酸っぱい葡萄
なんとなく、小学生の頃に道徳か国語かで読んだアレを思い出して、書きました。
いや、もうさ……いい加減に冷静になりなよ、狐君。
仮に、仮にだよ、君があと少し跳べて、あと少し前足が長くて、この房を叩き落すことに成功したとしよう。
そんなに何度も何度もジャンプして、こんな葡萄の一房がその労力ののワリに合うのかい?
危険を冒して木に登ったとしよう。
そんなリスクにこの果実は見合うのかい?
ああ、もっと冷静になりたまえ。
考えても見たまえ。否、その前によく目を凝らしてこの果実の房を見てみるがいい。
なんて小さく、やせ細ったことか。なんて軽そうな実だろうか?
君の鼻先が届かない、枝を枝垂れさせることも適わない、そんな栄養の行き届いていない果実が、美味いわけがないだろう?
ほれ、よく見てみろ。鳥すらも啄ばんでないぞ。
酸っぱいに決まっている!
そんなにまでして食いたいか?
止めろ! 時間の無駄だ! 体力の無駄だ! さっさとアッチに行け! 非効率的だと気づかんのか!?
ほれ、そこ見てみろ。そこの木の根元だ。昨日に落ちたリンゴが、地面にぶつかって潰れたところから腐り始めているが、まだ半分は食えるぞ!
ほれ、そこの石をひっくり返してみろ。大きなミミズが出てくるはずだ。
ほれ、そこの池の辺に行ってみな。蛙がたくさんいるだろうに。
そこの道端の野苺、そろそろ食い頃じゃないのか?
手の届く範囲で、美味しいものなんて沢山あるんだ。葡萄になんざ拘らずとも良いじゃないか?
おや、もう跳ぶのをやめて、こちらをジッと見つめているぞ。
「きっとあの葡萄は酸っぱいんだ」と彼は呟き、去った。
おいおい、誰だよ? 彼を非難するのは止めてくれ。
彼は、無駄な努力を回避したのだ。無謀を回避したのだ。最後にじっと観察して真実に気づいて去ったのだ。次なる獲物の為の体力を温存したのだ。効率的に立ち振る舞ったのだ。
彼は賢明な判断をしたのだ。
きっと今頃、新たに美味しいものを見つけたはずさ。
諦めたらそこで、試合終了ですよ。
誰かがたまに私にそんなことを言いますが、私は決まってこう返します。
諦めたそのとき、次の戦いの準備が始められるのさ。