01:小守真栄 [最悪の朝]
「朝よー 起きなさいー」
眠っていたおれは中年女の声で目が覚めた。しかし、眠いから無視。
「起きなさいー!」
「…………」
「起きなさいー!」
このときは寝ぼけていたから、深くは考えなかったが……。
「…………」
最悪な目覚めだった。
「起きなさい」を永遠に繰り返させるわけにもいかないので、仕方なく目を開けた。
「…………」
体を起こしたおれの目の前に、思ったとおり、中年に突入しているであろうエプロン姿の女が立っていた。何度もおれを起こそうとしていたにも関わらず、その中年女の顔は怒っている様子はない。無表情だ。
不気味だな。とは思ったが、やはり寝ぼけていたから深くは考えなかった。
「早く下りてきなさいね」
女は一言言って、階段…… ハシゴを下りていった。
「ほーい……」
おれは軽く返事をしてベッドに座った。
「……母親?」
アレはドラマでよく観る典型的な母親像のような……。
しばらくたつと、寝ぼけた頭も、冴えてきた。
おれの名前は小守真栄。十六歳の明るい高校生。他とちょっと違うのは、十一年間、養護施設で育てられたということ。理由は…… まあ、今は振り返らなくてもいいか。
さあ、現状確認だ。
そこは倉庫のような狭い部屋。パッと見は、木材に囲まれた、ボロいログハウスの中のようだ。
寝心地の悪いベッドが三つ(その真ん中のベッドにおれ)、おれの後ろには大きな本棚。それと前には階段がわりのハシゴ……。それだけだ。
十一年間の施設育ち=おれに実の親はいない=あれは……?
おれは胸いっぱいに息を吸い込むと、跳ねて立ちながら突っ込んだ。
「ダレ!? あのおばさん!!?」
うん、目覚めの第一声にしては元気なほうだ。
いや、今はそれどころではない!
「ここはどこだ!? おい!!」
ここは明らかに見知らぬ部屋だ。
知らないおばさんに起こされ、なぜか母親のように接され、そして、ここは見たことのない殺風景な部屋。
ふと見ると、おれの着ている服にも見覚えがない。白い長袖シャツに深緑のノースリーブジャケット。それと同じような色の長ズボン。さすがに、はいている靴は緑ではないが……。
なぜ、こんな妙な服装を……?
……うん、リアルな夢だな。そう思ったときだった。
「あれはあなたの母親ですよ」
天井のほうから響いてくる声。
とっさに、上に向かって(どこにいるかはわからないが……)叫んだ。
「おれはあんなおばさんの腹の中にいた記憶はないぞ!? いや、それは当然か、うん。――って、違う! 知らないぞ、あんなおばさん!! ここはどこだ!? そして―― お前は誰だーーーっ!!!」
「……すっきりしましたか?」
「おう。いや、まてまてまて!! 疑問を解消させろ!!!」
ぜーぜー言うおれとは逆に、そいつの声は平然としていた。
「あれはあなたの母親です。説明しましょう。ここは――」
「まて。わかったぞ。お前さては……」
「はい?」
「子供をさらって自分の孫にしてしまおうという、老後を寂しく生きるヘンタイじいさんだな?」
うむ。これで一通りの説明はつく。おれにしてはなかなかの推理だ。
「…………」
そいつは、今度は怒ったような呆れたような声で言った。
「誰がヘンタイですか、わたしはこの世界の案内人です。いいですか? ここはゲームの中の世界なんです」
「ゲームの世界? 何ゲームみたいなこと言ってんだ」
……頭がこんがらがった。深く考えるのはよそう。ここは簡単にまとめて……。
「なるほどね。おれ流の計算式で答えを出すならば……」
頭の中の計算機に、情報を入力する。(と、ここでの計算機とはデジタル式ではなく、そろばん式だ)
「『見知らぬ母親+見知らぬ部屋+謎の声×ゲームの中の世界=これは夢』だ」
「…………」
「というわけで、寝なおす。さらばだヘンタイじいさん」
再びベッドに入ろうとしたおれのかたわらで怪しい音がした。
ガタガタッ…… ダァーーンッ!!!
大きな本棚が倒れ、グシャンッ!と、おれを押しつぶした。
「…………」
あわれ、小守真栄の若い命は本棚ごときによって奪われてしまったのだ。
…………て……
「痛いでしょ?」
「――ん痛いわっっっ!!!」
辛くも無事だったおれは、本棚と大量の本を跳ねのけ、怒鳴った。
「ほら、夢じゃない」
「ほっぺたを軽くつねるだけでいいんだよ!!!」
こちとら全身打撲だ! 肋骨も折れる!!
「はいはい(わがままなやつ)」
「何か言ったか?」
「わがままなやつ」
「正直だな……」
なんなんだコイツは……。
朝からとても疲れた。
「信じてもらえたところで、まずは仲間探しですね」
「仲間〜?(て、まだ信じたわけじゃないぞ)」
「この世界には、あなたの仲間が2人います」
「ゲームの中の仲間ということは、斧を持った大男とか、魔法使いのお姉さんとか……?」
シャレにならん……。何とかクエストか……?
「とにかく、まずはこの家から出ることをおススメします」
「おススメされなくても、とっととこんなとこ出ますよ〜」
「まあ、しかし、わたしはあなたたちの案内役ですから。とりあえずわたしのことは『案内人』と呼んでください」
まんまやなぁ〜 とは思うが、とりあえずおれも自己紹介。
「小守真栄だ。でも『シンエイ』じゃなくて『マハエ』って呼んでくれ。そのほうがおちつく」
「かしこまりました。マハエさん」
案内人が嬉しそうに言った。
だから、まだ完全に信じてないって……。
でも、なぜか少し楽しい気分だ。