第95話・パ・ド・ドゥ (Pas de deux) の話・後編
私がパ・ド・ドゥレッスンにあこがれるのは、バレエレッスンの究極のぜいたくだと思うからです。バレエに縁のない人はその感覚がわからないかもしれません。全幕ものでグラン・パ・ド・ドゥのイメージしか持ってない人はそうなるかと思います。
グランという単語が再度出ましたのでちょっと横道にそれます。グランは大きいというフランス語で、大がかりなパ・ド・ドゥということです。全幕もののクライマックスに出ます。フランス人の振付師、マリウス・プティパが形式化して以来クラシックバレエといえばこの振り付けとなっています。
それまではバレエは昔から娯楽としてあっても、パ・ド・ドゥやリフトはなかったそうです。つまりバレエ自体はイタリア起源として十五世紀つまり約六百年前にはすでに貴族の娯楽として存在していましたが、パ・ド・ドゥ自体はわずか百年と少し前に整えられたというわけです。古典といわれても進化していっているのがよくわかります。
さてプティパが整合したグラン・パ・ド・ドゥですが大きく五パターンあります。主役級男女が踊るものです。
一、アントレ(Entrée)、、、舞台に入ってきて挨拶しあうだけで短い。
二、アダージョ(Adage) 、、、ゆっくりした曲で二人で踊る。
三、男性ヴァリエーション、、、男性が一人で踊る見せ場。ジャンプやピルエットなどのテクニックも多い。バレエコンクールでよく踊られます。この時の踊りで観客はダンサーの力量がよくわかります。
四、次に女性ヴァリエーション、、、女性が一人で踊る見せ場。これもバレエコンクールでよく踊られます。三と四、順序が違う場合も公演によってはあります。。
五、ラスト、、、男女二人で踊る コーダ(Coda) 通常はテンポの早い振り付けになります。これがクライマックス中のクライマックス。ダンサーにとってはラストスパート。高度なテクニックがここぞとばかりふんだんに出されます。振付家も一番力を入れるところです。
クラシックバレエは男女の性差を感じるものでもあります。特にリフト。男性が女性を上にあげてポーズをとらせたり、より美しいポーズが採れるように介添えではないが、協力し合うという感じになります。男性の役割は重要です。
リフトの振り付けが多用されると舞台がより立体的に見え、物語性が強調されます。近年はなんでもありなので、男性同士のパ・ド・ドゥもあります。いずれ女性が男性を持ち上げるのもアリかとも思います。奇をてらうのではなく、ストーリー的に必要性があれば観客もすんなり楽しめると思う。例えば私は母親と息子のパ・ド・ドゥで母親役が息子役を持ち上げるのもいいと思っています。もちろん美しいポーズの連続でないとバレエにはならぬので、その辺は振付家の腕の見せ所ではあります。私もバレエの進化をできるだけ長生きしてみていきたいと思っています。
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次は技法としてのパ・ド・ドゥです。大人バレエ生徒の私がまとめたものなので抜けなどがありましたらご指摘いただきたく思います。また技術名ですが、クラシックバレエの世界が狭すぎるせいか、正式名はありません。たとえば泳ぐ魚のように背中をそらせた女性をリフトするなどはフィッシュポーズという人が多いですしそれで通じますが、これも正式名ではなく、正式名自体がない。しかもバレエ団によって呼び名が違うそうです。ですので、いろいろ種類があるのね、と気楽に読んでいただけましたら幸いです。
パ・ド・ドゥの技法を大きく五つに分けてみました。
① プロムナード、、、、日本語の直訳では散歩とはいいますが、パ・ド・ドゥでは、男性の手の上に女性が手を置いて歩く、もしくは女性は動かないでポーズをとったまま、男性の肩や腕に手を置く。その場合、男性は女性をエスコートしながら女性周りを歩く。女性はポワントを履いていますのでそのまま男性の動きにあわせてポーズを固定もしくは少し変えながらそれでいて自ら歩かない。
いろいろなパターンがあります。プロムナードが終わると女性はより大きくアラベスクの角度を高くするなど、はっとする印象的なポーズを取ります。プロムナードは振付家にとって振り付けの緩急、めりはり、盛り上がりをつけるための重要な部分で軽視はできません。
② バランスの介助、、、、介助とは変な言い方で語彙の選択が不適切かもしれません。男性が女性の片手、もしくは両手、もしくは腕をとり、より女性が大きく足をあげられるように軸を固定できるようにしています。つまり美しいポーズをとれるよう手助けしているようにみえます。
このとき男性は女性の手を握るか、手首をつかんだりします。私は大人バレエだけどパ・ド・ドゥクラスを受講して実際にやってみて、女性は男性に寄りかかっているのではない、女性は自力で踊っているのだと身に染みてわかりました。男性に踊らせてもらうのではない。男性がついていると上手に踊れるというわけではない。自力で踊る。男性とは呼吸をあわせて一緒に踊る。
結局は基礎レッスンの積み重ねです。
やっぱりパ・ド・ドゥは主役級の上手な人がやらないとサマにはならぬと思います。大人バレエでパ・ド・ドゥを実際にやれば難しさを実感する。が、楽しいので普段のレッスンもよりがんばろうと思えてくる。モチベーションあがります。握っているバーを男性の手だと思うのです。私の場合、そういう意味で基礎レッスンへの意識が変わりました。無謀な挑戦でしたが、参加してよかったと思っています。
