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第79話・あるオーディション見学

 クラシックバレエではなく創作ダンスのキャストオーディションです。私も全くの部外者でもないし、これからバレエのみならず舞台に出たい人なら何かの参考になるかと思って書いてみます。

 私は選抜する側でもないし、選抜される側でもない。あくまでも傍観者視点ですけれど。


 さてオーディション予定を知ったのは本当に偶然です。見学の許可はもちろんいただきました。その辺りまで書くこともないので飛ばしますが、クローズドなのでオーディション会場はこちら、の案内板や掲示板もなし。部屋にも入り口にA4サイズ一枚の紙に○○オーディション会場受付というこれといった特徴もない紙が貼ってあっただけ。それも途中のトイレ休憩にたったときには、もうはずされていました。防音もあるので、ぴったりと閉ざされたドアは内部でなにがおこなわれているかわからないようになっています。来年の舞台の出演者を決めるのにこんなふうに準備されているのです。


 部屋には窓がありますがカーテンで閉じられています。会議室でよく見かける細長い折りたたみの机が一列に並んでいます。おおきなオーディオがあって、音響係らしきラフなジーンズ姿の男性がウロウロしています。床のすみには長い延長コードらしきものがあります。オーディションでも結構本格的です! 応募者さんたちも部屋の壁ぞいにスタンバイ。胸元にはガムテープにマジックで番号を書かれたものを湿布薬みたいに貼っています。何気に私も緊張してきます。でも高校や大学の受験とは全く違いますね。

 入試や学力テストならば、机一個につき人間の上半身が順序良く並んでいるものですが、舞踊のオーディションは、ばらばらです。紙や鉛筆不要ですものね。整列すらしていません。ストレッチをしている人あれば、素直に膝を抱いて座っている人も。指定レオタードなんてないので、思い思いのダンスウェアもしくは動きやすいラフな格好。オーディションは、こんな感じなのでしょうか。

 バレエで勝負する人、得意な人は服装でわかりますね、やっぱり。地味な無地のレオタードにパンツ、それと手足を動かす動きで。逆にヒップホップ系はごく普通の格好でわざわざ着替えたりもないのではないかなあという感じ。年令はさすがに皆若いです。お肌もツルピカできれい。応募者は踊る仕事をしたくて集まった人々です。それを思えば私は十代二十代、勉強と仕事しかしてない。それなりに充実していたので後悔はしてないけど、もっと時間を上手に使ってもっと踊っていればよかったと思う。

 その雰囲気に、場違いな背広ネクタイ姿の男性数人が入室してきました。興行主催者もしくはその代理人ですね。秘書や記録係らしい女性も。受付にいた女性も何やらファイルを抱えて入室。

 さあ、もうまもなくです。最後に一人の人間が入室してきました。ラスボスではなく、メインの振付師さんですね! バレエ団員の経験ありのプロです。と一気に応募者さんの雰囲気が変わりました。空気がピキーンと張り詰めました。

 そこらあたりの空気って色も形も文章で表現しがたいですが、本当に明確に変わります。発表会の舞台出演十秒前の空気と似てるといえばわかっていただけるでしょうか。


 まず選抜者さんたちは横長に一列に並ばされました。学校ではないので、ゆるい一列です。応募者たちも腕を組んだり、膝をゆっくりと曲げたり伸ばしたりしながら並ぶ。そのあたりは自由業のラフさが表れています。男女混合、背丈もばらばら。順番に名前を呼ばれ、机についた選抜者は手元にある(多分応募者のプロフィール) ファイルを見ながら照合されていました。本当にじろじろ見られます。応募者たちは平気です。舞台にあがれば不特定多数の人間に見られますからこれぐらいは序の口。穏やかな笑みを浮かべて見つめ返すのです。がんばれ。

 よく海外のオーディションシーン。映画でもありますね。ショー・タイムやフラッシュダンスのシーンを思い出していただけたら雰囲気もわかりやすいかと思います。

 

 選抜する側の先生が応募者を適度にばらけさせ、軽いストレッチを立ったまま二分ほど一緒にします。そのあと、いきなり振付をされました。バーレッスンなしです。ということはお前らストレッチも全部すませているだろ、という前提です。ストレッチをせずにはひざを抱えて座っていた人は身体が動かないのでは? それもお構いなしです。

 もともとバレエ畑出身の方の振付なのでバレエ畑の人に有利な振り付けでした。しかしピルエットは変則的なポーズから二回転、すぐに小躍り的な変則的ジャンプあり。それ以外は特に難しいパはないものの腕使いと足さばきは一部ヒップホップの手法を取り入れ重心の取り方が難しい。先生は行きつ戻りつの振付を応募者の様子を見ながらされました。

「ここまで。それでおしまいです」 

 それから音響の人に合図して曲を流されました。エンドレスな曲。テンポも速い。うわああ、応募者の振り落としはこうやってするんだなあ。振付、すぐに覚えないと。

 振付師はそれから机に戻ってペットボトルの水を飲みました。余裕ですねえ……対して応募者たちは一生懸命振り移しをやっている。あやふやなところがあれば机から先生が「そこはもっと重心を傾けてほしい」「首をもっとまげて。だけど前から表情が見えるように」 などの一口コメントが飛んできます。曲のあいまあいまに短く。机に座ったままで。しかし上半身だけを動かして指示していてもさすがプロ、ちゃんと絵になっているので感心しました。振付師=コリオグラファーは芸術家ですね。

