06:強敵〜占い師
つり橋―― それは危険をまねくもの。
つり橋―― それは落ちるもの。
つり橋―― それは恰好のトラップポイント。
「…………」
「…………」
「…………」
五分後、森をぬけたおれたち三人は、危険な臭いのするソレを前に、この後の展開について考えていた。
とりあえず、思っていることを口に出してみる。
「なあ、コレはアレだよな」
ヨッくんも。
「うん。このベッタベタなゲームでコレが出てくるということは……」
エンドーも。
「これからおれらの身に起こることといえば……」
……うむ。おれたちの考えは完全に一致している。
そう――
この『つり橋』の向こう側に、占い師の家があるのだ。
渡ってしまえばいいさ。なんていうのは素人考えだ。
おれたちは確信している。
『このつり橋は、落ちる!!!』と。
「…………」
「…………」
「…………」
橋の下では、ゴォーゴォーと川の音。
「行かないんですかぁ〜?」
黙りこむおれたちを案内人がせかす。
きっとこいつは知っているのだ。これからおれたちの身に起こることを。
そしてあざ笑っているのだ!
さあ、どうする? わざとこのトラップに引っかかるか、他の道を探すか。
いや、考えるようなことではない。その二つから選ぶとすれば、おれたちは絶対に、ここを渡らない!
「……おれの考えでは……」
エンドーが何かを考えついたようだ。
「おれらは、ここを渡るしかないのだと思う」
「…………」
「…………」
沈黙するおれとヨッくん。
エンドーの解説。
「RPGで先に進もうとすれば、必ず起こることがあってな。それが『強制イベント』だ。プレイヤーの意思とはべつに、強制実行されるイベント。これをなくしてRPGは成り立たない」
「…………」
「…………」
つまり、おれたちに川に落下しろ、と?
おれは川を見下ろした。
ゴオオオオオオォォォォォ……
「…………」
ゴオオオオオオォォォォォ……
「…………」
無理だろ……。
高さは7メートルほど。川の深さはわからないが、とにかく深そうだ。
それにこの音……。
「制作者は、おれたちを殺す気か?」
エンドーのいう『強制イベント』は、『強制ゲームオーバー』を意味しているのでは?
悩みは深まる。
「こうも考えられないかな?」
こんどはヨッくん。
「実はそんな強制イベントはなくて、ぼくたちがここで悩んでいるのを見て、制作者は腹を抱えて笑っている」
「あーーー…… 十〜〜〜分、ありえるなぁ〜〜〜」
おれは大きくうなずいた。
このゲームをつくった制作者は、推測するに、自己中心的で、天邪鬼な、たちの悪い子供のようなやつだろう。
ここはやはり、RPG経験値の高い、エンドーの意見を聞こう。
「そうだな。ゲームやアニメでつり橋が落ちるのには、何かしらの条件がある」
エンドーがあごに手を当てて続けた。
「橋の老朽化。上から岩か何かが落下し、橋を破壊。一番ベタなのが、敵によるロープの切断だ」
「ふむ……」
橋の老朽化―― このつり橋は、どう見ても古くはない。新しい木の色だ。
上から何かが落下―― 橋の上のほうに広がるのは青い空。何かを落とせる足場はない。
ロープの切断―― 向こう側にも、こちら側にも、敵らしい存在はなし。
すべて確認をしてから、エンドーに訊く。
「つまり…… 安全ということか?」
「現実的に考えればな」
現実的に…… ね……。
おれはしばらく考えるフリをし、そして不意をついて振りかぶった。
「最初は――」
「じゃんけん――」
「グー!」
「ホイ!」
全員考えることは同じ――
おれ『グー』
ヨッくん&エンドー『パー』
「…………」
「マハエの一人負け。残念だったね」
自分の『グー』を見つめるおれの肩を、ヨッくんが優しく叩く。
「…………」
沈黙。
「がんばれ!」
白くなるおれの頭をエンドーが優しくなでる。
「…………」
崩壊。
またしてもハメられた……!
おれが不意にじゃんけんを持ち出すのも、最初は『グー』で始めるのも、すべて読まれていた。おれをよく知るこいつらにしかできないことだ。
おれは正直、すごく感心した。が、おれの負けは変わらない。
「やり直しの要求は――」
「無理だな」
二人同時に即答。
「…………」
大丈夫だ。おれは負けない。つり橋なんかに負けない!
