15:吉野春時 前進します
吉野春時。通称ヨッくん。
ぼくは今、怒りと嘆きに満ちた親友の叫びを背に、先へ進む。
もう一人の親友は、ぼくの前で脱力している。
「ああ、マハエ……」
エンドーが残念そうに首を振った。
ぼくたちは今、猛スピードでレールの上を走るトロッコに乗っている。
甲高い音を鳴らしながらトロッコはカーブし、細い洞窟を進む。
何かのアトラクションのために作られたのかな?
――て、早く脱出しないと爆発するんだった。
「ヨッくん」
前で進行方向を見ていたエンドーがぼくに話しかける。
「ん?」
「気のせいかな。壁が迫ってきてる」
のんびりとしたエンドーの声。
ぼくはトロッコの進むその先に目を凝らした。
うん。石壁で道がふさがっている。
「――って、壁ーーーっ!!!」
「やはりそうか」
しまった! デンテールに出口がふさがれていたんだ!
ぼくはブレーキに手を伸ばした。
すると、エンドーがそれを止めた。
「このまま突っ込むぞ!」
「……正気?」
「わかんねー」
「…………」
こいつと心中はやだな。
でも、意外と頼りになるやつだというのは間違いない。
任せるよ。
ぼくはエンドーの肩をポンと叩いた。
エンドーはそれに頷き、トロッコの前部に足をかけた。
ぼくは“見る”ことに集中する。
トロッコの動き、エンドーの動き、迫る石壁、そのすべてがスローモーションになる―― そう見える。
エンドーが動いたとき、周りの音は聞こえなくなった。
目の前で凄まじい閃光が起こり、レールを途切れさせていた石壁をこじ開けた。
この威力は――
今のぼくには爆発の細部まではっきりと見える。
トロッコに向かって飛んでくる石をすばやく剣の柄で弾き飛ばす。
石でバウンドしながらも、トロッコは突き進む。
その先の光へ――
いくつもの爆発が一つの大爆発になり、地面を激しく揺るがす。
トロッコにブレーキをかけ、ぼくとエンドーは地面におりて遠くから立ち上る煙を眺めた。
「あいつはおれたちの英雄だ」
悲しげな顔で煙を見つめるエンドー。
そう、今のぼくたちの生は一人の親友の犠牲の上に成り立っているのだ。
「あいつの分までがんばろう。魔王を倒すんだ!」
ぼくが言うと、案内人が恐る恐るという感じで問う。
「……人間って、残酷なんですね……。親友が死んだというのに平然としているなんて……」
それを聞いて鼻で笑うエンドー。
「ふん。どうかな」
「あいつは昔からそうだったからね」
ぼくたちの様子に「は?」と疑問符をうかべる案内人。
そう、何とかなるものだよ、人生なんて。
「さ、城はすぐそこだよ。行こう」
トロッコを残し、すぐそこに大きく見えている城へ。
ぼくらの要望で、案内人が勇ましいBGMを流す。
そういえば、さっきの骨との戦いで、いくつかかすり傷を負ったのに、いつの間にか薄い線になって、ほとんど治っている。ぼくたちの体を流れる魔力の影響か、治癒力も並じゃないみたいだな。
「それにしても、さっきの力はすごかったね」
「切羽詰ってたからな」
エンドーが音楽にノリながら、鼻歌混じりに言う。
切羽詰った状況ね。もしかしたら、それが大技の条件なのかもしれないな。
ぼくの“見る”能力も、わかってきた。
まとめると、金縛り、望遠、暗視、動体視だ。でも、妙に疲れるのが難点か。
ふらふらと疲労を見せながら歩くエンドーを支えながら、城を見上げるほど近くまで到達した。
ぼくらは岩陰に隠れる。
エンドーは大技の後でだいぶ疲れている。
そして城の入り口には、身長二メートルをゆうに超し、筋肉隆々の怪物が。顔の真ん中に大きな一つ目がある。武器は持っていないが、あれが入り口を守る門番なのだろう。
「サイクロプスだ。有名なモンスターだな」
「へえ、ぼくは知らなかった」
「そのくらい一般常識レベルだぞ」
なるほど。おそろしいね、一般常識って。
入り口に扉などはなく、あの門番さえどうにかすれば侵入はできそうだが……。
「ところでキミは戦えるのかい?」
エンドーの様子を見て、心配になって訊いた。
「ん? 無理」
「だろうね……」
「あんなのちゃっちゃと倒しちゃってくださいよ」
ぼくたちの苦労をまったく知らない案内人は簡単に言う。
「よし。んじゃ、見つからないようにこっそり入るか」
お、エンドーがいいアイデアを思いついたようだ。
「名づけて―― 『抜き足、差し足、忍び足作戦』」
「それって、まんまそれじゃないの?」
「ふん。いいか? おれが見本を見せてやる」
そう言うとエンドーは、木や草の陰に隠れながら、入り口から少し離れた壁に張り付いた。
そのまま慎重に、つま先を駆使し入り口へ近づく。
門番はぼーっと正面を見たままだ。侵入者が近くにいるなんて、微塵も思っていないのだろう。
そしてとうとう、門番の後ろへ―― 入り口へ到達し――
『プゥ〜〜〜……』
む。何か妙な音が……。
エンドーが蒼い顔で固まる。
……屁、こいたんかい。門番さん……。
『エンドー! 大丈夫か!?』
ジェスチャーで尋ねる。
エンドーは迷わず顔の前で腕をクロスさせる。
「――くっさいじゃボケぇ!!! 何食ってんだ!?」
そして門番の尻を蹴り上げた。
「グァ! ナニモノだ!?」
しまった……。という表情をするエンドー。
「キサま、コのシロにナンのヨウだ?」
エンドーは壁に追いつめられながら、横に目をそらして言った。
「いえ…… べつにたいした用ではないんですけどね……」
この状況をどうやって切り抜ける!? エンドー!
「ちょこっと魔王を殺しに」
言っちゃったーーーっ!!!?
「アん? ナンだと―― !?」
ぼくは門番の動きを止め、走ってエンドーを掴まえてそのまま城の中へ駆け込んだ。
「キミはよくトラブルをつくってくれますねぇ!」
「いや…… 最後の望みにかけてみたんだが……」
「どんな望み!?」
「あいつ見た目バカそうだか――」
「バカはキミだろ!」
とりあえずは侵入成功。




