08:暴走プログラム
さっそく町を出たおれたちは、次の町へ続くという、長〜い一本道を進んでいた。
さっきの町はデザイン以外、とくに見所なんてなかったし、やっぱりプログラムたちは怖い。
「モンスター出ないかなー」
ヨッくんがヒマそうに言う。
たしかにヒマだ。これをテレビゲーム化しても、誰もプレイしないだろうな。
そんな様子を見かねたのか、案内人が提案する。
「ヒマつぶしに、このゲームのストーリーを説明しましょうか?」
「おー、それがわからないと、なにがなにやら……」
ヨッくんが期待を込めて案内人に耳を傾けるが、期待はしないほうがいいと思うぞ。
「それでは――」
静かなBGMが流れる。心なしか照明も少し暗くなったようだ。(余計な演出だな)
「『世の中のすべてを恨む男がいた。男にはすべてが憎かった。人も、花も、木も、美しく舞うチョウすらも……』」
「……けっこう考えてあるんだな」
感心、感心。
ゲーム性に似合わず、内容は濃いのかもしれない。でも、現代犯罪性を感じるのは気のせいか?
「『男が欲したのは、偉大なる力。すべてを支配する力だった』」
「ふむふむ」
だんだんRPGらしくなってきたじゃないか。
他二人も、マジメモードだ。
「『男は黒魔術を勉強した。すべてを我がものにするため、強大な力を手に入れるため、男は必死だった。そして……、男は魔王となった』」
「…………」
努力は実となる。それが伝えたいのだろう。(ムリヤリそう思うことにした)
エンドーが不満そうな声を出す。
「でもよー、さっきの町もそうだけど、全然支配されてるっていう感じがしねーんだけど?」
たしかに、エンドーの言うとおりだ。臨場感がないんだよ、このゲーム。
「それは夢のお告げです。あなたたちは夢のお告げによって、魔王のたくらみを知り、それを阻止するために戦いを決意したのです」
「夢なんて見なかったけど?」
おれが言うと、
「面倒くさいから省略したそうです」
あー、駄作だ、このゲーム。
おれたちは一本道を進んだ。
妙な視線を感じるのは、案内人や制作者に見られているからだろうか?
いや、そうではなかった。
「グアゥ!」
「誰だ? 吠えたのは。エンドーかー?」
エンドーに言うと、足を蹴られた。
「じゃあ、ヨッくん?」
今度はゲンコツ。
「ぼくでもエンドーでもない」
ヨッくんが短剣を取り出した。
「グオァ!」
「ガアゥゥ!」
「グルル……」
突然、おれたちの目の前に、木のこん棒を持った、二足歩行の牛のようなブタのようなモンスターが、三体現れた。
……なに? 襲撃? え、いきなり?
「この型のモンスターはRPGで、序盤からよく登場するやつだ。名前は、何種類かあるが、一番一般的なのが――」
エンドーが解説してくれる。
ふむ、ムダな知識ばかりつけおって……。
「でも、普通にその名前を使っては面白くないから、オレが命名する。こいつは『デカブー』だ」
ビシッと、モンスターを指さすエンドー。
……ツッコミ入れるべきか?
「グオァ!」
「ガアゥゥ!」
「グルル……」
ご親切に『デカブー』三体も……。
武器持ち相手に素手で戦えと? アハハハハ……。
笑えねぇ……。
「ゲームっぽくなってきたな」
と、おれ以外の(武器所持の)二人は喜んでいる。
「いきなりゲームっぽくされても困るぞ。とくにおれは!」
「いくぞぉ!」
「グオオァァァ!!!」
……やる気満々やな……。おれ以外。
またアザが増えそうだ。
さっそく『デカブー』の一体がおれに向かって突進してきた。
そいつはおれよりも背が高い。つまりおれのほうが小回りがきくということだ。
おれはすばやく、デカブーの脇をすり抜け、背後をとった。
「グオォ!?」
「うらあぁ!!」
力いっぱい振った拳は、ビシッ!と、デカブーの背中を打った。
「…………」
[効果はないようだ。]
という文字が表示された気がした。
「グオァ!」
ズガン!と大きな音をたてて、今度はこん棒がおれの足元の地面を打つ。
お強いですなぁ……。
なす術ナシ!
