第89話・あるワークショップを受けての感想
先日私はあるワークショップにいきました。通常ワークショップは、研究会やセミナーともいいますが、バレエレッスンにおいては、そのお教室外から講師を呼んで特別にレッスンをつけてもらうことをいいます。
私は、大人バレエ、しかも単発で受講したい。といえば、選べるほどない。でもさがせばあるものです。誰でもOKのところがありまして、一度限りの受講のお許しをもらいました。講師は日本人ではなく、海外からそのお教室の主催者先生が呼び寄せた人、そして知る人ぞ知る人です。
ここは小説サイトなので、小説風、文学的にいいかえます。私は「直木賞選考委員に自作の小説を見てもらう」 ということをしました。これは通常はありえないことです。
今回はつまり「バレエプロ選抜に携わる権威のある人に大人バレエを見せた」 ということです。
クラシックバレエはめちゃくちゃ狭い世界でもありますので、この書き方一発でこの先生がだれかお分かりになった人もいるでしょうが、まあ、私個人の忘備録として談笑がてらお読みいただけましたら幸いです。
一応そのワークショップは若い人向けで夏休みを狙い数日間連続ありまして、それを全部受講するのが当たり前な感じです。それを大人バレエの人もOKにするとは……主催された先生の懐が深いともいえ、年齢や経験年数で参加者を制限するところが多い中、私にとって大変ありがたい。誰でもどうぞ体制なので、参加者も私のような大人バレエの他、小学生初心者まできていました。
バーレッスンは世界共通でそれはなんとか。先生は中央の目立つところ、鏡の前には、最初からあなたはここよ、と立ち位置指定をされました。いえ、私ではないですよ。メインというかプロ志望のそのお教室の生え抜きの生徒さんですね。何回か来ておられるので、顔なじみの生徒もいるようです。彼女たちをメインに指導している感じ。
日本語専門な私をはじめ大部分の生徒たちは先生のおっしゃる言葉はわからない。それを翻訳してくれる生徒も若干いました。現役プロも翻訳補助です。この人は一番目立たぬすみっこにいらっしゃいました。私と同じく単発で受講している大人バレエの人が「いまこの部屋にいるの、超豪華メンバーですよ」 とおっしゃっていました。プロ、コンクール受賞者さんがいたわけです。
メイン生徒を見やりつつ、バーレッスンについていくのがやっとのおチビさん生徒や、私のような大人バレエにもちゃんと一人ずつ言葉をかけていただけました。簡単な日本語も話されます。でも日本語は難しいらしく、上! といいたいところを、横デス! となって、皆、「?」 となる。
で、言葉がわかる生徒が何かいって「上!」 と言いなおされて、という場面もありました。本当はもっと厳しい指導をつける人なのだろうと思います。
バーレッスンはバーにそって並んでやるものなので、先生も平等に声をかけやすいようです。小さな子供には膝をまげて姿勢を矯正し、私にも肩を抑えて直してもらいました。私はバランスをとるときに、そっくりかえっているようにみえるらしいです。気をつけているのですが、どうしてもそうなっちゃう。反省。
最初はゆっくりですが、だんだんとバーといえどもハイレベルになってくる。中央にここで位置を指定されたメイン生徒というか目立つ生徒には特に厳しい視線がいく。鏡の前にいて、ポーズに不備があると、さっと近寄り、ばしっと生徒の腕を薙ぎ払う。なんというかルパン三世に出てくる五右衛門の斬鉄剣を思い出しました。あんな感じ。痛い目にあわせるのではなく、腕の下にある空気を切るのです。こんなの初めて見た。そこは手を置く場所じゃないってわけです。動きをとらえる目の速さに驚きます。
アチチュードの時はちゃんと生徒の足を痛めないように両手を使って矯正。片手は膝上で、もう片手は足首を、しかも握りしめはしない。両方のてのひらでポーズの矯正をしていました。同時に講師と生徒で鏡を見る。バレエに鏡は必須です。私はバレエアニメなどで、めちゃくちゃな指導シーンを見ていますので、今後バレエ映画やバレエアニメを作成する場合、スタッフさんは特にこういうのをちゃんと見てほしいです。生徒の足を痛めさせては講師失格なんですよ。アニメで見て子供同士のバレエごっこで真似したらどうするのって思います。
驚いたことにセンターでも一番後列にいる私にも声がかかりました。もう一生の思い出にするので書いてみる。オールレベルOKのところだったので、前列は複雑なパ(踊り) をやらせ、後列は大人バレエや初心者でそれを優しくしたもの。で、同じ曲でやる。バレエスクールでは、同じレベルや年でクラス分けするところが多いですが、できる先生はこだわりなく一緒にやって生徒のレベルに応じた注意ができるものですね。
手と足をあげた変則的グランバッドマンで角度を変えたアラセゴンド。突然先生が「ソコッ」 といいました。先生の目がまっすぐ私を見ている。ま、まさか……最後列ですよ……。離れているのに、先生が私を見ながら、手と足を自分でさっと挙げて何事かをいう。せっかくの注意なのに、おっしゃっている意味がわからない。呆然としながらも、手の角度が悪いのかと思って私ももう一度斜め上にあげてみる。先生は首を振って、先生の片手をあげた手をもう片方の手で指差した。バレエピアニストさんの手も止まり、広いレッスン場がしーんとする。
……うっ、レッスンの流れを乱しまくる私。どうしたらいいのだろう……すると見かねたのか、最前列にいた少女が通訳してくれました。
「足を出すのが早すぎます。先に手を出してそれから足をあげてくださいって」
そっそうか! グランドバドマンは、勢いをつけて脚を高く上げるのですが、私は瞬間芸のようにぴっとあげてすぐにおろしちゃうから、それかな! もう一度やったら、先生が首を振る。私の気分は急降下。先ほどの即席通訳少女が母親の年齢以上の私に向かって恐縮しながら言葉を付け加えてくれた。
「あの、同時にあげているようなのもダメって」
私は手をさっとあげ、コンマ数秒遅れて足をあげる。
「ソデス」
先生の声が聞こえて心底ほっとする。それから先生の注意は前列の生徒に行く。私は少女にお礼を言いました。少女ははにかみながらも首を振り、すぐに最前列に戻って五番の足にし、さっと彼女も足をあげる。そのポーズを見て、まだ十代前半ぐらいなのにやっぱし上級者だったかと思う私。先生の言葉もちゃんと理解しているし……本気でプロめざしてるなと思う。彼女にも注意はいったが、やはりハイレベル。
続いて当たり前にアチチュード、パンシェ、フェッテ。難度の高い振付が、楽々とできているように見える人たちほど厳しい注意が行く。こういう地道なレッスンの積み重ねでバレエの歴史が作られていくのだという一コマでした。正確に踊ろうとするほどバレエは難しいし、注意も厳しくなっていく。
ほんと、今回私は大人バレエでいながら、そういう世界をかいまみることができた。大人バレエでもせっかくレッスンに来てくれたと思って一人一人に注意した著名な先生に、そしてこういうワークショップに大人バレエの私に参加を許していただいた先生に感謝いたします。




