ帰ろっか」
私と悠香が並んで、ぐっとのぴをした。
「暗くなる前に帰った方が良さそうだな」
前の席に座っている佐久間も、荷物をまとめながらそう言った。
「勉強教えてくれてありがとね!」
「こちらこそ‥‥‥それは良いんだけど、駅の方にいたって事は何か用事があったんじゃ」
私達は、1組に所属している佐久間に勉強を教えてもらった。桜札高校では1組と2組は特進科で、勉学やスポーツの成績優等生が所属するクラスだ。
「いいって。何回も言ったけどそれどころじゃなかったし」
「あう‥‥‥」
まあ、吐いた時点で合コンだとか、そんな気分では無くなってしまっていたし、そもそも人の洋服にかましといて、これから合コン行きまーす。など言えるわけがない。
「そ、そっか。なら良いんだけど‥‥‥」
「ところでさ、1組の男子達ってどう?」
悠香が荷物をまとめ終わり、頬付きながら佐久間を見た。
「どう、って?」
「こう、良い感じの男子とかいるのかなー、って」
悠香も悠香だ。どうせ、良い感じの男子がいたところで付き合うどころか連絡先すら交換しないだろうに。この行為にどんな意味があるのか、と問いたい。
「良い感じか。良くも悪くも、みんな明るいよ。特に部活動が優秀で1組に入った連中は」
くすくすと佐久間が笑う。
久しぶりだったと思う。悠香が男子と話している時にハラハラしないのは。大抵、男子はオーラが濁ってしまうし、それを見ているだけでも不快になる。それにいつ、変なことをされるか分からない。緊張状態が私の中で続いてしまうのだ。
でも今は、安心する。
優しい緑のオーラ。濁る事のないその色に、私の目は釘付けになっていた。
「1200円になります」
レジに行っても、悠香がお金を出すのを納得できない様子で見る佐久間を、私はずっと見ていた。ここではぼーっとしてたけど、後でお金は半分払った。
外に出ると、周りの音が増えて、少しうるさく感じた。風が強くて、とっさにスカートを抑えた。
「じゃ、佐久間っち。また学校で」
「勉強教えてくれてありがとう。あと、ごめんなさい」
私達がそう言った時、佐久間は私達の後ろの何かを見て、変な顔をした。
が、佐久間は直ぐに笑顔を作った。
「こ、こちらこそ。気にしないで。健康第一だし」
そうは言うが、佐久間はそれどころじゃないように目を動かす。まるで、複数の何かを捉えるように。
「佐久間くん‥‥‥?」
「あ、ああ、はい?何でしょうか」
呼び掛けるも、もう彼の目は私には向けられていない。返事も、手に付かないような状態で。
「後ろに、何かあるの?」
私はそう言って振り返った。
「おっひさー。遥ちゃん」
そこには、私達からおよそ10メートル先に1人の女子が立っていた。髪は染めているのか、黒と赤のメッシュ。その髪が、彼女の着ている赤を基調とした制服とマッチしている。
年は同じくらいだろうか。よく分からない。が、とても綺麗だ。女の私でも笑いかけられるとドキドキしてしまいそうな。
「‥‥‥久しぶりです」
「相変わらず冴えない顔してるね〜」
彼女は軽い足取りで私達の前までステップを踏むように近づいてきた。
「ん?知らない顔だね。新しい彼女?」
「な訳ないでしょう‥‥‥それで、何か用事ですか?先輩」
あ、この人。
「そうだねぇ。会いたかった、じゃダメ?」
「‥‥‥家まで来て下さい。話はそれからです。じゃあ、御影さんと北野さんも、気を付けて帰ってね」
「あ、うん。佐久間っちも、気を付けて」
「家までって。私襲われちゃうの〜?」
「はあ‥‥‥」
‥‥‥魔法使い、だ。