あとの二人も、少し離れたところで戦っている。
ここが現実の世界なら、戦い方はいくつでもあるのだけど。
石を投げたり、砂をかけたり……。
だが、ここではそういう設定がされてないかぎり、それは不可能。ここがもっと、リアリティーのある世界なら……。
とか考えていても仕方がない。
デカブーが振り下ろしたこん棒を足場にして、今度は顔面に蹴りを入れる。
「オアァァッ!」
おっ、これは効いたか?
チャンスだ!
続けてこん棒を持つ腕―― 手首にかかと落としをする。
デカブーは短い悲鳴をあげて、こん棒を手から落とした。
顔面に何発かパンチを食らわし、敵が落としたこん棒に手を伸ばす。
「重っ……!」
その武器は、軽いと思いきや、ずっしりとしている。5キロ以上はあるだろう。
だが好都合!
おれはこん棒を両手で振り上げ、デカブーの頭めがけて振り下ろした。
「グガアァァ!!!」
デカブーは倒れた。おれが勝ったのだ。
ほとんど同時に、ヨッくんとエンドーのほうもけりが付いたらしい。
おれたちの勝ちだ。
「ふん。意外、弱かったな」
余裕の表情のエンドー。
おれたちはまともなケンカなんてやったことはない。やったとしても子供の頃の小さな争いくらいだ。
自分たちの力が想像以上のもので、みんな驚いているのだろう。
しかし、一人うかない声の案内人。
「みなさん……。聞いてください」
いい気分を壊されたおれたちは、無愛想に「どうした?」と返した。
「いえ…… 実は……。そのモンスターなんですけど……」
「……まさか、これも?」
おれの予感は的中した。
「そうです。それもおそらく、セルヴォです……。セルヴォが感染したプログラムです」
「やっぱり」
というのも、戦いの最中、なにか違和感があった。そのときはそういう設定なのかと思ったが、リアルに痛みを感じているような悲鳴、触れた感触。
セルヴォは血を流し、痛みも感じるのだろう。おれたちと同じく。
「はっ! みなさん! この先の町へ急いでください!」
案内人が何か気付いたようだ。
おれたちは訊きかえすこともせず、言われるままに走った。
手に入れた武器が重い……。
息を切らせながら町に到着したおれたちの目の前では、惨劇が起こっていた。
ここはさっきの町よりも数倍大きい。おれたちが立っている大通り、その向こうには小さく噴水が見える。両脇に建物が並ぶ道は、豊かな観光地を思わせる。
しかし、そのどこを見ても平和というものは微塵も感じられない。
逃げまどう住民たち。武器を持った様々なモンスターたちが、住民を襲っている。
さっきのモンスター『デカブー』のほかに、ゲームでよく見る、ネバネバした生物、それと二足歩行のオオカミのような生物。
「あれは、『ネーバ』と『ドッグ』だ」
エンドーは、早くも命名に飽きたようだ。
「ゲームらしくなってきたじゃ――」
「もうええ」
おれはヨッくんの喜びの声をさえぎって、案内人を呼んだ。
「やはり、こうなってましたか……」
走ってきたおっさんが、『ドッグ』のナギナタの餌食となった。
血を流し倒れるその光景は、まさに人殺し。
おれたちは建物の陰に身を隠した。
「まさか、あのセルヴォモンスターって、かなり危ない?」
ヨッくんがあたりまえのことを案内人に訊く。
セルヴォがセルヴォを殺す光景を見て、恐怖を感じたのだろう。おれも怖い。
「当然です。あれらはもう、一つ一つの意思。こちらから制御がきかないうえ、あなたたちも殺されますよ」
「…………」
それを聞いてため息をつくおれたち。
なんだか、とんでもないことになってきた。
さっきまでの平和な気分が一気にぶち壊れた。