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03:旅の目的 そして脱力

 

 お屋敷――


 それは3階建てのドデカイ、とても家とは呼べないものだった。

 うむ。おれが想像していたお屋敷とはずいぶんとレベルが違う。(おれの脳内はそれほどまでに貧乏臭かったのか……?)


 デカイのは屋敷だけではなく、庭もスケールが違う。

 おいおいおいおいおい……。この敷地全部でさっきの村がすっぽりおさまるぞ?

 ここつくるのに、制作者野郎は無駄に手間かけすぎじゃ――


 視界の片隅に一人の男が小さく写った。


 男にしては長めの髪……。

 遠くからはそれしかわからないが、見覚えがある。いや、毎日見ているぞ、あの顔!



 おれが育った施設には、いろいろな事情をかかえた子供がいる。


 親に捨てられた。両親の死亡。虐待。


 そんな深刻な子供たちに囲まれて育ったおれだが、同じ歳のやつも何人かいた。

 一人は『吉野春時よしのはるとき

 一人は『遠藤京助えんどうきょうすけ

 その施設にいる同じ歳のやつは、今はその二人だけ。

 その二人とは、施設の同じ部屋に寝泊りしている。いわば兄弟みたいなものだ。特に吉野との付き合いは長い。おれが入ってくる以前からそこにいたのだ。



 あれは間違いなく『ヨッくん(吉野)』だ!

 同じ部屋で寝ていたんだ。あいつも一緒にこの世界に来ていてもおかしくはない。

 んじゃあ、あと二人の仲間って……。


 ヨッくんは、庭の白いテーブルとセットの白い椅子に座って空を眺めている。その横に執事服を着た老人。

 あー…… ヨッくんも混乱している様子だ。早く合流せねば……。


 セキュリティ性ゼロの門を堂々と通過し、芝生の地面を進んだ。

 大丈夫! やつらがプレイヤー(おれたち)に害を与えることはない。


 あらかた近づいたとき、ヨッくんが何かもらした。


「すがすがしい春の朝だね。美しい緑。おいしい空気。そのすべてがぼくを包み込むようだよ。なあ? じい?」

 黙って頷くじい。


「――打ち解けてるーーーーー!!!!?」


 思わず叫ぶおれ。


 それにヨッくんは気付いたようだ。

「やあ、マハエ。ずいぶんと久しぶりだね」 

「決して久しくなどありません!!」

 バンッとテーブルを叩いて、ヨッくんの向かいの椅子に座った。

 すると、執事服のじいが言った。

「どうされましたか。ぼっちゃま?」

 『ぼっちゃま』? 今のは明らかにヨッくんに対して言ったようだが……?

「ああ、なんでもないよ。じい」

 黙って頷くじい。やはり感情が感じられない。

「おい、まさかここ、ヨッくんの屋敷?」

「そだよ」

 ニッコリと微笑むヨッくん。


 あー…… 憎たらしいまでの微笑み……。


「案内人〜」

「はい、なんでしょうか?」

 おれの呼びかけにすぐに応答する案内人はさすがだ。じい以上に!

「本来、同じ身分のはずのおれたちが、かたやボロボロの超貧乏村人。かたや超リッチなドデカイお屋敷に住む金持ちぼっちゃま。……この設定には問題、ありすぎだろおぉぉ!!!」

 服装自体からも明らかなひいきが感じられる! おれの全身深緑服に対して、ヨッくんはえりにふわふわが付いた立派な革製のジャケット! しかもジーパンにブーツとはどういうこっちゃい!?

「わたしに怒鳴られても困りますよ。制作者による設定ですから」

「そうだぞ〜、落ち着けマハエ。紅茶でも飲む? といっても実際、サンプルみたいなやつで飲めないけどね〜。ハハハ」

 おれは差し出された食品サンプルのようなティーカップを叩き落とした。

「もういい。この不公平な設定は、まあ、我慢しよう。それよりも、これからのことをよく話し合おうではないか」

「これからのことって、魔王討伐だろ〜?」

 ハハハ、と笑うヨッくん。

「魔王討伐? そんなの聞いてねーぞ」

 いや、RPGっぽいゲームだから、普通、魔王討伐が目的なんだろうけど、それはテレビゲームの場合であって、このゲームは普通とは違う。よってヨッくんのそういう推理は――

「そう案内人が言ってたよ。さっきこっちに来たとき」

「あ、そういえばマハエさんに言うの忘れてました〜。てへっ」

「案内人、コノヤロ〜〜〜……」

 おれは拳を固めたが、どこを攻撃してよいのかわからず、その怒りを押し込めることにした。


「そうです。あなたたちの目的は『魔王討伐』。魔城を目指してください」

「よし、それじゃあ、行くかな。楽しもうぜ、マハエ」


「…………」


 ヨッくんは、白いテーブルに溶けたおれの頭を叩いてさっさと歩いていく。

「あうー……」

 あいつ、あんなにも楽天家だったけか?


