母が暗黒面に堕ちたんだが……
ドラゴンとの距離までおよそ8M。
いかにドラゴンに気付かれず肉迫出来るかが作戦の決め手になる。
少なくとも今はこちらに意識を向けていない。
そう判断したニールの動きは早かった。
ドラゴンが飛び立とうと翼を羽ばたいたときには、もうすでにドラゴンの足下にたどり着いていた。
(よし、ここまで来れば……)
そうニールが思ったのもつかの間。
翼を羽ばたいたせいで舞い上がった土埃に隠れて、ドラゴンの尻尾が鞭ムチのようにニールに襲いかかる。
当然、ニールは避けれない。
感づき咄嗟に左腕で身を守るように構えたまではいいが、ドラゴンの尻尾が触れた端からボキィッと軽快な音が辺りに響く。
それと同時に苦痛がニールを襲い、尻尾の衝撃でふき飛ばされる。
「うぐぅ……」
ふき飛ばされ地面に体を強打しながらも、ニールは立ち上がる。
体の節々は悲鳴をあげ、左腕はピクリとも動かない。
息も絶え絶え、視界もブレる。
今にも倒れそうな、そんな状態。
それでも───
「っあぁぁぁぁ‼︎」
もはや雄叫びとも、悲鳴とも区別のつかない声を張り上げながら、ニールはドラゴンに迫る。
ドラゴンはすでに上空10Mの位置にまで浮上していた。
ニールはそれに対し魔法を紡ぐ。
「ライトニングチェーン!」
希少属性『光』の初級魔法、『ライトニングチェーン』。
効果は“放ち、触れた対象と自身を繋ぐ”というひどく端的なものだ。
ライトニングチェーンがドラゴンの左脚の付け根に当たると共に、ニールの体が宙に浮く。
(くっ、急激な上昇で息が出来ない……!)
空気を切り裂くような音が耳を劈つんざく。
いくら魔法で切れないとは言っても、念には念を込め、ライトニングチェーンに魔力を付加する。
揺さぶられながら耐えていると、みるみる内に地上が遠ざかり、気づけばかなり上空まで移動していた。
下をみればウォルターが指示したのであろう、攻撃魔法がいつの間にやら止んでいる。
それと土属性の生徒たちが戦術のための作業を慌ただしく行っていた。
このまま行けば、順当に作戦は成功するだろう。
そのためにはまず、僕がミッションを達成しないとね。
痛む左腕を無視し、ライトニングチェーンを巻き取る形で縮ませる。
幸いにもドラゴンはその場で翼を羽ばたかせるだけで、大して揺れることもなかった。
それにしても───、
「高いなぁ……」
地上からおよそ100Mはあるんじゃなかろうかという高度。
ウォルターたちが小さすぎて誰が誰だか確認出来ない。
それに、高度が高いせいか息苦しい。
これは雷属性の生徒たちの頑張りもあるのだろうけど。
やることは決まっている。
ニールはドラゴンの脚に巻きつけていたライトニングチェーンを巻き取るように浮上する。
脚元まで到達したのを境に次は背中にはえていた突起状の棘に向かい同じようにライトニングチェーンを巻きつける。
巻き取り、よじ登ると改めて自分がどこにいるのかを自覚した。
ドラゴンの背からみる光景は、今まで見たことない絶景だった。
並び立つ物は何もなく、恐ろしく獰猛なドラゴンでさえ今このときばかりは雄大に感じる。
(こんな綺麗な景色は見たことない……)
だからこそ、
守らなくちゃならない。
この景色を、下にいる彼らを。
それが出来るのは僕だけなんだから。
ニールは腹を決める。
揺れる足下を踏みしめて、痛む腕に鞭打ち、臆する心を噛み殺した。
ドラゴンの咆哮まであと僅か。
ニールは叫ぶ。
「ライトニングチェーン!」
両の手から放たれるそれは、今までの比ではない魔力量と頑強さを兼ね備えていた。
二本の光る鎖はドラゴンの翼に巻きつく。
ニールは手を合わせ、魔力を解放した。
「バインド!」
叫ぶと同時に二本の鎖が引き合うように繋がる。
そして鎖の中心へと引っ張られる。
「ギュララッ⁉︎」
翼を鎖で繋がれたドラゴンはバランスを崩し、落下を始める。
何とか鎖を外そうともがくがニールがそれを許さない。
千切れそうになる度何度でも繋ぎ直す。
もはや両の手の血管から血が噴き出そうが、構わない。
(───っ、絶対に離すもんか! 絶対に、絶対に!)
両の手から力が抜け、バインドを唱えることすら叶わない。
それでも、解れそうになったライトニングチェーンを掴み、自身とドラゴンを繋ぎ最後まで翼を封じた。力が入りづらい体勢にも関わらず、ドラゴンは無理やり力づくで引きちぎろうとする。
「っぐぅ!」
肩の関節が外れる。
「あがぁ!」
筋肉が断裂を始める。
「あァァァァッ!!」
意識が遠退く。
遠退く意識の片隅に現れたのはウォルター=ハーディスの姿。
(ウォルター……僕は……)
それを最後にニールの意識は色を無くした。