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バレンタインデーとかいう喪に服す日について


 ダレルハイド魔法学園からかなり離れた山間にある訓練施設の中では、今まさに危機的状況を迎えようとしていた。


「なんだと! ドラゴンが此方に向かっている⁉︎」


 この施設の警備員が慌てた様子で報告すると、生徒とは明らかに違う雰囲気と容姿の男性が取り乱すかのように声を張り上げる。


 その様子に何事かと周囲で訓練に励んでいた生徒が集まりだした。


「先生、どうかしたんですか?」


 明らかに動揺を隠せていない先生と呼ばれた男性に、男子生徒は尋ねた。



「ウォルターか……お前に少し頼みたいことがある」


 小さな丸渕眼鏡と少し吊り上がった眼が印象的な痩躯の男子生徒は、暫し言葉を待つ。


「俺は今から学園長にこの施設にドラゴンが襲来したことを報告してくる。

 その間、このBクラスのまとめ役を担ってくれないか?」


 ウォルターは驚きとともに内容を頭の中で整理する。


(なぜドラゴンが人工施設に向かっている? 本来ならば極力人との遭遇を避けるはずだが……)


 しかし今求めらているものはそんな疑問をぶつけることじゃないとウォルターは判断した。


「はい、わかりました」


 二つ返事で了承する。


「そうか、委員長のお前がそう言ってくれるなら助かる」


 先生は安堵したように息を洩らし、すぐさま転移魔法陣の上へと移動する。


 この転移魔法陣は大量の魔力を消費し、かつ先生以上の職権を持たなければ使用出来ないいわゆる通信用のための魔法陣である。


 そのため生徒は利用出来ず、この施設までは魔力強化の一貫で初級の身体強化魔法を使い走ってやってきた。

 その時間3時間。休憩も挟めば4時間にもなる。


 初級魔法は比較的簡単なので消費魔力は微々たるものだが、体力消費は走りっぱなしのせいでかなり多い。

 まぁこれは学園から一番遠い訓練施設を使用することになるという貧乏くじを引いたうちの先生が悪い。

 転移魔法陣が生徒にも使えるようになればこんな苦労はしなくて済む。

 いや、よくよく考えれば魔力総量が足りず転移失敗に終わりそうだが。


「ウォルター、詳しい話しはそこにいる警備員に聞いてくれ。それじゃ行ってくる」


 そう言うと先生は眩い光とともに姿を消した。


 ウォルターはさっそく未だ慌てふためく警備員の人に事情を尋ねる。


 その際に周りにいる生徒も駆け寄ってきた。



「警備員さん、ドラゴンについての話しを少し伺いたいのですが」


 ウォルターのその一言に、周囲がざわめく。


 そのざわめきを左腕を上げることにより静止させ、警備員が語りやすいよう場を作る。


「は、はい。ど、ドラゴンは西の方角から飛行しているものと思われます。

 け、検索魔法により、体長は20〜30グラフトのレッドドラゴンと断定出来ました」


 ───レッドドラゴン。


 主に火山帯に生息する火を司るドラゴン。

 性格は獰猛で、縄張りを侵した侵入者にはひどく攻撃的になる。

 主な攻撃は鋭く頑強な牙と爪による手段と、長く太い尾によるなぎ払い、それと大きな体躯を活かした突進。

 そして一番の脅威は、心臓部と併合して存在する火炎器官から発生したエネルギーを口腔内で濃縮して放出する咆哮ブレス


 摂氏2000度とも云われるその咆哮ブレスは、一度放たれれば、地形を焦土に化すとまで伝えられている。


「その大きさからすると幼体ですね。

 後どのくらいで此方に到達するかわかりますか?」


 幼体ならばまだ幾分か危険は少ない。

 成体ともなれば体長80〜100グラフトもある。翼の羽ばたきで竜巻が起こると云われるほどである。


「お、恐らく、あと10分ほどでやって来るかと」


 それを聞いて静止していた周囲が再びざわめいた。


「ど、ドラゴンがこっちに向かってる⁉︎」


「後10分でやって来るらしい……」


「だ、だいじょうぶなのかな」


 周囲に立ち込める不安と動揺。

 しかしそれとは裏腹にウォルターは思考に耽ていた。


(ふむ、10分か……)


 そう思案し、言葉を洩らす。


「充分すぎる時間だな」


 周りが騒がしく、忙しなく行動する中、冷静にポツリと、彼はそう呟いた。


 何の気なしに呟いたそれは、ある一人の生徒の反感を買うハメになる。


「何が、充分だって?」


 そう言いながらウォルターの前に現れたのは、真っ赤なオールバックがトレードマークの青年。見るからに引き締まった体と、その長身に見合うツーハンドソードと呼ばれる両刃の剣を背負っている。



「やれやれ君か、ロイド=フレズベルク君」


 ウォルターのその言い草に、青年ロイドは怒りを露わにする。


「答えになってねぇよウォルター=ハーディス。俺は何が充分だって聞いたんだよ」


 ロイド=フレズベルク。彼は何かとハーディスに突っかかる上流貴族、フレズベルク家の次男。

 実技以外のすべての科目において常にウォルターに見劣りする彼は、いつからかウォルターを目の敵にしていた。


 ウォルターはずれ落ちていた小さな丸渕眼鏡を右手の中指でクイッと上げ、ロイドに向き合う。


「そのままの意味だよ。ドラゴンが来るまで後10分、正確には8分と57秒。

 その間に先生方からの救援も充分にあり得る。もし、先生方が到着されない場合は、我々は二つの選択肢を余儀無くされるだけだ」


 そこで彼は近くにいた生徒から訓練用の魔法剣を二本借りると、一つを地面に放り捨て、もう一つを地面に突き刺した。


 そしてロイドを見据えたまま、眉一つ動かさず言い放った。


「ここから逃げるか。

 それとも、───戦うか」


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