第98話・宝塚スターのなりきりレッスン、仮想レッスン
毎度、私個人としての感想で恐縮ですが、この世は個性の多様性の容認に対して「昔よりはマシ」 という形容詞がつくと思っています。マイノリティであっても「昔よりは」 生きやすくなったはず。あくまでも個人としての感想で、まだまだだと怒る人もいるでしょうが、風通しの良さは感じます。特に芸事で。今回はその話。
先生に認めてもらわないと教えてもらえなかったフェッテのやり方も、現在では大人バレエでも普通に教えてもらえます。主役しか踊れないヴァリエーションも、ポワントすら履いたことがないまるっきりのド素人でも、希望すれば教えてもらえます。怪我は自己責任ですが。
とかく踊ったモノ勝ちで楽しいわ~、というのが優先されている時代です。私のような地味に生きている人間でも踊ることを楽しめる。毎日踊れる生活ではないし、上達もないけれど、それなりに幸せです。
煌びやかな宝塚の世界も例外ではありません。あの舞台に上がるためにはまず宝塚音楽学校に入学しないといけません。入学試験は高倍率で千人前後の受験生のうち合格するのはたったの四十人。厳しいレッスンをこなし無事卒業して舞台に上がれば成功。しかしその中でもスターになれるのは一握り。
とかく芸事は気楽に楽しめても、本気だと楽な道はない。私は観劇者の一人として華やかな舞台に酔いつつその努力に惜しみない拍手をします。
こんな徹底的に地味な私でも、なんと元宝塚団員のレッスンを受ける機会がありました。今回はその記念に忘備録を兼ねて書いてみました。以上長い前置きを終えます。
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えーと……嗤わないでくださいね?
娘役、男役両方ともしました。
もちろん見るのとやるのとでは違うとは覚悟していました。事実その通りでした、と書くとエッセイが一行で終わってしまってさみしいので考察も書いてみます。
そこは宝塚にあこがれている人々のために開設されました。そもそも宝塚スターになりきったつもりで踊りましょう、という企画があり、一回限りで募集したら希望者が多く高倍率の抽選になったらしいです。私はくじ運がないので最初から応募しなかったけど、テレビでその様子が放映されていて、できることならば受講してみたいと望んでいました。
それから数年がたちました。都会に限りますがそういったスタジオが数か所できたのを知りました。その中でまるっきりど素人でもOK,単発の受講もOKのオープンクラスがあるのをチェック。念願かなって参加させてもらいました。
そこのお教室は、単なる宝塚ファン向けだけではなく、宝塚音楽学校合格を目指す若い生徒もおり、受験用の実践的なクラスもあります。
けれど、私はいつでも観劇する側。魅せる側としての華やかな舞台には縁がない。それでも時代は有り難い方に変わりました。それが最初の文面につながります。
私は宝塚が好きというわりにはスターや配役にはあまりこだわりがありません。ベルばらから宝塚好きになった古い世代なのでロココ調の華やかな衣装があり、かつスケールの大きい歴史ロマン系が好き。
そして派手なラインダンスが好き、特に宝塚を象徴する大きな羽をしょって踊るのを見るのが好き。でも特定の気に入りのスターはいないのでファンクラブには入りませんでした。嵌っている人から聞いたファン同士の上下関係の話で女社会ってコワいと思っていました。それより原作をチェックして舞台でどう変わったか、またバレエシーンはどんなふうに演じられたかなどそちらの方に興味がありました。私のようなファンは、同志を見つけるということはしません。一人でひそかに楽しむという感じで観劇も一人でチケットを取り、ひっそりと座ってひっそりと帰っておりました。
知人に朝から晩まで宝塚尽くしの生活をしていた人がいます。一日二回の公演をほぼ毎日鑑賞し、その前後はお目当てのスターの楽屋の入待ち、出待ち、時間があけばカフェに入ってファンレターを書いたり楽屋に差し入れをする。スター公認の筋金入りは、他のファンがスターに無礼を働かぬようチェックを入れるなどをしていました。私自身そういった集団行動が苦手なせいもあってその類の交流も皆無でした。だからこそ、直接元団員からダンスを教えてもらえるというのは本当に魅惑的で機会あれば生きているうちに必ず行こうと決めていました。
最初は娘役からスタートしました。一応長いドレスを用意したのですが、すそがきれいに広がらない普通のロングスカートを持参してしまい、はっきりいって役立たず。スタジオ付属のものを貸していただいてのスタートでした。常連らしき生徒さんはマイロングスカートをお持ちで舞台にそのまま出ることができるようなキラキラなものもあり綺麗です。そしてそんな私たちの目の前に元宝塚団員の先生がいます。しかも一緒に踊ってくれる。
