虚に堕ちる
虚無主義と言う言葉は、人々にどのような恩恵を齎したことだろう。
特に古き哲学者が述べた積極的虚無主義――全てが虚無であるからこそ、我々は自らを押し進める事が可能なのだ――というのは、人々が日々感じていた憚り、つまり他者が醸していた幻想の抵抗感を取り払ってくれた。全ては虚無であり、他者の指図も本来は無効力。実際、我々は自由なのである。
ところで、西の彼方の国――虚無主義の生誕地――では、今日もあらゆる認知主義が迫害され、撲滅されているようだが、その極端な虚無主義の影響が、遂にこの地にも及びつつあるようだ。
君も、昨日ニュースのヘッドラインで目にしたと思う。三名の相対主義者――『価値は各々が決めることであり、客観的地位から無価値と判断を下し得るものではない』と主張する人々――が、某国立公園で集団自殺を敢行したね。暫し猟奇的な動画サイトに、その様子を収めた動画が投稿されていたのだが、君も見るかね? ――そうか。いや、見たからと言って、大して得る物は無い。むしろ気分を害すなどして、デメリットばかりを被る事になる。実際、私が引用しようとしている事実も口頭で済むことだ。
彼等の面持ちは暗かったね。西の民はその様な表情を『病に冒された』と揶揄うのだったか。兎に角、彼等は人生に疲れていたようだ。それもその筈、虚無主義と相対主義は馬が合わない。虚無主義があらゆる価値を退けるに対して、相対主義はあらゆる価値を掲げる。認知せざる者と、否認せざる者の間に隔たる亀裂は大きい。不幸にも、相対主義を掲げる事になった彼等は周囲の虚無主義者から冷笑を浴びるほか道が無かったのだ。
西国の虚無主義者は、他の認知主義者を一切排斥する。
何故か。
人々は怖いのだ。全てが無価値と判断されなければ、自らの地位が危ぶまれる。彼等は〈価値〉が台頭した世界を知っている世代だ。〈才能〉という〈価値〉に苛まれ、嫉妬・苦悶の日々を歩んだのだろう。全てを『無価値』と冷笑することで、彼等は周囲を平坦化し、自らに瑕がある事を隠した。そのような平坦化は、始めは各地に点々としたものだったが、次第、拡散した。虚無主義者が一定密度で出現すると、加速度的にその地域は虚無主義に席捲された。周囲に冷笑的な地域になった。やがて、その虚は政治的権力にも食い込み始めた。立法はより能率に忠実になった。行政はより冷淡な行使を始めた。司法はより数学的に罪を裁いた。このような地域の変遷は、およそ十五年間で遂げられた物だったが、歴史的に見て『十五年』というのは実に短い数字だった。恐らくその地域は激動の時代を歩んだのだろう。
お陰で現在は、西の大陸そのものが巨大な虚だ。何もかもが〈無価値〉であり、彼等は最早、自身その物でさえ無価値と判断せざるを得ない。しかし、彼等はその判断に限って拒絶している。が、それを周囲に訴えようとも、返ってくるのは冷笑ばかりだろう。故に彼等は働く、勤勉になる。また、娯楽に対しても積極的になる。常に何かをしていなければ、没頭していなければ、虚無――恐怖――に呑み込まれてしまう。彼等の経済はこのように回っている。虚無主義に回されている。
彼等の勤勉性が効を奏してか、虚無主義経済域は拡大の一途を辿っている。そして、この極東の地にも遂に侵略の魔の手が近づいているようだ。
我々は、この極東の地に集った反虚無主義者達と結託することになるだろう。君も知っている通り、彼等は西の虚から逃げてきた人々だ。彼等はあの虚ろには耐え兼ねたと言っている。いよいよ決起せねばならぬと、奮起している。ここが虚無主義の届かない極東の地である限り、反虚無主義の根城になる事は必定だ。
虚無主義は人々に何を齎したか。
実際、何も齎してなどいない。
彼等は奪い続けている。虚無と言う名目で、あらゆる物事――感情、時間、記憶――を撲滅している。
私は、何に対しても起伏のある世界が好きだ。その起伏は常に蠢き、世界に彩りを持たせている――。
この虚無ならざる世界を守るため、私は君を呼んだのだ。
長年付き添ってきた君ならわかってくれるだろう?
――ん? どうしたと言うのかね。
なるほど、闘争に参加するのが恐ろしいのだな。
安心したまえ。私は教授だ。彼等の心理など手を取るように分かる。
既に手段は用意してある。とっておきの――。
――どうしたというのかね。どうして、そんな固く拳を握っているのかね。どうして、そんな眉間に皺を寄せているのかね。
まさか君は――。
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