 しばらくしてから、先生が言いました。

「じゃ、一人ずつ。番号の早い順で」

 さあ始まりましたよ。応募者さんたちは緊張のピーク。私はわくわく。背広の人たちはファイルの上に両腕を置いて高見の見物です。


 さて応募者のリハを見てその中から私は数人に注目していました。一人は先生の振付を完璧に覚えています。服装と髪型、たたずまいからしてバリバリのバレエ出身。もう一人はバレエ的な動きではないものの(ジャズダンスだと思う)相当上手い。しかも表情がくるくる動く。もう一人は振付が覚えきれないが、やたらと手足が長い妙に気になる人。その人は限られた場所で大きく動くので目立つ。踊り自体は上手でなく容姿もこれといった特徴もないが、空間を意識しているのがわかる。オーディション会場で目立っていること、見学者に向かって何かを秘めている感じを与えるのは大きいと思う。舞台中では協調性が大事ながらも、その限られた中から個性を感させることは、演出側にとってとても大事だから。

 私も一人ずつ見させてもらいました。振付師は指示された振付をどれだけ受け止めて踊ってくれているかちゃんと見ていました。背広の人は退屈したのかスマホを途中で見たり年配の人は居眠りです。腕をくんで頭を垂らす。この人たちにも舞台が成功したらお金が入ってくるのでしょう、本当に超余裕だなあ。


 さてここからが私の書きたいこと。オーディション合格を目指すならば振付はすぐに覚えないといけません。そしてオーディション会場はバレエの発表会ではないのです。一緒に舞台に立って踊る人を募集するので、即戦力が必要です。即戦力即戦力即戦力。それができない人はとても冷たい。振付が踊れなくて棒立ちになる人には振付師は二度とその人を見ることはありませんでした。振付が途中まで覚えていたけれど、最後まで踊れなかった人もです。自信がなさそうに首をかしげて照れ笑いをしながら踊る人も無視。

 でも途中で即興で身体を動かして踊っている人がいましたよ。振付師はそういう人なら、片手で頬杖ついて見ていました。すごいですよ。その態度の差。無視とチラ見とガン見。すごくわかりやすい。

 振付を完璧に覚えていた人は少なかったです。私が最初から注目していたバレエの人がその中の一人。その人はやさしい人で、練習タイムの時に、ちょっとだけ前に出て踊っていました。覚えてない人はその人をカンニングしていました。わからずもたついている人にわざとゆっくりとした手振りで教えたりしました。言葉を使わずともそういうのでどういう性格の人かはわかるので、私はその人は採用されるだろうと思いました。それとジャズダンス系の人で表情がよい人。喜怒哀楽を出せとは振付師は言わなかったが、短い時間也に自分で表情をつけて踊りました。ラストは覚えてなかったらしく本当に泣きそうな顔で踊りました。間違えても棒立ちにならずとりあえず踊りきる。振付師はこの人が終わった後、手元の応募者プロフィールをじっと眺めていました。私はこの人も合格するだろうと思いました。

 あとは例の手足が長い人。この人は振付を最初の十秒しか踊れなかった。あとは長い足を有効に動かし自前で踊りました。上手とはお世辞にもいえないが大きく動いています。これも合格までいかなくとも有利な得点ゲットではないかしらと思いました。

 舞踊手としては微妙なラインですが振付師が気に入っているのがわかりましたから。こういうオーディションでは振付師の相性みたいなものもあるでしょう。ちなみに、この人は男性でした。応募者は女性が圧倒的に多いので同点の女性がいたならば男性をとったのではないでしょうか。足を高くあげるのが得意な人、回転が得意な人もいろいろいました。みんな、舞台に立てるかどうかの瀬戸際にいるのです。

 当落は後日発表らしいです。別の日に別会場でもオーディションをやるらしいので総合的に見るのでしょう。


 とりあえずいずれプロになりたいなーと思っている人。オーディションは必ずあるので、振付は速攻で覚えないといけません。でないと舞台にあがらせてもらえないよ。舞台は発表会じゃないよ。できるまで親切に教えてくれないよ。踊ることを商売にするというのはそういうことだよ。

 そういや、バレエレッスンとプロと一緒になることがあるが、振付すぐに覚えますね。先生のお手本なしで言葉だけの指示で場当たりもなしでいきなり踊れる。

 バレエの発表会レッスンと一緒にしてはだめ。あれは生徒たちができるまで根気よく教えてもらえる。それが先生の仕事だから。逆に舞台にたつ仕事をしたいならば振付師の指示ですぐに踊れること。でないと仕事にならぬ。

 私が見学したそのオーディションも主役は決まってる。ヘンな言い方ですが端役ですよ。それでも応募者がわんさか。どこかの会社のように月給制でもないしボーナスもない。金額面では不安定。年寄りはもっと不利。それなのにダンサーは舞台を目指す。本当に厳しい世界ですよ。


 私はオーディションって一度は受けて見たかったけど、この見学で身の程を知りました。ていねいにやさしく教えてもらえる生徒の身分でいいです。

 プロを目指す人、がんばってください。

















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