第71話・バレリーナのお金と運の話
時折ニュースを見ていますと、プロ野球やプロサッカー選手の契約、年棒などが話題になります。ごく限られた種目のプロには年に数億のお給料が入ってきます。スポーツの才能がゼロ以下の私には縁のない世界ですが、すごいなあと思います。この金額は本当にごく限られたそして運が強く恵まれた選手だけが手中にできるものです。
で、このエッセイを書く私は当然バレエ好きなので、バレリーナもクラシックバレエがもっと野球やサッカーと同じく世間に浸透すればこういう話題にもなるのに、と想像します。
そう◎◎バレエ団今期期待のルーキー、◎◎子さんは年に一億円の契約ですっ! とか。
△バレエ団と◇バレエ団があるバレリーナやダンサーを取り合ったなどがニュースになればこの世はもっとおもしろいのにと思うわけ。
でも想像するだけです。バレリーナの年棒などまさに「あなたの知らない闇の世界」です、いや、言いすぎか……「世間がまったく興味がない世界」と言い換えましょう。
大人バレエ生徒としてクラシックバレエ界に足を突っ込んでいますので、プロと称されてもチケットノルマがあるのも知っている……バレエ団員としてノルマや教えもしくはバイトなしでやっていけるのは、我が国ではごくわずかの限られた人だけです。バレエファンの私としては、厳しい世界だなあ、と思います。
それでも踊り続けられるのはそれだけ踊ることが運命づけられているのです。少なくとも彼ら彼女らは生活のために踊るのではなく、踊るのが本能づけられているとしか思えない。芸術に生きるとはそういうことなのでしょう。
でも才能ある若い人々が海外留学して海外のバレエ団に出て行ってしまうのは我が国では世間的に関心がもたれてないからです。だから、バレエが日常生活により浸透しているヨーロッパ圏に行ってしまうのです。
で、プロになれたらそのまま海外で活躍し、適切な時期に帰国して、適切なバレエ教室を開くと。
そのバレエ教室も、はっきりいって乱立気味です。人口比でも世界一。やや古いデータで恐縮ですが、2011年の調べでは全国数で4630! そのうち東京都内にあるのが828(関東総数では2049、ほぼ半数を占めている。次いで近畿が870、数字は昭和音楽大学調査報告より引用)あります。都市圏強し多し。
少子化といえども、どこも経営が成り立っているのは、やはり我が子によい思い出を作ってあげたいという親心を刺激するからです。お衣装がかわいいし、恰好がいいし、華やかだし。姿勢は良くなるし身体が柔軟だと今後どういうスポーツにすすんでも、将来きっと何かの役にたつだろうと思います。
事実私の母もそうやって私をバレエ教室にやりましたし、私もチビコをバレエ教室に通わせました。しかしプロでやっていかせようとは思わぬのは才能面よりも、お金がかかるだろう、またお金がかかりまくってプロになれてもやっていけるのはわずかな期間ですし、ケガでもされたらずうっと親がかりです。
プロになっても食べていけなくてずーーーっと親のお金で食べさせないといけない、と思うのはニノアシを踏みます。少なくとも我が家はそうでした。趣味程度に習うならいいけど、チビコに関してはコンクールに誘われてもバレエ的ぬかるみにはまるとお金がいくらあっても(我が家はない)たまらないと思って断りました。第一肝心のチビコが今一つバレエに熱心ではありませんし。
チビコはバレエよりも読書や絵を描くことが好きなようです。将来的には、私がいなくとも困らぬよう、堅実的に国家資格のある看護師さんなどの仕事につきなさいよ、でも心が豊かになる芸術鑑賞は奨励するよと言って聞かせています。
バレリーナの人生って華やかながらも先が見えているのは、本当に経済的な保証がないからです。我が国の文化はアニメをはじめとして世界からあこがれられているというのに、このザマ……
こんな暗い話を書くのは先日以下のことを聞いたから。
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ある県の芸術祭でバレエの全幕公演をすることにしました。端役は県内のバレエ教室から未就学児や小学生低学年に数名出てもらいます。主要な役はもちろん有名バレエ団員です。するとその有名バレエ団員の◎◎を主役にすればうちの◇が後援するといってきました。そこのバレエ団は有名なのに、◎◎を主役に呼ぶべく指名せよと言ってきたわけです。後援◇の名前は某企業の名前が入ります。
私は「へえ」と思いました。◎◎さんの名前は知っています。バレエ雑誌でもインタヴューでも見かけています。動画でもいくつかあがっています。検索してわざわざ踊りを熟視しましたよ。
もちろんこの人がバレエ公演の主役を踊られてもなんら遜色はありません。教えてくれた人がバレエに疎く「知ってる? 上手?」と聞くので「実際に観たことはないけど、上手だよ、文句ないよ」と言いました。
これが何を意味するかといいますと、数あるバレエ団員でもトップを取りたいと思えば(◎◎さんの場合は◇の名前を使ってでもここまでしないと)主役を取れないということです。つまりバレリーナの優劣は誰にも決めようがないってこと。だから海外の権威あるコンクールで賞をとったり、海外バレエ団の主役をとったバレリーナが国内オンリーよりも重用される。国内のみでいくら活躍したってマスコミには相手にされません。
この人には絶対にこの役がいいという「誰が見ても理解できる取り決めがない」 というのはクラシックバレエの長所でもあり短所でもありましょう。プロ野球のようにこの人の打率は○割です、と数字で表示ができないのです
バレエ団員という地位はある程度上手だなと思われてもその上手な人の集団から一歩抜きんでいるためには、後援者(◎◎さんの場合、◇という会社ね。主役にしたらその見返りに県の事業を助成すると)の力関係までも使わないといけないのかもしれません。頂点に立っても頂点でいつづける集団の中にいれば「どれも同じような団子で比べられない」ということ。どんぐりの背比べ、ですね。
芸術の良し悪しは定義というものがなく、かなりあいまいなものです。私はそれを実感しました。芸術という分野は舞台や絵画をはじめとして「食べていけない」のは定説です。後援者がつけばこれだけ変わってくるものだとつくづく感じ入りました。生まれついての運の良し悪しがこんなに響くのは、やはり芸術だからでしょう。
後援者次第というのは、◎◎さん以外のトップ集団にとっては悔しいことかもしれませんが、あいにくと私はトップでもなんでもないので彼らの心情まではわかりません。◇が◎◎さん主役をと、はっきり名指してくることは、(よその事業でもあちこちでやっていたとしたら)本人のみならずまわりでもバレバレじゃないかとも思いますしね。
追記::今回◎◎さんが良い悪いということを私は言いたいのではありません。◎◎さんは別に◇の名前を持ちださなくても堂々たる主役としてやっていける踊りができる人です。私は彼女の動画を何度も観ましたよ、念のため。




