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アルタナ    作者: 夢見無終(ムッシュ)
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プロローグ

架空の話ですが、いわゆる「中世ヨーロッパのイメージ」です。

 二年前のあの日。あの時。



 バレーナの父であるエレステル国王・ヴァルメアが病没した。

享年四十五歳。早すぎる死である。そして遺児であるバレーナもまた若く、幼かった。

十七歳。いずれ王権を受け継ぐことは理解していたが、玉座は見えていなかった。それよりもアケミたちと剣を振っていたかったし、舞踏会でもっと上手く踊れるように特訓したかったし、自分だけのハーブティを作り出すチャレンジもしたかった。

ほとんど自分しか見ていなかった。しかし、これからは国を見なければならない。自分一人ではなく、二十万の民を見なければならない。

王の責務を重荷には感じなかった。父の後を継ぐことを誇りに思った。だが………心残りがあった。

「姉上……」

 城の屋上で一人風に打たれていると、アルタナディアが後ろから声を掛けてきた。

 アルタナディア―――2つ年下の隣国の姫君。幼馴染・親友はたくさんいたが、妹とも呼べるのはアルタナディアだけだった。

 国家同士の交わりを強くするために仲良くするよう重ねて言い聞かされていたが、バレーナにとってはそれ以上に絆を感じていた。

 普段は遠く離れていて、一年に数度しか会えないのに、不思議と心が離れない。

 小さくて、大人しくて、でも弱々しいわけではなく、しかも自分にないものを持っている……惹かれる子だった。エレステルにアルタナディアがやってくると年上の自分のほうがはしゃいでしまい、執事たちから逃げ回るように城下に連れ出したりして、ものすごく叱られた。その他にもいろんな事をし、いろんな事を語り合った。

 短くも濃密な時間がとても楽しく、幸せだった。

 そんな日々に終わりが来るとは、思わなかった……。

 父の埋葬も終わり、一通りの儀式を終えると、親類縁者の集まっていた城も空っぽになる。アルタナディアとガルノス王は城内の別棟に宿泊していたが、明日には帰国する。だからこの逢魔が時が、二人だけで過ごす最後の機会かもしれない。

「どこぞの高貴な血筋の人間を婿養子にして王を立てるという方法もあるらしいが、私はそんな馬の骨とは結婚したくない。しかし………一人で王になる自信もない」

「姉上は一人ではありません。私の父も力になります」

「ガルノス王に頼りっぱなしでは諸外国から脆さを見抜かれ、国民からも自主性を問われるだろう。父上を見て王の苦労は理解していたつもりだったが、かくも不自由なものとはな……。発言一つにしたってそうだ。昨日まではアルタナを守ってやると堂々宣言できたのに、今日はもう軽々しく口にすることもできない。不平等であるし、何よりアルタナは他国の王族だ。私にとっては実の妹のように……それ以上に大切な存在なのにな。アルタナもそう思っているから、今も私を姉と呼んでくれるのだろう?」

 手を取って握ると、アルタナディアはおもいぐさの花のように少し俯いて、白い頬をほんのり赤く染めた。表情の薄いアルタナディアには珍しい……その姿があまりに愛しくて、そっと抱き寄せる。相変わらず小さくて華奢だが、幼い頃とは違う柔らかさを感じる……。

 ふと、思った。アルタナディアも自分と状況が似ている。父王がいなくなれば一人ぼっちになってしまう。そうした時、アルタナディアはどうなるのだろうか。どこかの男と結婚してしまうのだろうか。その男の手が、このアルタナディアの身に触れるのか………。

 想像して吐き気がした。そして同時に気付く。自分の中に、腕の中のアルタナディアを独占したい欲望があることに。アルタナディアの白い肌も、細い髪も、落ち着いた声も、穏やかな視線すら誰にも渡したくない。そんなどうしようもない感情に、気付いてしまったのだ。

 途端に胸が激しく鳴り出した。アルタナディアに触れている掌が汗ばみ、細やかな息遣いがやけに耳にまとわりつく。苦しくて、離れて落ち着きたいのに手放したくない、そんなジレンマに襲われる。進む事も退く事もままならず、ただ抱きしめるだけだ。心音を聞き取られて動揺しているのがバレるのではないかと怖れ、意味もなく混乱する。

「バレーナ………私がいます」

 なぜ今、名前で呼ぶ? 背伸びして、耳元で囁く? 疑問はアルタナディアが身を寄せてくるだけで消えてしまう。力強くもなければ重いはずもないのに、このまま押し潰されそうで………

 もう耐えられない。私は決意する―――。

「アルタナ…」

「はい」

「私は……その……不安でいっぱいだ。だから…………勇気を、くれないか……」

 口に出してからものすごく後悔した。なんて陳腐で、幼い言い訳だろうか! 普段姉貴面してこれはない………アルタナディアもキョトンとしているではないか。

「あの、バレーナ…」

「…動くな」

 アルタナディアの顎に手を添えて顔を上向かせる。もはや四の五の言う暇はなかった。早くしないと空の赤みが夜の帳に飲まれてしまう。二人だけの時間はもう残りわずか。その間に姫同士で、女同士で、私とアルタナディアで行為に及ぶのを納得させられる自信はないし、そもそも不可能だ。だからといって何もしないなんて、私が我慢できない―――。

 動くなと言っておきながら動けない自分の背を、醜い欲が押す。それはカクカクと無様な動きだったが―――何を思い、読み取ったのか、顔と顔との距離がほんの少し縮まっただけで、アルタナディアは瞳を閉じた。美しい細面に内心ドキリとしながらも、自分も少しずつ目蓋を下ろし、近づく。

あと少しというところで、何回呼吸をしたことだろう。吐息を感じてからは指先三本分も間がないはずなのに、その数センチが永遠のように、地獄のように長かった。それを乗り越えて触れ合った唇は………


―――――……


…贅沢で尊く、後ろめたさを感じさせる柔らかさだった。

何も考えられない。心臓は壊れそうな勢いで動いている。苦しい、でももっと欲しい……。

衝動のまま、アルタナディアの薄い唇を吸ってみる。するとなんとアルタナディアが吸い返してきた。触れ合っていただけの口付けが、拙くも熱を帯びたキスに変わる。羽のように軽い吸い合いなのに唇が痺れる……。

「はっ…………アルタナ、初めてではないのか……?」

「いいえ、初めてです」

「………嫌じゃ、ないのか?」

「……止めますか?」

「いや……もう少し……このまま………」

 二度目は重なるまですぐだった。そしてさらに深く求める………。

 絶対に手に入れることはできない―――ならばせめて唇だけでも、この瞬間だけでも奪ってしまおうと、愚かさに身を委ねた。それは私の自己満足のはずだったのに、アルタナディアは受け入れる。逆らえないだけか? 不安だと言ったのをそのまま受け取っての同情なのか? わからない、わからないが……もういい。


 私は、彼女を、愛しているんだ………。

 


 




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