20:大ボス
エンドーの攻撃で、氷室は倒れた。
だが、その様子はデンテールにすべて見られている。
『なるようになれ〜』
……たしかにそうかもしれない。
作戦なんてどうでもいい。その瞬間の努力が、勝利をもたらす場合もある。
おれとヨッくんは、エンドーに親指を立てた。
さて、これでボスである氷室は撃破した。
だが、あと一つの難関。
“大ボス”のデンテールを倒さなければいけない。
本来なら、これでゲームクリアーだったはずなのに……。泣けてくる。
デンテールはしばらく何かを考えていたが、指をくるりと動かし、とうとう高みに設置していた椅子をゆっくりと降下させた。
――いよいよだ。
デンテールは椅子から立ち上がり、身構えるおれたちの間を素通り。床に仰向けのままの氷室のところへ。
「やはり使い物にはならなかったか」
その声はゾッとするものだった。
デンテールは何もかもを、道具以下にしか見ていなかったのだ。
あの性格は、元々のプログラムのせいなのか、それとも現在の自分の意思なのか。
「くっ…… 油断した……」
氷室が傷ついた体を、重たそうに持ち上げようとする。
「ああ、お前は油断しすぎだ。ふざけていたのか? まったく、甘ったるい戦いだった」
「くっ……」
デンテールは氷室に背を向けると、指をパチンと鳴らし、吐き捨てるように言った。
「消えとけ」
すると、氷室の体が表面から、まるで塵のように細かく砕け、舞い上がり消えていく。
「ま、まて……! まだ――」
焦る声も、言い終わらないうちに、氷室は消滅した。
「なんてやつだ……」
エンドーは怒りに震えている。
道具以下……。
違う。デンテールにとってはすべての物が、ゴミ同然なのだ。
「さて、しかしまあ、先ほどは面白いものを見せてもらった」
そう言うと、ニヤリと笑った。
おれたちは差し詰め、実験用のモルモットというところか。
なに。負けやしないさ。
モルモットでも、三匹もいれば、クソッタレな科学者一人くらい倒せる。
おれは構えた武器を握る手に、力を入れた。
しかし、デンテールはその様子を不快そうに見ると、
「武器を使われては面白くない。おれはお前たちの“力”を見たいんだ」
そう言って、人差し指を顔の前で横に動かした。
スーっと、武器の重みがなくなっていく。
おれたちが持っていた武器は、氷室と同じように、塵のようになって消滅した。
呆然と手元を見続けるおれたちに、デンテールが説明を始めた。
「その武器は元々プログラムだったものを、おれがセルヴォに改造した。つまり、おれの思うように操作できるというわけだ」
くそっ! この卑怯者!
「この卑怯者!」
エンドーがおれのかわりに叫んでくれた。
「ふふふ、人間であるお前らが、どうやってそのような力を手に入れたか、研究する必要があるのでな」
へー、意外と研究熱心なこと―― いや、そんなこと言っている場合ではない。武器を失った今、素手で戦うのはほぼ無理だろう。残った魔力で倒さなければいけない。
とくにエンドーは、そのときの感情に任せて行動することが多い。しかも強力な技だけに、消費する力も大きいのだろう。
そうこう考えていると、
「そんなに見たいのなら、嫌と言うほど見せてやる! 実際、嫌と言ってもやめてやんねぇ!」
やはり先制攻撃をかまそうとするエンドー。
とりあえず止めはせずに様子を見てみよう。
エンドーの腕から、“魔力の球”が放たれた。
「そう、これだ。一番厄介な技は」
デンテールはすばやく腕を動かすと、自分の前に“氷の壁”を形成した。
ドゥン!!
球はその壁に当たり、爆発。デンテールは無傷だ。
ナントカの錬金術師かよ……。
この世界の万物を思いどうりに操作できる、か。
そして、唯一操作できないのが、おれたち。そして、この“未知なる力”というわけだ。
十分だ。それだけ勝利できる要素があるということだ。
もう希望は捨てない。捨てた時点で完全に負けは決定する。
「ぼくがやつの動きを止める」
ヨッくんがおれにささやき、魔力を集中させた。
キィーンという音が微妙な空気の振動を生み出す。そして力は、まっすぐにデンテールに飛んだ。
「……っ! そう…… この技も非常に厄介だ……」
動かなくなった四肢を、どうにかしようと足掻いているようだ。
今までヨッくんのこの技を受けたモンスターは、声を出すことすらできなかった。だがデンテールは動けはしないものの、普通に喋っている。力を使っているヨッくん自身も辛そうだ。
でもおそらくこいつは、腕や指のモーションがなければ、“世界”を操作することはできない。こうしてしまえばこっちのもの!
足に魔力を溜め、それを凝縮させながらデンテールへ走る。
「もらったぁ!」
跳び蹴りの勢いに、技の威力を上乗せする!
「ふふふ……」
だが、デンテールは余裕の表情。
「その技の欠点は――」
「うわっ!?」
突然、おれの目の前に氷の刃が降り注いだ。
「――攻撃目標に足が触れなければ、効果がないことだ」
そして、ヨッくんのほうへ視線を動かした。
「たしかに、おれは腕や指を動かさなければ、物質を形成することはできない。だが――」
ヨッくんの頭上、天井にいくつかの氷の刃が形成されていた。
「あらかじめ、物質を形成しておき、それを一定時間後に作動するように設定しておけば、そのときにおれの意思がなくともちゃんと作動する」
「ヨッくん!」
エンドーが、刃の爆破を試みるが、遅い。
静止状態にあった氷の刃が、ヨッくんめがけて落下する。
「クソッタレぇ!!!」
おれは足に溜めていた力を、思い切り放ち、すばやくジャンプで移動。
間一髪、ヨッくんを刃の落下範囲から押し出した。
おれの足、すれすれのところで刃が砕け散る。
「サンキュー……」
「借りは返した」
ヨッくんの気が散ったせいで、デンテールは金縛りから解放されていた。
「雑魚なら、ぼくが集中していなくても一定時間は金縛りが持続するんだけど……」
「それだけこいつの力は強大だということか」
「――だいたいわかったぞ。お前らのその力は、たしかにこの世界のものだ。しかしそれをなぜ、おれが制御できない……?」
『どうやってその力を手に入れたのか教えろ』デンテールの眼は、そう言っているようだった。
答える気はないが、そう訊かれても、うまく説明できない。
「まあいい。これはおれにとっては脅威なのかもしれないな。脅威は大きくなる前に潰しておかなくてはならない」
デンテールを取り囲む空気が一変した。
「こっちも、本気で殺しにかからないとな」
ギラッ……
デンテールの眼が妖しく光った。
なんだ、この恐怖感は……?
戦うことへの恐怖ではない。強い気魄に押しつぶされるようだ。
おもむろに、デンテールの手の平がおれに向けられた。
ドグッ!
その瞬間、胴体にものすごい衝撃。その痛みに気付いたときには、おれは床に仰向けで倒れていた。
「マハエ!」
ヨッくんとエンドーの声がぼんやりと聞こえる。
何が起こった……?
ヨッくんが追い討ちを阻止しようと、デンテールの動きを止める。
だが、さっきとは全く違う素早い動きで、音速で飛ばした魔力を避けられていた。
エンドーが放った魔力の球も、形成された氷の壁に阻まれた。
また二つの衝撃音とともに、二人も倒された。
力は圧倒的だった。