たまにゴキブリ潰したスリッパで頭叩かれることがある
ウォルターの演説に呼応するように、周囲に活気が溢る。
それは地鳴りとも言えるほどの規模で、大気が振動する。
施設が大地が、何よりその中心部にいるウォルターが、肌にビリビリと周囲の熱気を感じ取った。
「俺はやるぞ! ドラゴンと戦ってやる!」
「僕だってじっとしてられない!」
「私も協力するわ!」
次々と現れる賛同者。
彼らの目には燃え盛る闘志と、何としても生き残るという決意に満ちた思いが伺える。
例え反対意見を持っていたとしても、封殺されてしまうほどの雰囲気にその意見を押し殺してしまう。
その反対派であるロイドもまた、意見を押し殺すしか手立てがない。
それほどまでにウォルターにはカリスマ性があった。
その事実にロイドは唇を噛む。
憎々しくて堪らないが、事実を認めぬほどロイドは愚かではなかった。
そんな思いのロイドとはうって変わり、ウォルターは周囲の反応を確かめていた。
(ふむ、上々といったところか)
ウォルターはこの現状にそのような評価を下すと、ある一人の生徒を探すため動き出す。
訓練施設の休憩スペース。そこに彼がいるのを見つけた。
「ニール、やはりここにいたか」
ウォルターが声をかけると、休憩スペースのベンチに寝転んでいた少年、ニールが重たそうに瞼を上げる。
「なんだ、ウォルターか。どうしたのさ急に」
気怠げにそう答えるニール。
金色のさらさらの髪が寝癖で少しハネ、制服が中のシャツごと斜めにズレている。
「お前の力が必要なんだ」
ウォルターの言葉にニールはあくび混じりに返事をする。
「ふわぁぁ、知ってるよ。さっきの演説も聞こえてたしね。どうせ僕も巻き込まれそうだなぁって思ったもん」
よっこらせっ、そんな言葉が聞こえそうなほどニールはゆっくりと腰を上げる。
「それにしても見事な演説だったね。
あんなに尻込みしてた生徒たちを奮い立たせるなんて普通出来ないよ。
君は狂気をばら撒くのが上手いなぁ。
ロイド君のことをあれだけ批難しておいて、自分は綺麗事を並べてるんだもんね。
果たして何人の人が気づいてるのかな?
気づいたとして何人の人が黙殺してるのかな?
それを踏まえても君の発言力ってすごいよね。
一種の洗脳に近いのに。
君は生徒を兵隊という従順な駒に変えたのさ。
それがどういうことなのか、君なら理解してるはずだよ。
まぁでも、僕はそんな君が好きなんだけどねウォルター」
意地悪く微笑むニールに、ウォルターは少しだけ顔を顰める。
「嫌味ならあとで聞かせてもらおう」
ウォルターの発言に、ニールは驚く仕草を見せた。
「嫌味? とんでもない。
むしろ尊敬してるのさ。君という人間を。
君という才能を。
それに言ったでしょ? 僕は君が好きだと。
だから……」
ニールはそう言うと、ウォルターの眼前まで歩みを進める。
そしてウォルターを見上げるような体制のまま、満面の笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。
「ウォルター、君の力になろう。
このニール=ラインフォールが君の暗雲をかき消す光になるよ」
ニールを引き連れて再び訓練場に戻ると、生徒が道を開あけ中心部までの道が開けた。
周囲の生徒を見ると、まるで早く命令を聞きたいかのようにウォルターを見つめ続ける。
そんな状況下に置かれれば例え場慣れしている者であれ一様に反応を示すが、ウォルターはまるで動じずものともしなかった。
場慣れしておらず、尚且つ軍人でもないウォルターのその姿をその道のプロが見れば、これが如何に異様な光景か一目でわかるはずだ。
しかし、ここにいるのは生徒。
皆が皆、狂気を振りかざす者たち。
誰一人、それを伝える者はいない。
生徒が見つめる中、ウォルターは思案に耽る。
(どうやら、杞憂だったみたいだな)
正直、自分が考えた作戦のキーマンが何を隠そうニール=ラインフォールだった。
何をするにも我関せずのニールを引き込めるかどうかが一番の鬼門だと考えていただけに、このような展開を迎えたことが驚きだった。
中心部に到着したことにより思考を中断する。
周りを見渡すと今か今かとウォルターの言葉を待つ生徒の目。
今にも感極まって雄叫びをあげそうな生徒を前にウォルターは言葉を紡いだ。
「諸君、まずは礼を言おう。
私のような者の命を聞いてくれることに感謝しよう。
ありがとう。
そして私に付き従う諸君に言葉を捧げよう。
決意ある者に勝利あれ!
勇気ある者に栄光あれ!
諸君の命は私が預かった。
無闇に死ぬことは許さない。
諦め死に絶えることは許さない。
仲間のために死ぬことは許さない。
死ぬな、生きろ!
諸君の生への希望を私の両の手で包みこもう。
私が諸君を全力で守る。
だから諸君は私に全力で応えてくれ!」
言い切ると同時に歓声と雄叫びが辺りを震わす。
その目に映るはウォルターという指導者。
その者に応えんと、あらん限り声を張り上げる。
もはやその場にウォルターに異を唱える者はいなくなっていた。
ロイドや小数の反対派すら巻き込み、狂気は拡大する。
その光景を見て、ウォルターは高らかに言い放った。
「これより、ドラゴン討伐作戦を開始する!」