「いってらっしゃいませ、ぼっちゃま」


 じいの言葉を背に、おれたちは旅立った。


 ……魔城へ。




 ああ、でも仲間というのがヨッくんでよかったよ……。これで不安の一部は解消されたわけだ。

「んで、この流れだと、あと一人は『エンドー(遠藤)』だよなー?」

「そうかもね〜」

 ヨッくんはなぜかさっきからウキウキしている。

 こんなに明るいやつだったけ? まさか、ニセモノ?

 ……いや、それはないな。長い付き合いだ。こいつの性格は誰よりもよく知っている。

 つまり、めずらしい状況が好きなやつなのだ。それか、先ほどのリッチな気分の余韻か? 両方だな。


「ん? こっちか」

 おれたちは、さっきおれが歩いてきた一本道を逆戻りしていた。

 その途中に、たしかにさっきまではなかった横道があった。

 ヨッくんと合流することが、次へ進む条件だったのか。


 横道へ入ると、そこからはまた一本道だった。

 かなり単純なつくりのようだ。

 ヨッくんが案内人に訊く。

「ねえ、モンスターはいないの?」

 ヨッくんよ、そういう質問はやめたまえよ。モンスターなんて出てきたら……。

「しばらくは出てきませよ。安心してください」

 舌打ちしたのはヨッくん。ホッとしたのはおれ。

 しばらくは、ということはいずれ戦うことになるのだろうけど……。

 なんだかな〜。


 それから少し歩くと、前方に一人の人物が。おばさんキャラのようだ。

 よし、気合入れて―― 無視しよう。


「…………」


「…………」


「あっ、ちょっとあんたたち」

 向こうから話しかけてきた。

 へえ、そんなキャラもいるんだなー。と少し感心。

「なんでしょうか?」

 ここは答えるしかない。

「じつはねぇ、この先の墓地に不良がたむろしてんのよ」

「ほう」

 ヨッくんは腕組みをして話を聞いている。

 おれは正直、関わりたくない。不良は苦手なのだ。

「なんだか、道に迷っちゃってねぇ。その墓地の中を通らないと帰れないと思うのだけど……」

 ふむふむ。と、おばさんの話を聞いたヨッくんが胸を張る。

「わかりました。ぼくたちがなんとかしましょう」

 あ、引き受けちゃった。

 がんばれヨッくん。勇気ある若者だな。


 ――イヤマテ。ぼく“たち”って言った?


「行くぞマハエー!」

「ちょっとまてーーー!!!」

 おれのえりをつかんで引きずるヨッくん。


 だから不良は苦手なのーーーっ!!!


「どうして引き受けちゃったんですか? 吉野さん」

 そうだそうだ! なぜ引き受けた!? バカヤロー!

「え、だって、引き受けないと先に進めないとかじゃないの?」

「いえ…… それが違うんですよ……」

「どゆこと?」

「あのキャラは、設定外…… というか、存在するはずがないキャラです」

 おれたち二人は同時に首を傾げる。

「はあ?」

 存在するはずのないキャラって? まさかバグ?

「詳しいことは後で説明しますよ。まさか、あれが出てくるなんて……」

 頭にクエスチョンマークをうかべるおれたち。


 『あれ』ってなんだ?


 そういえば、さっきのおばちゃん、今までのキャラとは違う雰囲気だった。

 表情があったし、受け答えしてたし。

「ま、引き受けちゃったものは仕方ないですね〜 がんばってください」

「まってーーー! 案内人ーーー!! 裏切るなあぁぁ!!!」



 そして墓地へ――



 そこは洋風の墓が並ぶ、小さな墓地。

 その真ん中で、二人の不良が焚き火をしていた。

 な…… なんだ、二人か…… 二対二なら戦闘に入っても勝てるかな。これでも、日々体をきたえているのだ!(おれは) ――まあ、ヨッくんだって、自分で引き受けたくらいだからケンカには自信あるのだろう。

「あ!? んだてめぇら!?」

 髪を紫色に染めた不良二人。髪型も服装も、見事なまでに統一された格好だ。

 おいおい、こいつらヤバそうだぞ。大丈夫なんだろうな? ヨッくん!


「おい、お前ら!」


 お、ヨッくんも負けず劣らずだ。できればケンカには発展させないでくれよ。


「何だってんだ!? あぁ!?」


 ヨッくんがフンッ、と鼻を鳴らし、かまえる。

 とりあえず、なめられないようにおれもかまえる。

 しかし、ヨッくんはやはり悪魔だった。

「……こいつが話があるそうです。聞いてやってください」

 と言うと、おれを前に残して一歩下がった。


「…………あ、そういうこと……」


 お前は最低のクズだーーー!!!!



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