第72話・バレエが下手で逆に目立つということ
先日訳あってバレエレッスン場にチビコを連れて行きました。帰りに用事があるので先生に許可をいただいてチビコと同席の上、レッスンを受講しました。
今回はその時のレッスン話です。チビコはレッスン場の隅っこで本を読んでいます。
大人バレエだったのですが、子供もOKなところだったので「やる?」と聞いたのですが、「ううんバレエよりも本を読む方がいい」というので簡易イスに座って見学させていました。一時間半のレッスンです。
読書も好きだがバレエはもっと好き! 踊ろうよ~踊る方がもっと楽しいのに……な私としては不可解なのですがまあいいでしょう。お母さんバレエがんばって踊ってね、のチビコの励ましを有り難く拝聴し、レッスンに臨みました。チビコは時々本から目をはなしてレッスンを見ていたのは知っています。
レッスン後、着替えて用事をすませてから夕食、チビコが落ち着いたころを見計らって感想を聞きました。
「ねえチビコ。お母さんの踊り、どうだった、ちょっとは見ていたでしょ、上手? ヘタ?」
「お母さんは目立たなかったよ、とけこんでいたよ」
「とけこんでいた……それ、褒め言葉なの?」
「ホメコトバってなに?」
「わかんないか、でも目立たなかったってことは、少なくとも人様には迷惑かけてないってことだな。まあ、よしとしよう」
「あのね、一人だけ遅れて一人だけ踊っていた人がいるでしょ。あの人が一番目立っていたよ。ずうっと、がんばれーって心の中で応援してた」
「は? ああそういえば、超初心者の人がいたわね。一番最後に踊っていた◎色の髪で◎色のレオタードの人かな?」
「うん。一人だけ遅れて手を出したり足を間違えて出したりしてたオバサン( ← ごめん、お姉さんというべきかも…)。私、じっと見てたの」
「ははあ、そんなに目立っていたか」
「うん……私も一人だけ下手で先生に同じこと何度もさせられてみんなと一緒に発表会に出たでしょ。それを思いだしたの。だからそのおばちゃんを応援したの。心の中で」
そういえば……チビコの初めてのレッスンでいきなり「発表会の人数も不足していますし、ぜひ出てください」と言われた経験があります。すでに振付開始していて、その中にチビコは放り出され何度もダメ出しをされていました。しかも同じ年ながら踊れる少女にはさまれて踊るシーンがある。バッセ、バッセで移動するときに一人遅れて何度もやり直し。ひょんな時にひょこっと鎌足になるので、そのたびに注意される。当たり前ですが。
チビコなりに劣等感を持ったらしく、その振付があったとき以降、しばらくバレエをしたくないと、玄関で泣かれて往生したこともあります。振付動画を撮って家でも練習させてくれと言われて私も頑張りました。バレエ嫌いなお兄ちゃんまで踊ってチビコの機嫌を取って励ましたっけ……しかし結局、舞台が無事終了したとき、バレエをやめると言われてしまったんだよね……。
この子はそれを覚えていて、下手だった自分とその人を重ね合わせていたのかなと思いました。
「ああ、チビコ。そうだね、でもお母さんもあんなだったよ。下手でくやしかったこともいっぱいだったよ。それはみんなが通る道よ。最初から上手にできるものじゃないのよ」
「……そうね、ねえ、それで思いだしたけど、バレエの天才少女って漫画の中だけでしょ」
「と思うよ。お母さんはプロバレリーナのインタヴューをよく読むけど、みんな天才じゃないよ。努力家だよ。どんなプロでもまだまだですというよ」
ちなみにダンサーへのインタヴュー記事で高飛車だなと感じたのはギエムさんだけだったけど、インタヴュアーの書き方によるものが大きいので本人の意志かどうかはわからんと思っている。私も印象操作? か言っていたことと全く違う記事を書かれたことがあるので。
(天才以外がやる努力はハナにつく、と言ったあの有名な言葉のことです。ギエムがいうと迫力が出る。さすが天才は違うと感動した人も多いようだが、私は逆でギエムに失望しました)
チビコはすまなさそうに言いました。
「お母さん、あの人が一番目立っていたからね、お母さんの踊りは全然みてないよ、ごめんなさい」
「別にいいよ、そんなこと」
バレエレッスンならば、下手過ぎて目立つということでも、いいではないかと思う一コマです。皆が通る道だけど、バレエを知らない観客ならなおさら。別に恥ずかしくないことです。下手なら下手なりの注目を集めるのは自然な事。これは舞台ではなく単なるレッスンですから。
第一、本人は一生懸命なのでチビコの注目と励ましを受けていたのは知らぬが仏、そんなものです。
バレエの先生よりも上級者よりも全くの初心者がその場を持っていくというのもアリでしょう。
事実某発表会でも主役の見事な踊りよりも、たった三歳の女の子がしでかした番狂わせで会場が拍手で湧いたこともあるのを見たことがありますし。
……例えば、某バレエ教室に通おうとして見学に来た人ならば、バレエの先生や生徒の踊りを観るでしょう。
単なる一般のバレエ好きならばプロとしての先生のお手本の踊りを注視するでしょう。
私のように観るのも好きだが踊るのも好きならば、鏡にうつる己をガマの油のごとく冷や汗を流しながら見つめて「げこげこ、もっと上手に踊りたいよ~」 と踊ることに専念するでしょう。
今回、我がチビコはその超初心者さんに注目したのです。私もあんな感じだったと。
立場変われば見えるもの、見えてくるものがまるっきり違うという話でした。