18:意思と命令
「せーの!」
おれたちは重い鉄扉を押し開け、塔内部へ入った。
ラストステージ――
おれは目を閉じて深呼吸する。
何もない。何もいない。ただの広いホール。
見上げると、天井はずっと上のほうにあるようで、暗がりで見えない。
ここが本当に、ボスステージなのだろうか?
何かの仕掛けがあるのかもしれない。
そう思い、探索を始めようとしたときだった。
ジリリリリリ! というけたたましい警報音とともに、大量のネバネバ――『ネーバ(エンドー命名)』が落下してきた。
「罠か」
ベチョン、ベチョンと、ネーバは落下し、おれたちを取り囲んだ。
この半透明のネバネバ生物は、物語のような可愛らしいものではなく、目も、はっきりとした形もない。正直、一番気持ちの悪いモンスターだ。
ぬらぬらと押し寄せるネーバたち。
ゼリーの海を思わせる光景だ。
「うおりゃぁ!」
ナギナタを横に一振りすると、五匹くらい水しぶきのようになって消滅した。
エンドーもハンマーで一匹ずつ地道に倒し、ヨッくんも剣で応戦する。
ザコはザコだが、地味に邪魔だ。
そういえば前にこんなゲームがあった。
一度に大量の最弱モンスターとバトルして、後半レベルの主人公を大苦戦させた。
一回ゲームオーバーになったっけ……。
その主人公の二の舞は嫌だな。
ネーバは、おれたちの体にまとわりつき、自由を奪う。
そいつらを掴み、投げ飛ばしても、次々とわいてくるからキリがない。
こんなところで、ムダに体力を使うわけにはいかないってのに!
「ふふふふふふ……」
聞き覚えのある笑い声が響いた。
デンテールか!
すると、おれたちを包囲していたネーバたちが、バシャバシャッとはじけて消えた。
ガゴゥン……
足元がかすかに揺れ、床が上昇。
いよいよなようだ。
今更だが、心臓が高鳴る。
果たしてここで朽ちるか、現実世界に帰ることができるのか。
確率的には――
いや、勝てばいい。勝つしかない。
あの憎ったらしいゾンビをぶっ飛ばす!
ゴゥン……
到着。
さっきは高すぎて見えなかった天井が、はっきりと見える高さにきて、床の上昇は止まった。
そこは部屋の真ん中。
さっきの一階とは少し違って、赤いじゅうたんが敷かれ、その先にあるのは豪華なソファ――
「よく来た。プレイヤーの諸君」
ソファに座っている男が、偉そうにおれたちを見据えた。
赤い長髪に、色黒の肌。
デンテールではないその男は、ソファから立ち上がると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「これが、現在のボス。コードネーム“HIMURO”です」
「…………」
おれたちはつっこまない。
現ボスの名前が前ボス、『デンテール』からかけ離れていようと、日本名だろうと!
「氷室テツシだ」
下の名前があろうと!!
「氷室、あんたもデンテールに改造されているんだろ? なぜあんなやつに従う? 自分の意思をしっかりと持て!」
氷室はおれの説得には、反応しなかった。
代わりに別の声がそれに答えた。
「ムダだ。そいつも元は戦闘プログラム。お前たちを倒すためにつくられたプログラムだ。セルヴォになろうと、そいつはその“命令”には逆らえない」
デンテールの声だ。
それは上から聞こえる。
「もっとも、おれがその“命令”を強力なものに改造しておいた」
デンテールは、壁に貼り付けたように設置された椅子に、足を組んで座り、おれたちを上から見下ろしていた。
気に食わない。
この世界のすべてがデンテールを中心に回っている。
ここは胃袋の中というわけか。
“意思”よりも“命令”か。
「コラ、ゾンビ! そこで待ってろ! 氷室倒して、次はお前だ!」
エンドーがデンテールに切れる。
「ふふふ……。どうやらお前らは不死身らしい。よかろう、ここまでどう生き延びてきたのか、見せてもらうぞ」
相変わらずの上から目線。
……ねじ伏せてやるさ。
「殺れ氷室。葬ってやれ」
「……ああ」
“氷室”が腰の長剣に手をかけた。
ギラリと妖しく光を反射させながら、剣がゆっくりと引きぬかれる。
――いつ来るか。
おれたちは防御の体制をとった。
ピタリ。
氷室の手の動きが止まった。
そして、剣をさやにもどしていく。
なんだ――
「――っ!!」
一瞬、氷室の影が揺らいだ瞬間、強烈な拳の一撃がおれを襲っていた。
腹に岩を叩きつけられたような衝撃で、おれは吹っ飛んだ。
ヤベェ…… 速い……
おれは小さくバウンドしながら床を転がった。
武器なしで十分ってことかよっ……! 完全になめられてるな……!
「マハエ! 死んだか!」
「死んでねぇよ!」
すぐに起き上がってツッコムおれを見て、エンドーは安心したように微笑んだ。
不意をつかれたが、今度はそうはいかないぞ。
デンテールはまだ、おれたちが手に入れた力を知らないはずだ。
まだまだ。勝負はこれから。
おれは武器を拾い上げると、デンテールをひと睨みした。
「見てろゲス野郎!」