07:異質の世界
占い師の家から、おれたちはとりあえず町へもどった。
案内人の話。それをあんな場所で聞くのは嫌だ。
公園のような場所で、おれたちは立ったまま向かい合った。(ベンチに変なおじさんが座っていたから)
「さあ、教えてくれ。お前がおれたちに話があると言っていたのは、このことと関係あるんだろう?」
「はい」
おれの質問に、案内人は素直に返事をした。
「プログラムは血を流さない。っていうのは?」
これはヨッくんの質問。
「それは、殺せるプログラムと、殺せないプログラムがある、ということです。殺せるプログラムというのは、モンスターや、その他敵キャラ。殺せないプログラムは、テレビゲームでも同じで、住民キャラたちのことを言います」
「殺せないようにできてるキャラは、どうやっても殺せない。ということだな」
エンドーが簡単にまとめた。
「そう、しかしあの占い師は……」
設定されてもないのに、血を流して死んでいた……。
「原因はわからないのか?」
おれの質問に、案内人は、
「おそらく、これは……。『知能プログラム』が原因でしょう」
「なにそれ?」
「『知能プログラム』は、わたしのように高い知能のプログラムです。といっても、それはまったく異質なものですけど……」
おれは乗り出すように反応する。
「異質とは?」
「プログラムではない。と言ったほうが正しいかもしれません。数年前、制作者の管理するコンピュータに突然入り込んできたそうです。ウイルスではない。未知のプログラム……」
案内人がミステリアスなBGMを流した。(正直、雰囲気壊れた)
「そのプログラムを、『頭脳』と呼んでいます。そして、セルヴォを分析し、それをもとにつくられたのが、わたしです」
「でも、さっきはお前とは異質だって……」
案内人は自分をプログラムだと言った。でも、その『セルヴォ』はプログラムとは異質……。
「しょせん、真似てつくられただけの…… 出来そこないです」
「…………」
「どこが出来そこないなんだ?」
ヨッくんが怒ったような口調で言った。
「もし、制作者がそう言っているのなら、自分の力でお前以上のものをつくれるというのか?」
「吉野さん……」
え……? 今、ヨッくんは案内人のために怒ったのか……?
案内人が質問してきた。
「キャラクターを『意思』というプログラムで複数動かすとして、個々を一つ一つの意思として活動させるのと、親となる意思プログラムに、全員を操作させるのと、どちらが効率的だと思います?」
どちらが、か……。難しいな。
おれはしばらく考えて答えた。
「個々に活動させる場合、コンピュータの容量がオーバーするだろうな。対して親となるものがすべてを操作すれば、一つの頭脳だけでいいわけだ。だが、それ自体が破壊されると、すべてが壊れる。理想的なのは前者だ」
「そういうことです。本来、プログラムというのは、コンピュータなしでは活動できないものです。すべては『親』となるコンピュータがすべてを動かします。しかしそのプログラムを実体化、個々の存在として活動できる世界を見つけたのです。でもプログラミングできる大きさにも限界がある。つまり、わたしは大きすぎるんですよ。セルヴォのように複数が『意思』として活動できないんです」
おれは案内人の説明の一節一節を、頭の中で分析するが、おれの頭のほうが情報量オーバーしてしまいそうだ。
……よくわからないけど、どうやってもプログラムはプログラムでしかないってこと……?
「セルヴォに関してはまだまだ不明な点が多いんですよ。どこからか入り込んでくる未知の『生物』。しかもそれは……、さっき確信したんですが、単純なプログラムに感染して、プログラムをセルヴォに改造してしまうんです」
あの占い師の件か。
「セルヴォは血を流すんでしょ? それってまるで…… 人間……?」
言って、ヨッくんはつばを飲んだ。
そう、セルヴォの性質はまるで人間だ。
じゃあ、おれたちは?
「案内人、おれたちの、今のこの体って、なんなんだ?」
「安心してください。その体は人間です。そもそも、この世界はコンピュータの中、というよりも、そういう世界の中なんです。人間の構造がセルヴォに近い、なんていうのは考えがたいですが、この世界は人間を受け入れた」
「…………」
案内人の話は、おれたちにとって、とても興味深いものだった。
プログラムもセルヴォも、そして人間も、本当は同じものなんじゃないのか?
案内人の話は終わった。
落ち着いた頃、ヨッくんが口を開いた。
「案内人……」
「なんですか?」
「ぼくの今の考えでは、いますぐにでもぼくたちを、もとの世界にもどしたほうがいいと思う。ぼくが制作者なら、そうするよ」
「残念です。実際の制作者は、そんなにもあまくないですよ。最後までプレイさせて、セルヴォの研究を続行するそうです」
「…………」
冷たい風がふいた。
「魔王討伐か……。でもどうやって情報を得ればいいんだ?」
キーパーソンとなる(と思われていた)占い師も死んだし……。
「しかたありませんね。わたしが案内します。次はこの町から東へ進んでください」
あっ、重要なことを思い出した。
「魔王を倒す『聖剣』とかはないの?」
「ありません」
あっそ……。だと思ったよ。
「それじゃあ、まずは武器の入手か」
おれが言うと、
「ぼくは持ってるよ」
ヨッくんがベルトから、金色のさやに収まった短剣を取り出した。
「屋敷から持ち出した」
「…………」
このボンボンが……!
武器があるなら墓地での戦いのときに出せよ!
ということは、武器がないのは、おれとエンドー――
「おれも持ってる」
エンドーが後ろに手をまわした。
……はいぃ?
エンドーちゃんも持ってるの〜……?
「これだ」
エンドーが“見覚えのあるハンマー”を取り出した。
ああ、それは間違いなく“見覚えがある”ぞ。
ヨッくんも目が横棒になっている。
これは、占い師の死体が握っていたハンマーじゃないか!
「どうかしたか?」
エンドーがなにくわぬ顔で、呆れて黙り込むおれたちに声をかける。
おれは咳払いをし、見えないマイクを口に当てる。
「業務連絡ー、業務連絡ー。エンドーくん、エンドーくん。今すぐそれを返してきなさい!」
エア放送を入れるおれを、エンドーは驚いた顔で見た。「なぜ!?」と言いたいのだろう。
いや……、おかしいのはお前だし……。
ヨッくんも恐れるような目で、ハンマーを見ている。
「それ、一応遺品なんだけど……」
ヨッくんの言うとおりだ。遺品=いわくアリ、だ!
「まー、いいじゃん?」
そう言うと、エンドーはそれを後ろにしまった。
ああ……、エンドーの変人ぶりが発揮されてきた……。
それが本来のエンドー(こいつ)なのだけれど……。
って、おれひとりだけノーウエポン?
ヨッくんとエンドーが、捨て犬を見るような目でおれを見る。(エンドーにだけはそんな目で見られたくない!)
おれはまわりを見回した。
「おい、そういえばエンドー、ナタ使ってたな。どこにやったんだ?」
すると、二人に今度は、不審な眼差しを向けられた。
はいはい……。ナタなんかで攻撃するのは人道に反すると言いたいのだろ?(だからエンドーがおれをそんな目で見るな!)
武器は現地調達することにしよう。
「じゃ、せめて薬とか買えないの?」
さすがにそれはあるだろう、と思い、案内人にたずねる。
「買えません。ていうか、プログラムの薬で、人間の傷は癒せません。ついでに言うと、お金もないですし、その他、数々のアイテムもありません」
「…………」
断言しよう。
『これはRPGではない!』