目線、手の動き、足さばき、スカートさばき。たぶん素人でも大丈夫な優しい動きを教えていただいているはずだが、難しい。けど、楽しい。自然と笑顔が出てきます。ゆっくりとターンすると、それだけで自動的にスカートがふんわり広がってくれる。ふわっと膨らんでそれから足元にゆっくりとまとわりつくようにらせんを描いて落ちる。また回る、ふんわり、しっとり。時に宙を切ってさっと裾を捌く。手も足も動かす。笑顔で。これぞ娘役。私でも女子力少しはあがっているはず。テンションも。
興が乗ってくると先生が歌いながら踊る。やっぱり声がいい。レッスン場いっぱいに透き通るような美声が響く。さすが。
バレエ的にはプリエ、スグニュー、アチチュードの言葉はありましたが実演つきなので特に知らなくても覚えなくても大丈夫、第一これは、はっきりいって遊びです。
私を含めた生徒は遊びなので怒られることはない。上下関係もへったくれもなく、受験勉強もやっと入れた音楽学校や新人公演のつらさも何もかもすっとばして踊る。セリフも歌詞も覚えずただ公演のハイライトシーンを抜粋して踊る。つまり宝塚のいいところ取りを宝塚に縁のなかった私でも教えてもらえる。なんていい時代になったのだろう。
両のてのひらを合わせて頬によせ、体をななめにするシーンがあり、ここは踊りながら幸せを感じているシーンだなと思いきや、やおら先生が私の横に立つ。そして一言。
「素敵な男性の肩に寄り添っているつもりで踊りましょう」
そのさりげない言葉に私はショックを受ける。確かにこれは娘役の踊りだった。わかっていたはずなのに想定外の言葉。そう、徹頭徹尾一人で踊っていた私。うかつでした。そもそも相手がいるつもりで踊らないと娘役も男役も何もないではないか。
常連の生徒たちはそれがわかっているので踊りが艶めく。私も乏しい想像力を駆使して目の前にトップスターが私に熱い視線をくれると無理やり思い込もうとする。
先生が斜め前にきた。その手は男性に向けているつもりで差し出してくださいという。お手本に私の隣にいた人が指名されて前に出る。娘役から急に男役になった先生が、お手本役に手をからませる。お手本役、役得でうっとり。これぞ宝塚。いいなあ。受講してよかったなあ。終始楽しいクラスでした。
次いで男役。長いスカートはなし。特に持参するものもなし。こちらの先生も元男役をしていただけあって、上背もあり、背筋まっすぐ、生徒たちの前に立つと周辺が太陽のように明るくなる。このオーラ。これぞ宝塚。元がついても未だ現役で舞台に立つ先生です。こんなに間近にしかも踊りを教えてもらえるなんて有り難い。
さあ、生まれて初めての男役だ。私は姿勢を正す。ただ特筆すべきことはレッスン風景を録画なさっていること。とまどっていたら、先生が笑顔で、あなたもどうぞ~。ここに置くといいわよ~とおっしゃる。写真は撮るのも撮られるのも苦手ですが……というにも華やいだ雰囲気を壊すのもアレなような気がして置きました。プチ発表会のようです。緊張してきます。
背筋を伸ばして踊りますが、レッスンなので超短いシーン。ひとしきり踊ると舞台袖に一度ひっこみ、小道具を持って再度舞台中央に、次いで花道に出てくるというシーン。花道はレッスン場にはないが、仮想して踊る。時間にして数分。それだけでもかなりの体力を使うことがわかり、私はうまく息づきができなくてぜいぜい言う。こりゃ私は絶対に舞台にあげてもらえませんね。宝塚の団員はこれを一日二公演、重い衣裳や羽根しょって踊っていたのか。体力勝負で若くないとできないや……といろいろと考えながら踊りました。
先生は基本注意はせず、私について楽しく踊ってねという感じ。録画を再生して気づきましたが私はバレエの癖がもろに出て、先生が手をあげても鏡、つまり観客の方を向いて大見えを切っているのに、私は手の先を見ている。逆にバレエをしてない他の生徒たちはちゃんと先生のいうとおりのことをしている。バレエ癖怖い。
ハイライト、花道を歩くのを想定するシーンがあったが、私は踊りながら歩くことができず、もたついている。先生はハメルンの笛吹の人みたいに、生徒を見ながら踊って歌って指示を飛ばす。
「さあっ、ここでターン」「ここで小道具を振って」「手は斜め前~」「後ろを向いて、手は上」「全身を斜めに傾けて」「リズムに乗って飛び跳ねて」
……はあはあ……ぜいぜい……
怖いもの見たさで何度も再生する私……一応笑顔だけど踊りとしては全然ダメ……テンポも悪く、もっさりとした踊りを踊る私の録画を消そうかどうか今でも迷っているが、先生の掛け声というか激励の声が嬉しい。次の機会がいつあるか不明だけど、次回にうまく撮れるまで、一応おいておこうと思いました。ともあれ、参加してよかった。楽しかった。何度も書くけど宝塚の人はコレを一日何度もしていたのね。ドレスも羽つき衣裳も着替える事すら重労働。歌って踊って飛んで跳ねて何度も着替えてまた歌って踊って飛んで跳ねる……これに化粧が入ってファンサービスもあって、先輩後輩への気遣いも入って……私にはとてもできない。楽しい踊りのシーンだけ教えてもらって幸せな気分になる。舞台にあがるとこんな感じとシュミレーションできただけでも、貴重な体験でした。参加させてもらって感謝しかない。ほんと、いい時代になったと思います。