走れ! 風になるのだ!
「おりゃあああぁぁぁぁぁ!!!」
ブチッ!
「うわあああぁぁぁぁぁぁ……!!!」
……ドボーン!
…………ああ…… 馬鹿だった。
おれの体は流され、そして――。
「大丈夫〜? マハエ」
全然心配じゃなさそうなヨッくんの声。
「死んだか〜? アハハハ」
おれの災難を心から笑うエンドーの声。
しばらく死んだふりでもしておけば、少しは心配するか?
心の中で「それはない」と、首を振り、勢いよく起き上がって二人の頭にゲンコツをかましてやった。とくにヨッくんには倍以上に力を入れた。(あのときの分じゃ)
さて、なぜおれは川に落ちたのでしょうか?
じゃんけんで返り討ちにあったおれは、“一見”安全そうなつり橋を、風のごとく駆け抜けようとした。
すると、エンドーが言った、三つの『つり橋落ちる条件』を完全無視したつり橋トラップに見事引っかかり、落下。
突然ロープが切れたのだ。
『落ちる条件』の最後に一つ加えたほうがいいな。
『つり橋はときに、自然の法則を無視する!』
「いってぇっ! 元気じゃねーか!」
エンドーが頭をごしごしさすりながら、おれに反撃する。
でもな、ヨッくんを見てみろ。
どこかの星の言葉を叫びながら、地面でのた打ち回っているぞ。
それと、さっきから案内人が発言しないのは、陰で笑っているからか?
ここはがけ下の川岸。
壊れたつり橋がすぐ近くに見えることから、あまり流されていなかったらしい。
二人は、垂れ下がったつり橋を利用して下まで下りてきたのだろう。
うー、クソッタレー! 制作者めぇ!
顔面打撲の次は、服までびしょびしょに―― なってねぇ……。
あれ〜?
流れる川の水。見た目は水だ。だが手をつけてみると、冷たい感じはあるが、ぬれることはない。
ふむ。これがプログラムの限界か。
おれたちは、ところどころ川から突き出ている岩を飛び移りながら、反対岸へ到着。
そこの崖にハシゴが用意されていて、そこから上へ登った。(やはりあれは強制イベントか……)
その間、ヨッくんとエンドーはぶつぶつと文句を言っていたが、おれは気にしない。
占い師の家――
【占いの館!】と、大きな文字の看板が目に付く。
とはいっても、全然『館』ではない。並サイズの『家』だ。
心の中で突っ込んでからドアを開けた。
入ると、そこは『占いの間』だった。(それは当然だが、あからさまに『占いの間』なのだ)
紫色の照明、ろうそく、テーブル、水晶玉……。
しかし、かんじんの占師がいない。
「こんにちはー」
呼びかけるが返事はない。
留守か?
「向こうのドアが開いてる」
ヨッくんが奥のほうの半開きのドアを指した。
「こんにちはー……」
おれが先頭に、ドアをそっと開いて中をのぞく。
「…………」
その小さな部屋にあるのは、ちゃぶ台、本棚、たんす、かまど、床の血痕、ハンマー、占い師の死体。
「……えー……」
目をこすって、頭を振って、もう一度。
ちゃぶ台、本棚、たんす、かまど……。床の血痕、ハンマー、占い師の…… 死体……?
「……事件の臭いだ」
エンドーが、むふふ、と笑った。
「案内人!」
久しぶりに案内人を呼んでみる。
「なんでしょうか?」
「これ、『RPG』だよな?」
「はい、『RPG』です」
「これはなんだ? おれたちに『犯人をさがせ〜!』みたいなことをやらせたいの?」
すると、案内人は黙った。
しばらく黙ってから、ぼやくように言った。
「やはりおかしいです……。普通のバグなんかじゃないですね……」
「なにが? まさか、これも設定外?」
ははは……。おいおい、笑い事じゃないぞ……。
「設定外というよりも……。“プログラムは血を流しません”」
「……はぁ?」
おれたちは三人同時に疑問符を出した。
プログラムというのは、この世界に登場するキャラクターたちのことを言っているのだろう。
ということは、今、目の前で倒れている占い師は……?
占い師の手には、ハンマーが握られている。つまり、何者かと争ったということだ。
設定外の何者かと……。
おれは深呼吸して、上をにらんだ。
「詳しい話を聞かせてくれ」