③ 回転の介助、、、、これも介助という言語が不適切かも。ヘルプも変ですが……。
男性が女性の腰を持ち、ピルエットの回転をより多くしたりするもの。腰ではなく女性が男性の指を握って、頭上にもっていき、一人で回転するパターンもあります。これもいろいろな技法があります。
一番ポピュラーな腰のサポートですが、男性がぱっと手を放して見えを切るシーンもあり、結局女性が一人で自力で回らねばなりません。しかし、観客には男性に踊らせてもらっているようにみえます。クラシックバレエは男性優位に見せかけて実は女性が優位だと思います。その分、男性は女性にできない跳躍や特殊な回転などができる。それもあって、クラシックバレエは男女の性差がより強調される。舞踊としての特殊性がこれでうかがえると思います。
④ 上にあげられるリフト、、、、よいしょ、ではなく、すっと上にあげられ、女性は優雅なポーズをとる。これぞパ・ド・ドゥの見どころでもあります。男性の肩に座るポーズもある。頭上高くあげられつつポーズ。
基礎ができていることは当たり前でかつ軸が一定にならぬと二人ともポーズが崩れてパ・ド・ドゥが崩壊してしまいます。このときに男性は女性の体重をもろに両腕や肩に受けるので、体重過多なバレリーナは嫌われます。男性はポーズをとったままの女性を頭上や肩からそのままの姿勢で卸さないといけません。女性の美しいポーズを崩さずに床に下ろすということは、女性の体を離しながら腕を伸ばして下ろすということです。男性の腰や腕に負担がかかるところでもあります。うっかり素人の男性がやると腰を痛める原因ともなります。息をあわせる練習が何度も必要です。
このリフトに男性数人がかりで女性をあげる技法もありますが、息があわぬと女性の肋骨に指がめり込んで骨折したり、受け止め損ねて女性が転んで怪我をします。また女性を一度リフトしてからそのまま女性を空中で放り投げるシーンもあります。結構乱暴です。練習時から双方の気配りができていないと大変危険です。
これをやったことのあるプロに伺ったら、最初は数人がかりでマットレスの上で練習したといいます。初めての時は役ではないダンサーたちも出てきて遠巻きに見つめられたとか。心配だからではなく、いずれ私もと思って勉強のために見に来たのでしょう。怖がったりすると役も下ろされる。海外ではプロでも振付家がイメージが違うと思われるとすぐに役を交替させられるので、代役ゲット……そういった下心もあったかと思われます。プロは公演を成功させる同志でもあり、ライバルでもあるというエピソードですね。
リフトの失敗が怖いと思うとよけいに怖くなる。相手を信じるしかない。バレリーナも命がけです。いずれのシーンも観客が夢中になる美しさですが、そこまで行くには男女ともかなりの修練を積まれています。
⑤ 下でやるリフト、、、、女性が立ったまま、横に倒されたりします。フォーリングといいます。その倒れこんだ状態で移動したり、反復したりします。また男性の膝に乗って女性の背中をそらし足は空中にあげるポーズなどは特に有名です。眠りの森の美女のクライマックスのフィッシュダイブポーズのことですね。日本語直訳で魚飛び込み姿勢。これは男性に向かって微笑んだかと思うと、ぴょんと飛び込んで足を空中にあげる。観客としても見て楽しいポーズです。一度練習時に男性の膝からずり落ちて、両手を床についてしまったオーロラ姫も見ました。一歩間違えると床に顔面をぶつけてしまう。息をあわせぬと思わぬ怪我もしますし、大変だなあと思いました。これも練習あるのみ。
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バレエ教室でレッスンに励み、無事発表会でパ・ド・ドゥを踊れるようになった人は幸運です。しかしながら常時パ・ド・ドゥレッスンをしているわけではない。あるダンサーのインタヴューに日本人のバレエ教室出身者は海外のバレエ団では不利だとおっしゃられていました。どういうことかと思ったら、バレエ団に入団したらどの振り付けでもすぐに踊れるようになるべき。日本人はコールドはできるが、パ・ド・ドゥのリフトなどには慣れていないので、プロではすぐできる人に役が回ってしまうといいます。プロになると、誰も教えてくれないということです。だから主だった国立バレエ団にはバレエスクールがあるのです。そこでは生徒はパ・ド・ドゥの技法を生徒のうちから学ぶ。その国のバレエ団に上がれなくとも、別の国では即戦力になれます。そういうことですね。
私はその記事を読んでなるほど、と思いました。バレエの世界は広いようでも狭いのです。そしてプロとして舞台上で踊ることのできる年齢は限られています。大人バレエでのんびり踊ることができるのは幸せですが、プロとして踊るならば日本でもコンクールで受賞を目指すとともに即戦力になれるようパ・ド・ドゥレッスンの経験も積むべきでしょう。これは実際のバレエ団員しかもプリンシバルが発言したので重みがありました。私としてはやはり日本人にはがんばってほしい気持ちがあるので、大変だろうけどプロ志望の人、どうぞ怪我のないようコントロールしながらもパ・ド・ドゥの技法も学んで活躍していってほしいと願っています。




